書いてあること
- 主な読者:製品のデザインを「意匠」として権利化したい経営者
- 課題:デザインのマイナーチェンジや、製品以外のデザインは保護されるのか?
- 解決策:近時の改正で、デザインのマイナーチェンジや店舗のデザインなども保護されるようになった。こうした情報を把握し、デザインの権利化を改めて検討する
1 デザインは売り上げやブランドに大きく影響する
日本では、まだまだ経営者はデザインへの投資に消極的であるといわれますが、デザインは売り上げや企業のブランディングに大きく影響しています。欧米の研究では、次のような内容のリポートも発表されています(注)。
- デザインに投資した1£(ポンド)により、企業は4£以上の利益の増加を期待できる
- デザインを重視している企業の株価は、市場平均と比較して、10年間で約2倍の成長を遂げている
知的財産を用いたブランディング戦略として、最初に検討されるのは商品等のネーミングである商標ですが、商品のデザインである意匠に着目したブランディング戦略というものもあります。今回は、企業にとって重要な意味を持つデザイン、つまり意匠についてご説明します。
(注)British Design Council: “Design Delivers for Business Report 2012”, “The impact of Design on Stock Market Performance: An Analysis of UK Quoted Companies 1994-2003, 2004”, Design Management Institute: “What business needs now is design. What design needs now is making it about business.”
2 意匠登録で守られたデザインで売り上げが急増
まずはデザインの重要性を再確認していただくために、デザインによって大きく売り上げを伸ばした事例を紹介しましょう。
1)「伊右衛門」
若葉色に透き通ったお茶のペットボトルが印象的なサントリー「伊右衛門」は、現在、ペットボトル入り茶飲料部門における販売個数で首位を獲得するほどよく売れており(2021年4~6月。ID付きPOSデータを扱っているTrue Dataによる)、皆さんも売り場で目にされたことがあると思います。
しかし、「伊右衛門」は長年、売り上げの減少に悩まされていたということをご存じでしょうか。2019年度には売り上げが前年度比10%減、2020年1~3月には前年同期比で20%減となり、複数の売り場で棚落ちした結果、2019年度にはペットボトル入り緑茶4大ブランドの中で販売個数は最下位となりました。
では、「伊右衛門」はなぜV字回復を果たせたのでしょうか。これには意匠が深く関わっています。
一般的な緑茶飲料の液色は茶色ですが、サントリーは風味を損なうことなく、入れ立てのお茶のような緑色をペットボトルで再現することに成功しました。しかし、ラベルがボトルの大部分を覆い隠すデザインであったため、せっかくの緑色が消費者の目には届きにくい状況でした。そこで、2020年4月に緑色がよく見えるようにボトルとラベルのデザインを一新したところ、あっという間にV字回復を遂げたのでした。つまり、商品の中身や性能が同じでも、外観を変えるだけで、売り上げが飛躍的に向上したというのです。
サントリーは、このボトルデザインを意匠登録していますので、他社がこれと類似するボトルを採用することはできず、他社との差別化にも成功しています。
2)「プライドポテト」
老舗のスナック菓子メーカーとして広く知られている湖池屋。同社で近年特に売れ行きの好調なものに、「プライドポテト」というネーミングを冠したポテトチップスのシリーズがあります。お菓子業界におけるヒットの目安は年間売り上げで20億円といわれるところ、この「プライドポテト」は、発売初年度に売り上げ40億円を達成し、2020年2月のリニューアル後は売り上げが前年度比517%増となり、わずか3カ月で20億円に達したとのことです。
「プライドポテト」は、湖池屋が文字通りプライドをかけて製法を研究・開発した成果物として、その品質が消費者に支持されていることは言うまでもありませんが、これに加えてパッケージデザインにおいても、他社製品との差別化が図られています。
