書いてあること
- 主な読者:商社などを通さず独自に貿易をしている、またはしようとしている企業の経営者
- 課題:海外の取引先は訪問するのが容易でないので与信管理が難しい
- 解決策:民間調査機関を活用する、信用状を発行してもらう、荷為替手形による決済を行う、ファクタリングや貿易保険を活用するなどしてリスクを減らす
1 日本の“当たり前”が通用しない海外の取引先の与信管理
与信管理で基本的かつ有効な方法といえるのは、実際に取引先を訪問することです。これにより、「動いていない生産ラインがある」「社内に活気がない」「来客がまばら」など取引先の様子が分かり、倒産などトラブルの兆候を見つけられる可能性が高くなるからです。コロナ禍において取引先を訪問するハードルは上がっているとはいえ、こちらが希望すれば実現できます。
しかし、クロスボーダー取引、つまり海外企業との取引ではそうはいきません。訪問しようにも、今は新型コロナウイルス感染症の拡大でそれが許されにくいからです。さらに、交通費や移動時間がかかるという根本的な問題もあります。
この他にも、クロスボーダー取引では、
- 全般的な海外情報の不足
- 言語やコミュニケーションの壁
- 商習慣や文化の違い
- カントリーリスク
といった課題があります。この記事では、これらの点を踏まえ、海外に所在する取引先と、商社などを通さず独自に貿易する際の与信管理について、リスクを低減する3つの方策を紹介します。
2 方策その1:幅広い情報収集、リスクを契約条件に織り込む
1)信用できる相手か?
信用できる相手であるかどうかの確認は、与信管理の基本です。一般的には、決算書を提出してもらったり、調査機関に企業調査を依頼したりして情報収集を行い、信用できるかどうか判断する材料にします。
情報収集の対象は貿易相手だけではありません。独自に貿易を行う場合、売り手(輸出者)・買い手(輸入者)だけでなく、運送業者、金融機関はもちろん、船積みや貿易関連の事務などを担当するフォワーダー、輸出入国の税関といったさまざまな主体が取引に関わります。このため、関係する幅広い取引先の情報収集が必要になります。
リスクを見極める際には、東京商工リサーチ「D&Bレポート(海外企業情報レポート)」、帝国データバンク「海外企業信用調査」、コファス・サービス・ジャパン「海外企業調査レポート」など、有力な調査機関による情報を活用することが考えられます。
■東京商工リサーチ■
https://www.tsr-net.co.jp/
■帝国データバンク■
https://www.tdb.co.jp/
■コファス・サービス・ジャパン■
https://www.coface.jp/
2)リスクの許容範囲を決め、契約書に反映させる
取引先から提出された書類の精査や、調査機関による企業調査の結果などを総合的に評価して、信用できる企業であると判断した場合であっても、リスクマネジメントが必要です。具体的には、取引で許容できるリスクの程度を決めておき、それを基にした支払い条件などを契約書で定めます。例えば、事前に取引金額の30%の代金支払いを確保したいのであれば、そうした条件で取引をします。
3 方策その2:特有の決済方法などを活用する
1)前提となる認識
貿易取引は国内取引に比べて代金の流れ・商品の流れ・書類(船積書類など)の流れが複雑で、手続きも煩雑になります。そのため、手続きの内容や必要な書類について熟知し、適切な貿易決済手段を選択することが大切になります。
貿易取引特有の決済方法は、以降で紹介するものも含めて、取引金融機関や売り手(輸出者)・買い手(輸入者)によって、利用が制限される場合があります。例えば、後述する「信用状が付く荷為替手形」は、信用状を発行する金融機関自体の信用度に問題がある場合、荷為替手形の買い取りを拒否されることがあります。
まずは、取引金融機関や専門家に相談した上で、自社に合った方法を選びましょう。なお、以降で紹介する内容は概要となるため、詳細については、別途確認をするようにしてください。
2)代金を前払いしてもらう
