書いてあること

  • 主な読者:社員が自動車で交通事故を起こした場合の会社の責任について知りたい経営者
  • 課題:交通事故に関連する法律が多く、具体的にどのような責任を負うのか分からない
  • 解決策:使用者責任、運行供用者責任、違反行為の下命・容認による刑事責任などを負う。違反行為の1つ「過労運転」に関しては、安全配慮義務の観点からも注意が必要

1 社員が交通事故を起こした場合、会社の責任は?

警察庁、交通事故総合分析センターのデータによると、

年間で、自動車だけでも26万6千件余りの交通事故が発生

しています。この記事の最後に図表を掲載していますので、件数の増減などはそちらでご確認ください。

この中には業務中の事故も含まれており、会社にとっても交通事故はひとごとではありません。会社側でどれだけ事故防止対策をしていても、業務で自動車を使っている限り、自動車事故のリスクはあります。

そして、社員が業務中や通勤中に交通事故を起こした場合、

運転者本人だけでなく、使用者である会社も責任を問われる

ことがあります。業務で自動車を使用する会社に問われる責任は、

  1. 民法:使用者責任
  2. 自動車損害賠償保障法:運行供用者責任
  3. 道路交通法:違反行為の下命・容認による刑事責任(交通事故が社員の飲酒運転や過労運転に起因するものだった場合)

の3つです。

業務中の交通事故の場合、会社側から社員に損害額を求償することは難しく、基本的には

会社は被害者に生じた損害を全額負担する方向で対応する

ことになります。事故の被害者が死亡したり、介護を要する重度の後遺障害が残ったりした場合、数億円に上る損害賠償が発生するケースもあります。「もしものとき」の膨大な損失を避けるため、いま一度、使用者責任などの定義と会社が負うリスクについておさらいし、社有車の保険契約内容を確かめてみましょう。

なお、具体的な交通事故防止対策について知りたい場合、次のコンテンツをご確認ください。

2 民法:使用者責任

1)使用者責任の概要

一般的に、交通事故の加害者である社員は、民法第709条による「不法行為責任」を負います。そして、使用者である会社は、社員がその業務中に起こした事故(不法行為)について、民法第715条による「使用者責任」を負います。簡単に言うと、

会社は社員を使って利益を得ているのだから、その社員が引き起こした損害についても責任を負うべきである

という考え方です。

例えば、

社有車での事故で、しかも会社が社有車の使用を認めていた場合、交通事故が発生することは十分予見できるので、使用者責任が認められやすい

といえます。

使用者責任が認められれば、被害者は社員だけではなく、会社に対しても損害賠償請求を行うことができます。

会社が使用者責任を免れるには、

「被用者の選任や事業の監督に相当な注意を払ったこと」または「相当な注意を払っても損害が生じざるを得なかったこと」が明らかである必要

があります。ただし、裁判では、会社がこれらの事情を主張して、責任を免れた事例はほとんどありません。

2)使用者責任が認められた判例

社有車での事故で、使用者責任が認められた判例(最高裁第二小法廷、令和2年2月28日)を紹介します。

元社員Aは業務中に社有車で人身事故を起こしました。会社はその車両について任意保険に入っていなかったため、元社員Aは被害者から裁判を起こされ、結果、賠償金を被害者に支払うことになりました。元社員Aは事故を起こしてから退職しましたが、被害者に払った賠償金の一部を会社に対して請求する裁判を起こしました。当然、

使用者である会社の業務中に第三者に損害を与えたので使用者責任が認められ、元社員の活動によって利益を得ていたのであるから、損害も公平に分担すべきである

ので、元社員は使用者に対して求償できると判断されました。

このように、業務中に起きた事故は使用者責任が認められる可能性が非常に高いほか、事故が原因で退職した社員から裁判を起こされたり、車両保険に入っていないことで膨大な賠償金を求められたりするケースもあります。

3 自動車損害賠償保障法:運行供用者責任

1)運行供用者責任の概要

運行供用者責任とは、自動車損害賠償保障法第3条に定められたもので、人身事故が発生した際、「運行供用者」が賠償責任を負うというものです。運行供用者とは、「自己のために自動車を運行の用に供する者」、分かりやすく言うと、

事故を起こした車両の運行を管理し、それによって利益を得ている者

のことです。

誰が運行供用者になるかはケース・バイ・ケースですが、典型的なのは車の「保有者」です。

業務中の交通事故の場合、基本的には「会社=保有者」ということになりますが、仮に会社名義の車でなくても、会社がその自動車の使用権を持っている場合は「保有者」

になります。

仮に、社員が社有車で事故を起こした場合、車の保有者である会社が運行供用者責任を問われる恐れがあります。一方、社員が無断でマイカー通勤をして、その通勤途上で事故を起こした場合、会社は通常、運行供用者責任を負いません。ただし、使用者責任と同様、