一般的なポテトチップスのパッケージは、食べ終われば平らになるような袋形状ですが、「プライドポテト」のパッケージは、紙袋のような「まち」を有し、売り場での陳列時に商品が自立するような構造になっています。これによって消費者は、売り場で商品を見つけた瞬間に「プライドポテトだ」と認識できるようにしているのです。さらに「プライドポテト」は、商品パッケージの形状に加え、「神のり塩」(商標登録第6343007号)などといった、独創的でインパクトのあるネーミング表示をすることによって、複合的に知的財産を活用し、自社のブランディングに成功しているといえます。
このように、デザインを変えることで売り上げが伸び、またそのデザインによって、企業ブランドが確立されていくということは実際にもよくあることです。デザインには、企業のメッセージを一瞬にして消費者に伝え、有無を言わせず購買意欲をかき立てる力があるのです。
3 法改正でデザインがさらに守りやすく
デザイン開発においては、一つのデザイン・コンセプトから派生する多くのバリエーションの意匠が、同時期に創作されることがあります。このようなバリエーションの意匠群を全て同等に保護し、それぞれの意匠に基づいて権利行使できることを目的として、平成10(1998)年の意匠法改正により、関連意匠制度が導入されました。
さらに令和元(2019)年の意匠法改正では登録要件が緩和され、毎年のようにマイナーチェンジを繰り返すバリエーションのデザインについても、相当長期間にわたって保護を受けられるようになりました。
令和元(2019)年の意匠法改正による関連意匠制度の拡充は、かなり大胆な内容であり、商品デザインに基づく企業の長期的なブランディング戦略を、手厚く保護しようとする法の姿勢が明確に見て取れるものとなっています。
具体的に、令和元(2019)年の意匠法改正でどのように変わったかをご説明しましょう。
1.関連意匠に類似する意匠も登録できるようになった
改正前は、本意匠(バリエーションの意匠群から選択した基本となる一つの意匠)に類似せず、他の関連意匠のみに類似する意匠は、保護の無限連鎖を生じ得ることから登録できませんでした。しかし、自動車、タブレット端末、GUIデザインなどは、デザイン・コンセプトの基本線を維持しながら、毎年のようにモデルチェンジを繰り返しています。そのため、市場の動向に応じて進化するデザインを長期的に保護できるよう改正されました。
改正後は、本意匠に類似していなくとも、他の関連意匠に類似してさえいれば登録できるようになりました。
つまり、基本となる本意匠の類似範囲を超えても、関連意匠として連鎖的に類似していれば、一群のバリエーションの関連意匠として、全て意匠登録を受けられるようになったのです。これは従来の意匠制度の枠組みからすると、かなり大胆な変化ということができます。
2.関連意匠として出願できる期間が大幅に延長
改正前は、関連意匠として出願できる期限は、本意匠の意匠公報発行日の前日までとされていました。
改正後は、本意匠の出願日から10年を経過する日の前日までとなり、大幅に期間が延長されました。
これによって、毎年のようにマイナーチェンジを繰り返すバリエーションのデザインについて、相当長期間にわたって保護を受けられるようになりました。
4 2020年4月からは店舗デザインも意匠登録の対象に
他社と差別化を図るためのデザインは、商品に限りません。例えば、店舗も重要です。
ワークマンが運営する衣料品店「WORKMAN」は、従来はいわゆる職人向けの作業服店という店構えでしたが、店舗内の見せ方をアウトドアショップのように一新したところ、2019年8月期の売上高で前年度比約60%増となり、店舗数にいたっては既にユニクロを超えているとのことです。これは店舗デザインと経営に密接な関係があることを示す非常に興味深い事例です。
店舗の内装や外観などに関するデザインについては、令和元(2019)年の意匠法改正によって、令和2(2020)年4月から意匠登録の対象とされ、意匠法上も保護を受けられるようになりました。
店舗デザインに関する意匠については、実際に次のような登録事例があります。
以上(2021年10月)
(執筆 明倫国際法律事務所 弁護士 田中雅敏)
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