書いてあること

  • 主な読者:債権回収のポイントを法律的な観点から網羅的に知りたい経営者
  • 課題:債権回収にはさまざまなステージがあり、ポイントが定まらない
  • 解決策:誰から、何を根拠に、いつまでに回収するのかを考える

1 はじめに

最も確実な代金回収の方法は現金取引ですが、実際は信用取引が多いです。そのため、売掛金の未回収などに備え、債権管理や債権保全などを講じる必要があります。また、これらの取り組みには法的な根拠が必要になりますが、考え方が複雑なところもあります。

そこで、この記事では、

債権管理・回収に当たって、押さえておくべき法務上のポイント

をまとめました。こうしたポイントを押さえることが、万一に備えた第一歩となります。

2 債権管理・代金回収で気を付けるポイント

代金を回収するに当たって、どういう方法で支払ってもらうのか、どうしても支払ってもらえない場合にどのような回収方法があるのか、債権管理をするに当たって、どういった点に特に気を付けなければならないのかを見ていきます。

1)約束手形で支払ってもらう

売掛金回収の手段として、代金を手形で受け取る方法があります。約束手形は、あらかじめ支払期日が定められており、また割引や裏書譲渡によって期日前でも資金の調達ができるので、支払誓約書や借用書よりも利便性が高いです。

仮に、手形が決済されずに不渡りとなると、各銀行に不渡り通知が回って相手方の信用は急落します。さらに6カ月以内に再び不渡りを出すと、銀行取引停止処分を受け、当座預金取引や融資が制限されます。そのため、相手方は手形の不渡りは何としても避けようとするので、回収の確実性はその分高くなります。

また、手形が不渡りになった場合には、手形金請求の訴訟は通常の訴訟よりも簡単な手続きで迅速に判決が下されるので、時間や費用をあまりかけずに処理できます。なお、通常訴訟と異なる手形訴訟の特色は次の通りです。

  • 最初の口頭弁論期日で審理が完了する(一期日審理の原則)
  • 原則として、証拠となるのは書証のみ
  • 請求認容判決の場合、職権で必ず仮執行宣言が付される
  • 反訴ができない

2)強制執行認諾約款を盛り込んだ公正証書を作成する

取引業者間の私的契約書を作るだけでなく、公正証書を作成すれば債権回収が危ぶまれる事態になった際に効果を発揮します。

公正証書とは、公証役場で公証人に作成してもらう証書です。公正証書に私的契約書よりも強力な効力を持たせるためのポイントは、「強制執行認諾約款」を盛り込むことです。これは、債務を履行しない場合は、訴訟を経ずに即時に強制執行を受けても異議がないとする条項のことです。

強制執行認諾約款があれば、公正証書は確定判決と同様に、強制執行をするための「債務名義」となります。買い主つまり債務者が代金の支払いを怠った場合、買い主の資産(不動産・動産・売掛債権・銀行預金など)を、種類を問わず訴訟を経ることなしに即座に差し押さえることが可能となります。もっとも、売り主の債務の一部または全部が先履行と定められているときは、売り主は、執行文付与申請に当たり、その部分の債務の履行を証明する必要があります。

ただし、公正証書は、一定額の金銭の支払いを目的にするものに限られるので、継続的に取引が行われるいわゆる「基本契約書」の場合は、強制執行認諾約款付き公正証書とすることができません。

強制執行認諾約款を盛り込んだ公正証書を作成するためには、取引先の了解を得なければなりません。公正証書の作成には、当事者双方が公証役場に出頭するか、当事者からの委任を受けた代理人が公証役場に出向く必要があります。

3)代物弁済を受ける

代物弁済とは、本来の弁済に代えて、他の給付をすることで弁済と同一の効果を生じさせることであり、債権回収の観点からは、「現金の代わりに品物などを受け取って売掛金を回収する方法」ということになります。現金の代わりに受け取るものとして考えやすいのが、「相手方の会社の商品」です。その場合、売却は容易か、売却金額はいくらになるかを検討して、売掛金額相当分の商品による代物弁済ができないか交渉してみることです。

なお、現金の代わりに受け取るものとして不動産も考えられますが、不動産評価には手間が掛かること、売却の見通しが付くのかという問題があること、さらに既に抵当権が設定されている場合があることなどから、現実的には難しいと思われます。