代金を前払いしてもらうことは、有効なリスク低減策です。買い手(輸入者)が代金を前払いする場合の貿易取引の主な流れは次の通りです。
ただし、信頼関係が構築されていない取引当初は、買い手(輸入者)に代金の全額前払いを受け入れてもらうことは困難でしょう。そのため、代金の一部の前払いなど、買い手(輸入者)に受け入れてもらえる提案が欠かせません。
3)信用状(L/C)を買い手(輸入者)の取引金融機関に発行してもらう
信用状(L/C)とは、
買い手(輸入者)の取引金融機関(以下「信用状発行銀行」)が発行する書面で、信用状発行銀行が信用状で定めた書類の提示を条件に支払いを確約するもの
です。通常は取引ごとに「発行」されますが、同一種類の物品の継続的な取引に利用できるもの(回転信用状)など、さまざまな種類があります。なお、買い手(輸入者)が信用状発行銀行に信用状を発行してもらうことを「開設」ということがありますが、この記事では便宜上「発行」で統一します。
買い手(輸入者)の信用リスクが高い、初めての取引で信頼関係が構築されていないなど、貿易取引に不安がある場合は、信用状を発行してもらい、確実に支払いを受けられるようにして、与信管理を万全に行えるようにするとよいでしょう。
4)貿易取引特有の「荷為替手形による決済」
荷為替手形による決済とは、
売り手(輸出者)が振り出す為替手形に、船積書類を添付して「荷為替手形」を作成し、金融機関経由で買い手(輸入者)に提示して、代金支払い、または手形引き受けと引き換えに船積書類を引き渡す決済方法
です。売り手(輸出者)の取引金融機関に手形を買い取ってもらう場合と、買い手(輸入者)への取り立てのみを依頼する場合の2通りがあります。荷為替手形の買い取りを行う金融機関を「買取銀行」といいます。
荷為替手形による決済には、信用状が付く場合と付かない場合の2種類があります。
1.信用状が付く荷為替手形による決済
信用状が付いた荷為替手形を、売り手(輸出者)の取引金融機関に買い取ってもらうまでの手続きの流れは次の通りです。
まず、売り手(輸出者)は、信用状発行銀行を名宛人とする為替手形を振り出し、輸出地の買取銀行に買い取りを依頼します。買取銀行は書類点検後、買い取り代金を売り手(輸出者)に払います。
その後、買取銀行は荷為替手形などを信用状発行銀行に送付します。信用状発行銀行は書類点検後、買取銀行に代金を支払います。
信用状発行銀行は買い手(輸入者)に対して、代金の支払いと引き換えに船積書類を渡します。これにより、買い手(輸入者)は商品を受け取れます。「信用状に記載されている条件を満たす荷為替手形の提示に対して代金を支払う」という信用状発行銀行の確約があるため、商品だけが買い手(輸入者)に渡って代金が売り手(輸出者)に支払われない恐れがなく、リスクを低減できます。
信用状が付く荷為替手形の買い取りは、提示された為替手形と船積書類が信用状条件に合致しているかを確認し、不一致な点がない場合に実行されます。そのため、売り手(輸出者)は信用状に記載されている条件に合致する書類を作成する必要があります。
信用状が付く荷為替手形による決済の主な流れは次の通りです。
2.信用状が付かない荷為替手形による決済
信用状が付かない荷為替手形による決済には、「手形支払書類渡(D/P)決済(以下「D/P決済」)」と「手形引受書類渡(D/A)決済(以下「D/A決済」)」の2つがあります。
D/P決済とは、
買い手(輸入者)が代金を支払うことにより、添付されている船積書類を引き取ることができ、さらには商品を引き取ることができる取引方法
です。売り手(輸出者)へ代金の支払いをしてから商品を引き取ることになるため、代金決済がされない状態で商品が買い手(輸入者)に渡るリスクがありません。ただし、買い手(輸入者)が決済できない場合、引き取られなかった商品が現地に残留することになるため、割引価格による現地処分や、返送に伴う運賃の負担といった損失が生じます。
D/A決済とは、
買い手(輸入者)が手形を引き受けて支払いを確約することで、添付されている船積書類を引き取る取引方法
