書いてあること
- 主な読者:自社が顧客などに対して負う賠償リスクについて知りたい経営者など
- 課題:さまざまなリスクがあり、リスクの種類や対処方法の把握が難しい
- 解決策:2020年4月に施行された改正民法も踏まえて、起こり得るトラブルを網羅的に把握することで、対処方法などについても想定することができる
1 賠償リスクを知る必要性
企業がビジネス活動を行うに当たって、予期せぬトラブルに遭遇し、賠償義務を負うことは少なからず存在します。
そのようなトラブルを事前に全て予測して防ぐことは難しいですが、トラブルに遭遇してしまった場合の賠償リスクをあらかじめ認識し、対処方法を把握することは、持続的な会社経営を可能とするために、とても重要なことだといえるでしょう。
本稿では、民法改正も踏まえて、どの企業にも生じ得るトラブルを紹介するとともに、そのようなトラブルが生じた場合の賠償リスクを説明します。
2 企業の賠償リスクにはどのようなものがあるか
企業の賠償リスクの種類はさまざまですが、大きく分類すると次のようになるでしょう。
- ビジネス活動に直接起因する賠償リスク
- ビジネス活動を行う場所・施設で生じる賠償リスク
- 委託された業務に基づき製造した商品運送時の賠償リスク
それぞれ具体的に説明をしていきます。
1)ビジネス活動に直接起因する賠償リスク~人的・物的事故関連
業種によって異なりますので、一概に例示することは難しいですが、例えば次のような場合が考えられます。
- 従業員が顧客に接客中、飲み物をこぼしてやけどなどをさせてしまう(飲食業)、重機などの機械操作を誤って通行人にけがをさせてしまう(建設業)、販売した商品に故障が発生し、購入者にけがをさせてしまう(製造販売業)場合などの人的事故トラブル
- 家電を設置する際に誤って設置場所の屋根や壁を損傷してしまう(製造販売業)、宿泊者から預かっていた荷物を紛失してしまう(宿泊業)場合などの物的事故トラブル
企業の賠償リスクを考えるに当たって、最も基本的なことは、ビジネス活動によって第三者の生命、身体、財産などに損失を与えてしまう場合といえるでしょう。
これらの賠償リスクは業種によって大きく異なるものですので、同業他社で生じたトラブルなどにも目を向けつつ、自社で生じ得るトラブルや賠償リスクを一度整理しておくとよいでしょう。
2)ビジネス活動に直接起因する賠償リスク~知的財産関連
ビジネス活動に直接起因する賠償リスクは、前述した人的・物的事故だけでなく、知らない間に第三者の知的財産権を侵害してしまうことなどによっても生じ得ます。その中でも特にトラブルになりやすい権利は、商標権と著作権といえるでしょう。例えば、次のような場合が考えられます。
- インターネット上のフリー(無料)素材集を利用した際に、規約に「商用利用禁止」と定められていたにもかかわらず、自社商品の広告物に利用してしまった場合(著作権侵害)
- 商品ブランドを考える際に、商標登録調査を行わなかった結果、知らない間に第三者が登録していた商標を使用していた場合(商標権侵害)
今般、知的財産をライセンスして販売するIP(Intellectual Property)ビジネスが、企業における成長分野と位置付けられていることからも分かる通り、知的財産権に対する意識が過去に比べて一段と高まっています。このような社会的背景もあり、自らが保有する知的財産権が侵害されているような場合に、権利保護のために賠償請求などを行うことも増えてきています。
著作権については、出所が分かっているものを使用するとともに、著作権フリーと記載がされているサイトであっても、利用規約を見て、利用目的に制限がないかなどを確認する必要があるでしょう。
また、商標についてはブランドの準備段階で、特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)を利用して、キーワードなどで第三者の商標として登録されていないかを調べることが必要といえるでしょう。
3)ビジネス活動に直接起因する賠償リスク~個人情報関連
最近では、家電量販店やアパレルメーカーの通販サイトがサイバー攻撃を受け、顧客情報が流出するなど、個人情報の漏洩に関するトラブルがニュースとならない日はないほど多く目にします。
このような大規模な情報漏洩とまではいかなくとも、個人情報をきちんと管理していないと、自社の評判は一気に低下してしまうことがあります。考えられる賠償リスクとしては、上記の他、次のような場合が考えられます。
- 従業員が顧客名簿を勝手に持ち出して名簿業者に売却してしまった場合