会社が社員のマイカー通勤を黙認していたり、マイカーで営業をさせたりしている状況で社員が交通事故を起こしたときは、社員の運転により会社が利益を受けていたとして運行供用者責任が認められやすい

といえます。

また、運行供用者責任では、不法行為責任や使用者責任と異なり、善意・無過失などの立証責任を運行供用者自身が負っています。会社が運行供用者責任を免れるためには、過失がなかったこと、具体的には次の3つを自ら立証しなければなりません。

  1. 自己および運転者が車の運行に関し注意を怠らなかった
  2. 被害者または運転者以外の第三者に故意または過失があった
  3. 車の構造上の欠陥または機能上の障害がない

2)運行供用者責任が適用された判例

マイカー通勤による事故について、会社に運行供用者責任が認められた判例(最高裁第三小法廷、平成元年6月6日判決)を紹介します。

社員Aは、仕事場である工事現場から会社の寮に帰宅する途中に交通事故を起こしました。会社はマイカー通勤を禁じていましたが、工事現場が公共交通機関でアクセスしづらい場所にある場合などは社員の移動に支障が出るためにマイカー通勤を黙認し、社員Aは上司から注意を受けたこともありませんでした。その上、社屋に隣接する駐車場を利用させていたことなども明らかになり、会社は

マイカーを利用させて利益を得ているので、運行供用者責任が認められる

と判断されました。

4 道路交通法:違反行為の下命・容認による刑事責任

1)違反行為の下命・容認による刑事責任の概要

道路交通法第75条では、自動車の使用者(安全運転管理者等)は、自動車の運転者に対し、次の違反行為を命じたり、違反行為を知りながら放置したりしてはならないとされています。

  1. 無免許運転
  2. 最高速度制限違反運転
  3. 飲酒運転
  4. 過労運転
  5. 大型自動車等無資格運転
  6. 積載制限違反運転
  7. 車両の放置行為

違反行為の中でも会社側で特に注意が必要なのは、過労運転です。

過労運転とは、過労、病気、薬物の影響その他の理由により、正常な運転ができない恐れがある状態で自動車を運転すること

です。

社員が過労状態にあることを知りながら適正な措置を取らずに自動車を運転させた場合、会社は労働契約法第5条による「安全配慮義務」違反を問われる恐れがあります。安全配慮義務とは、「社員が安全で健康に働けるよう配慮する義務」のことで、この義務に違反した場合、社員から損害賠償請求を受ける恐れがあります。つまり、

過労運転による交通事故が発生した場合、会社は交通事故の被害者と社員の両方に対する損害賠償のリスクを負う

というわけです。

2)違反行為の下命・容認による刑事責任が認められた判例

過労運転による刑事責任が認められた裁判例(仙台簡易裁判所、平成19年8月2日判決)を紹介します。社員Aが居眠り運転をして赤信号の交差点に進入し、被害車両と衝突しました。社員Aは疲労による眠気を自覚していたために運転を中止する義務がありましたが、社員Aが勤務する会社側が、

過労により正常な運転ができない恐れがあることを認識しながら、加害車両を運転することを指示したと認められた

ことから、道路交通法違反罪(過労運転の下命)の判決を受けています。

過労運転を防ぐための1つのポイントは、適正な労働時間管理です。厚生労働省がトラック、バス、タクシー運転者の労働時間等の改善基準のポイントを示しているので、参考にするとよいでしょう。

■厚生労働省「自動車運転者の労働時間等の改善の基準」■

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/gyosyu/roudoujouken05/

5 補足:自動車事故件数の推移

補足として、警察庁、交通事故総合分析センターが公表した自動車事故件数のデータを紹介します。

画像1

自動車事故件数は、外出自粛などを余儀なくされたコロナ禍の影響などで全体的には減少していますが、2020年からの3年間はおおむね横ばいといえます。毎日730件近くの自動車事故が発生していると考えれば、自社の社有車がいつ事故を起こしても不思議ではありません。

自動車事故を「じぶんごと」として捉え、「もしものとき」のため社有車の保険契約内容を見直すと共に、事故防止への取り組みを行うことも検討しましょう。

以上(2024年9月更新)
(監修 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)

pj60062
画像:photo-ac

Leave a comment

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です