4)調停や即決和解を検討する

裁判ほど面倒な手続きがなく、時間や費用がかからず、妥協点を探して現実的な解決を図る方法が民事調停です。民事調停は裁判官と民間の有識者から選任された調停委員、それに当事者が一緒になって話し合い、さまざまな事情を考慮しながら実情に沿った解決を図る制度です。

民事調停の申し立ては、原則として相手方の住所地を管轄する簡易裁判所に対して、調停申立書を提出することで行います。調停によって合意が成立し、調書に記載された場合には確定判決と同一の効力があり、強制執行が可能となります。

また、既に合意がほぼ成立している場合は、簡易裁判所に対して和解の申し立てを行い、和解内容を調書に記載してもらう即決和解(訴え提起前の和解)という方法もあります。和解が成立し、調書に記載されれば、確定判決と同一の効力があります。これらの手続きによれば相手方の合意があるので、任意の支払いが期待でき、任意に支払ってくれない場合でも訴訟を経ることなく強制執行に進められます。

5)支払い督促を申し立てる

債権回収方法の1つに、支払い督促を申し立てる方法があります。支払い督促は、債務者が異議を出してこないのであれば、通常の訴訟よりも簡易に債務名義を取得することができます。支払い督促手続きは、金銭その他の代替物、有価証券の給付を求める場合にのみ利用することができます。

支払い督促の申し立ては簡単にできますが、逆に債務者が異議を申し立てることも簡単にできます。もし異議の申し立てがなされると、通常の訴訟手続きに移行するので、この点には注意が必要です。

6)訴訟を提起する

訴訟では、当事者間の権利関係を国家機関である裁判所に決めてもらうことになります。訴訟には時間や費用がかかるので、どうしても他の方法では解決できない場合の最後の手段といえます。訴訟を提起する場合は、専門家である弁護士に手続きを任せるとよいでしょう。

7)強制執行を検討する

支払い督促や訴訟などを行っても相手方が債務の弁済を行ってくれない場合には、強制執行によって債権の回収を図ることになります。

強制執行は、債権者に満足を得させるため、私法上の請求権の実現を国家の力によって行うものです。強制執行も、執行の可能性も含めて専門家である弁護士に手続きを任せるとよいでしょう。

8)消滅時効に気を付ける

1.消滅時効の原則

消滅時効については、2017年6月に公布された改正民法(以下「改正法」)において、改正されています。改正法の施行日は2020年4月1日です(「民法の一部を改正する法律の施行期日を定める政令」(平成29年政令309号))。

原則として、改正法施行前に生じた債権には現行法、施行後に生じた債権には改正法が適用されます。そのため、消滅時効については、現行法および改正法の両方の概要を押さえておく必要があります。

現行法では、消滅時効は、権利を行使することができる時から進行します。会社間の取引の場合、会社の行為は基本的に商法上の商行為として扱われるので、債権の消滅時効は5年となります。ただし、例えば小売業者が商品などを売買した場合の代金債権は2年という、短期消滅時効が適用されることもあるので注意が必要です。

一方、改正法では、商行為の債権の消滅時効5年という規定および短期消滅時効の規定は廃止され、また時効の起算点も改正されています。改正法では、債権の種類にかかわらず、次のいずれか早い時点で消滅時効が完成することとなります。こうした改正法の内容や施行動向にも注意を払いつつ、自社に関わる債権の時効を把握した上で、債権回収のための手立てを検討する必要があります。

  • 権利を行使することができる時(客観的起算点)から、10年経過した時点
  • 権利を行使することができることを知った時(主観的起算点。例えば、代金などを請求することができることを知った時)から、5年が経過した時点

2.約束手形や小切手の場合

約束手形や小切手の消滅時効は、手形法・小切手法により次のように定められています。

  • 約束手形の時効期間は、所持人の振出人に対する権利については満期の日から3年、裏書人に対する権利については拒絶証書作成の日(その作成が免除されているときは満期)から1年。裏書人の他の裏書人および振出人に対する権利については、受け戻しをした日または訴えを受けた日から6カ月で時効が完成
  • 小切手の時効期間は、所持人の振出人・裏書人その他の債務者に対する権利については支払提示期間が経過した日から6カ月、小切手金を償還した者のその前者に対する権利については受け戻しの日から6カ月