- 従業員が個人情報を含むデータを第三者に誤送信してしまった場合
企業は、個人情報の漏洩が分かった場合、情報収集、情報が漏洩してしまった被害者への謝罪、広報対応、(場合によっては)弁護士への相談、再発防止策の検討など、さまざまな対応を強いられます。
これらを事前に検討しておかないと、いざそのような事態が発生した場合に適切に対応できないことが多いことから、対策を早めに整理しておくことをお勧めします。
4)ビジネス活動を行う場所・施設で生じる賠償リスク
ビジネス活動を行っている場合の予期せぬリスクとして、工場や店舗で起きるリスクも想定しておく必要があります。例えば、次のような場合が考えられます。
- 台風や大雨のときに、店舗の看板が落下し、通行人にけがをさせてしまった場合
- 工場で起きた火災事故によって、隣接する他社工場の操業が停止せざるを得ない事態となり、損失を与えてしまった場合
- 店舗内の商品棚の商品が崩れ落ちて、子供にけがをさせてしまった場合
企業には、施設を管理する責任がありますので、上記リスクが現実化した場合には、少なくとも一義的な責任を負う可能性が高いといえます。そのため、このような賠償リスクについても事前に想定しておく必要があるでしょう。
5)委託された業務に基づき製造した商品運送時の賠償リスク
特に、メーカーなどにおいては、商品の引き渡しまでの運送過程で生じるリスクについても把握しておく必要があるでしょう。例えば、次のような場合が考えられます。
- 商品を運搬する車を客先の倉庫などにぶつけ、備品などを壊してしまった場合(自社で運送を行っている場合)
この他、運送契約を締結している業者が商品を破損したり、盗難被害に遭ったりするなどのリスクも考えておく必要があります。この点は、運送契約において、補償や免責条項がどのように記載されているかを確認し、必要に応じて弁護士などに相談をしつつ、契約条件を見直すなどが必要でしょう。
3 民法改正により賠償リスクは変わるか
前述した賠償リスクには、取引契約に基づく債務不履行を理由として負うことになる損害賠償義務が含まれます。このような債務不履行に基づく損害賠償義務については、2020年4月1日施行の改正民法によって、法律判断が変わる可能性があります。
債務不履行に基づく損害賠償義務が生じるためには、法律上、債務者の責めに帰すべき事由(帰責事由)が必要になります。
ただし、2020年4月以降は、帰責事由に該当する場合の法律判断の枠組みが変わる可能性があります。これまでは、帰責事由を「債務者の故意・過失又はこれと信義則上同視すべき事由」がある場合とする考えが一般的でした。これに対し、改正民法においては、帰責事由を「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」判断することが明記されました。
そのため、これまではどちらかというと債務者の主観的な要素が重視されて法律判断がなされていましたが、今後は契約の性質や当事者が契約をした目的、契約の締結に至る経緯などの契約の実質を判断要素とし、取引通念も勘案して決まるということになります。
この改正が、実務上の判断にどの程度の影響を及ぼすものであるかは判然としない点もあり、判例の蓄積を待つことになりますが、締結される契約の実質を見て個別具体的に判断する場合が多くなることが予想されます。
そのため、今後契約を締結するに当たって、契約の目的や契約締結に至った経緯を明確にすることによって、賠償リスクの低減が可能と考えられる場合には、その点を明確にしておく(例えば、契約書に契約締結に至った経緯を記載する、メールで契約の目的に関する認識を整理しておく)ことが重要になります。賠償リスクを最小限に抑えるためにも、対策を検討するとよいでしょう。
4 最後に
企業がビジネス活動を行っていると、さまざまなトラブルに遭遇することは避けて通れません。そのため、トラブルに巻き込まれないように予防策を講じておくだけでは必ずしも十分とはいえません。
本稿を参考にしていただきながら、自社で考えられる賠償リスクとしてはどのようなことが考えられるかを整理していただき、万一トラブルが発生したときには、社内で対応する部署を決めておく、顧問弁護士に相談する、企業賠償保険に加入して保険で処理するなどを決めておくとよいと思います。
以上(2020年6月)
(監修 有村総合法律事務所 弁護士 渡邉和也)
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