です。手形には支払猶予期間(ユーザンス)が設定されているので、買い手(輸入者)は引き受け後、支払期限まで支払いを延ばすことができます。そのため、手形の不渡りが生じた際は、商品だけ買い手(輸入者)に渡って、売り手(輸出者)に代金が支払われないというリスクがあります。
信用状が付かない荷為替手形による決済の主な流れは次の通りです。
4 方策その3:支払いを保証するサービスを活用する
買い手の支払いを保証する「ファクタリング」、貿易取引の決済に関する事故を補償する「貿易保険」「取引信用保険」などの活用を考えてもよいでしょう。
ファクタリングとは、
ファクタリング事業者と呼ばれる企業が、売り手の持つ債権を買い取って債権回収を行ったり、債権の決済の保証などをしたりするサービス
で、一部の事業者は海外企業との貿易取引も対象としています。
貿易保険とは、主に日本貿易保険が提供する保険サービスで、貿易取引の代金が回収できなかったときの補償に加え、輸入制限や紛争といったカントリーリスクそのものに起因する損失(輸出不能になるなど)も補償対象となっています。国や地域によっては、カントリーリスクの一部を補償対象外としていたり、保険の引き受けそのものを行っていなかったりする場合などがあります。
取引信用保険は、民間の損害保険会社が提供する保険サービスで、代金が回収できなかったときの補償をしており、国内外問わず売買取引に際して利用できます。
■日本貿易保険■
https://www.nexi.go.jp/
5 その他:専門機関や専門家に相談するのも一策
取引先が海外に所在する場合、自社で取れる対応は限られがちであり、専門的な知識も求められます。そのため、次に挙げる日本貿易振興機構(ジェトロ)などの専門機関、弁護士や貿易アドバイザーといった専門家を活用して、万が一の事態を未然に防ぐ体制を整えておき、いざというときには相談するようにしましょう。
1)日本貿易振興機構(ジェトロ)
日本貿易振興機構(ジェトロ)は、独立行政法人日本貿易振興機構法に基づき設立された貿易・投資の支援機関です。同機構は、海外進出を検討している企業に対して、貿易投資相談(無料)、海外ミニ調査サービス(有料)などを提供しています。
■日本貿易振興機構(ジェトロ)■
https://www.jetro.go.jp/
2)中小企業基盤整備機構 販路支援部 海外展開支援課
中小企業基盤整備機構では、中小企業国際化支援アドバイスを行っています。個別の相談ごとに、各分野で専門性の高いスキルを持つ「国際化支援アドバイザー」が、経営課題解決の観点に立ったアドバイスを行っています。アドバイスの費用は無料となっており、何度でも相談できます。
また、同機構では、ウェブサイト上での情報提供や、全国各地において貿易など海外展開に関するセミナーを実施しています。
■中小企業基盤整備機構「海外展開に関する相談」■
https://www.smrj.go.jp/sme/overseas/consulting/
3)日本商事仲裁協会
日本商事仲裁協会は、商事紛争の処理および未然防止などを図ることによる、円滑な国際取引の促進を目的とした団体です。同協会は、国内外の商事紛争を対象としていますが、元来は国際商事紛争の解決を主な業務としていたことから、貿易取引に関する支援などが充実しています。具体的には会員向けに国際契約・国際取引法律相談などを行っています。
■日本商事仲裁協会■
https://www.jcaa.or.jp/
4)貿易アドバイザー協会(AIBA)
貿易アドバイザー協会(AIBA)は、貿易に関するコンサルティングなどを行う貿易アドバイザーによって運営されている団体です。同協会では、貿易アドバイザーの認定の他、輸出入実務サポート、海外法規制・市場調査、貿易に関するセミナーの講師派遣、現地視察への同行などを行っています。
■貿易アドバイザー協会(AIBA)■
https://trade-advisers.com/
以上(2021年7月)
(監修 一般社団法人貿易アドバイザー協会(AIBA))
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