なお、手形の消滅時効完成前でも、その手形の振り出しの原因となった債権(売掛債権など)が時効で消滅していれば、手形の支払いを拒むことができる事由(抗弁)が認められるため、支払いを受けられない可能性があります。

例えば、手形の振出人に対する請求権の時効は支払期日から3年ですが、その手形が商品の売掛金債権の回収のために受け取ったものであるときは、手形振り出しの原因債権は現行法では2年で時効になります。

この場合、手形上の権利を行使しても、原因債権の時効消滅を理由に支払いを受けられないことも考えられます。

3.時効の中断(更新)

上述した消滅時効を中断させるためには、主に次の方法が考えられます。

1つ目は、相手方に支払いを請求することです。請求には、給付訴訟を起こすなどそれ自体で時効中断の効力を生じさせる方法と、相手方に内容証明郵便などで請求(催告)するなどそれだけでは時効中断の効力を生じさせない方法があります。

後者の場合には、催告が相手方に到達した時から6カ月以内にさらに訴訟提起などの措置を取らなければ、時効中断の効力が生じません。何度も催告を行ったとしても、最初の催告から6カ月以内に訴訟提起などの措置をしなければならないことに注意が必要です。催告の際には、催告の事実を証拠として残すため、内容証明郵便を配達証明扱いで送るようにします。

2つ目は、相手方に債務の承認をさせることです。債務確認書・残高確認書を取得したり、代金の一部を内入れさせたりするなど、その手段はどのような方法でも構いません。相手に債務の承認をさせ、その事実を書面などに証拠として残しておくことがポイントです。

なお、これまで「中断」という用語には複数の意味があり、理解しづらい点がありました。そこで、改正法においては、中断事由ごとに、その効果に応じて、時効の完成を猶予する「完成猶予事由」と、新たに時効が進行する(時効期間がリセットされる)「更新事由」とに振り分けられました。具体例は次の通りです。

【具体例】
(改正前)

  • 裁判上の請求→時効中断事由(現行民法第147条第1号)
  • 差押え→時効中断事由(現行民法第147条第2号)
  • 仮差押え→時効中断事由(現行民法第147条第2号)
  • 承認→時効中断事由(現行民法第147条第3号)

(改正後)

  • 裁判上の請求→完成猶予事由+更新事由(改正民法第147条)
  • 差し押え→完成猶予事由+更新事由(改正民法第148条)
  • 仮差し押え→完成猶予事由(改正民法第149条)
  • 承認→更新事由(改正民法第152条)

4.改正民法における新設規定(時効の完成猶予)

改正法では、当事者間で協議を行う場合には時効の完成を猶予させるとの規定が新設されています。

時効の完成猶予をさせるためには、「当事者間で権利について協議を行う旨の合意がされること」および「その合意が書面(電磁的記録によるものを含む)によるものであること」が要求されています。

この要件を満たすことで、次のいずれか早い時までの間は、時効は完成しません。

  • その合意があった時から1年を経過した時
  • 合意において当事者が協議を行う期間(1年に満たないものに限る)を定めたときは、その期間を経過した時
    当事者の一方から相手方に対して協議の続行を拒絶する旨の通知が書面でされたときは、その通知の時から6カ月を経過した時

なお、この制度を利用して協議することとしたものの、協議期間中に協議が調わず、さらに協議を続けたい場合は、時効の完成猶予期間中に、再度協議を行う旨の合意を書面ですることで、通算して5年まで延ばすことができます。

3 取引先からの回収が難しい場合に備えて

債務者から直接、債権を回収するわけではありませんが、取引先の倒産などに備えて中小企業基盤整備機構が運営する経営セーフティ共済(中小企業倒産防止共済制度)に加入しておくことで、債権回収が不能になった場合の影響を軽減することができます。中小企業倒産防止共済制度は、取引先が倒産して売掛金や受取手形などの回収が困難となった中小企業に対して、連鎖倒産や経営難に陥ることを防ぐためのつなぎの事業資金を貸し付ける制度です。

以上(2021年9月)
(監修 リアークト法律事務所 弁護士 松下翔)

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画像:Mariko Mitsuda

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