書いてあること
- 主な読者:有利な条件で取引するために、強めの値切り交渉をしがちな経営者や営業担当者
- 課題:他社との条件を引き合いに出して値切ることもあるが、法的に問題はないのか
- 解決策:他社情報を勝手に話すのは秘密保持契約違反。虚偽の情報は論外
1 危険な値切り交渉をしていませんか?
少しでも有利な条件で取引したい。その気持ちは分かりますが、誠実さを欠くと法令に違反する恐れがあります。例えば、ボリュームディスカウントで価格が安いA社の例を挙げ、ボリュームディスカウントのことを告げず、B社に「御社はA社より高い!」などと値切り交渉をすると詐欺行為に該当する可能性があります。
「何とかして安くしたい」という気持ちからのことですが、日頃のちょっとした交渉が問題になることがあるので、注意が必要です。本稿では独占禁止法と下請法に注目します。
2 その値切り交渉は「独占禁止法」違反かも?
1)独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)とは
独占禁止法は、私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法などを禁止し、公正かつ自由な競争を促進するために定められた法律です。独占禁止法において禁止されている「不公正な取引方法」として、優越的地位の濫用が挙げられます。優越的地位の濫用とは、取引上で優越した地位にあることを利用し、相手方に対して、正常な商慣習に照らして、不当に不利益を与えるような行為をすることを禁止する目的で規定されたものです。
例えば、他の取引先との条件を引き合いに出しつつ、不況時や為替変動時に協力依頼などと称して大幅な価格低減を一方的に要求する場合や、大量発注を前提とした見積もりの後、発注数が大幅に減ったにもかかわらず見積もり時の単価で発注するような交渉を行う場合などが、優越的地位の濫用に該当する恐れがあります。
以下で、優越的地位の濫用として問題になりそうな値切り交渉と対策を紹介します。
2)品質が劣る安価な他社製品と比較しながら、値切り交渉を行う
他社製品と比較すること自体は必ずしも問題ではありませんが、品質が劣る製品と比較することは問題です。品質や仕様、発注量などを勘案して、同様のグレードの他社製品と比較して価格交渉をする必要があります。
3)量産打ち切り後の補給品として発注したのに、他の取引先は量産時と同じ価格で対応してくれたなどと他社と比較することで、量産時と同じ単価で取引をするよう値切り交渉を行う
量産開始前の契約締結時点で、(量産打ち切り後の)補給品を発注する場合の単価などについて合意しておく必要があります。また、他の取引先が量産時と同じ価格で対応したという結果だけを示して、強引な価格交渉をするのはよくありません。他の取引先がどういった方法、条件協議を経て、同じ価格で対応することができたのかという経緯も考慮し、合理的な根拠を示しながら値切り交渉をしましょう。
ただし、他の取引先との取引条件などについては、契約上、秘密保持義務を負っているのが通常なので、開示する情報には配慮が不可欠です。
4)価格カルテルにご用心
この他、独占禁止法において禁止されている「不当な取引制限」にカルテルがあります。カルテルとは、他の事業者と共同して、価格、数量、取引先の獲得などといった競争上の重要な事項を相互に拘束することで、一定の取引分野の競争を実質的に制限することを禁止するために規定されています。そのため、他社の情報を使った値切り交渉は、価格カルテルになることがあります。
例えば、同一製品を発注している複数の取引先で価格差がある場合、「一番安価な取引先やその価格を具体的に提示して、取引先同士で金額が異なる対応とならないよう協議してほしいなどと交渉し、それを取引先が受け入れて取引先間で連絡を取って価格の調整をしてしまうケース」です。
価格カルテルに該当するケースは少ないですが、取引先に低価格での統一を求めることはよくあります。かかる行為が問題になる恐れがあることを、頭の片隅に置いておくとよいでしょう。また、この問題を避けるには、他社を特定して取引情報を伝えることは避けるべきです。
3 その値切り交渉は「下請法」違反かも?
1)下請法(下請代金支払遅延等防止法)とは
下請法では、独占禁止法によって禁止されている優越的地位の濫用に該当する行為形態のうち、適用対象や違反行為を類型化して規制しています。個別具体的な判断が必要な優越的地位の濫用に該当し得る行為を類型化することで、簡易迅速に下請事業者を保護することを目的とします。
詳細は割愛しますが、同法においては、下請代金の減額や買いたたきが明確に禁止されています(下請法第4条第1項第3号、第5号)。そのため、例えば、協力金などの名目で下請代金の額から一定の金額を差し引くような交渉を行ったり、他の取引先の条件を示して、発注者の事情で指値発注を要請したりすることは下請法違反となる恐れがあります。
以下で、問題になりそうな値切り交渉と対策を紹介します。
2)給付の内容に知的財産権が含まれているにもかかわらず、他の取引先の契約内容を例に示しつつ、当該知的財産権の対価を考慮しないで価格交渉を行う
発注者と受注者との間で、知的財産権について別途対価を考慮すべきかを協議する必要があるでしょう。一般的に、発注した商品とは別に知的財産権のみを独自に活用することがない場合は、知的財産権の対価を別途支払う必要はないと思います。
また、知的財産権については、企業にとって秘匿性が高い内容を含んでいます。そのため、既に公開されている権利であればよいですが、未公開の知的財産権の取り決めを交渉材料として具体的に話してしまうことには、細心の注意が必要です。
このような値切り交渉は、他の取引先との契約における秘密保持義務違反となっている恐れがあります。すなわち、他の取引先との条件や内容は秘密保持義務が課せられているのが通常であり、それを値切り交渉で引き合いに出すことは問題なのです。これを回避するためのポイントを確認していきます。
4 値切られる側になったときのための防御
取引が開始される前の見積もりの時点で、仕様追加・変更等の具体的な金額の算定方法を明記しておきましょう。見積書に明確に記載をし、これに合意をして発注を受けたにもかかわらず、合理的な理由なく減額交渉が行われた場合は、相手方が自社よりも強い立場になるならば独占禁止法・下請法に抵触している可能性が高いといえます。
また、具体的な契約締結の際は、相手から様々な条件が提示される前に、こちらからある程度具体的な取引条件が記載されている契約書などを提案します。いったん相手方から取引条件が提示されてしまうと、どうしても相手方のペースで交渉をすることになってしまいがちだからです。
以上(2021年3月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 小出雄輝)
pj60122
画像:pathdoc-shutterstock