書いてあること
- 主な読者:災害に備え、事業用資産の取り扱いなどを法的な観点から整理したい経営者
- 課題:自社ビルや店舗の倒壊など事業用資産の被害にどう対応してよいか分からない
- 解決策:民法などの基本ルールを押さえつつ、必要に応じて個別の契約を見直す
1 企業にとって重要な事業用資産等の被害への対応
日本では、地震や水害など、さまざまな自然災害が発生しています。企業は、社員の安全を守ると同時に、建物など事業用資産の被害にも対応しなければなりません。とはいえ、災害時の対応と言われても、具体的な対応方法が分からない人は多いでしょう。実際、自然災害等が生じた後に、法律事務所には、
- 契約関係はどうなるのか?
- 誰が賠償義務を負うのか?
といった数多くのご相談が寄せられています。
そこでこの記事では、災害後に問題となりやすい、
自社ビルなどの事業用資産の損害や第三者などへの賠償
に注目し、法律問題を中心に解説します。実際は、関係者の話し合いで最善策を検討することになるでしょうが、話し合いの出発点として民法などの法的ルールを知っておくことは大切です。また、重要なポイントですが、2020年4月1日に契約などに関する民法改正法が施行されたことにより、
- 施行日前に締結された契約には、原則として従前の民法の規定(旧法)が適用
- 施行日後に締結された契約には、改正法が適用
となっています。不動産に関する契約は10年以上前に締結されたものが継続していることも少なくないなど、しばらくの間は、旧法が適用になる契約と、改正法が適用になる契約が存在するので要注意です。また、事業用資産の被害をテーマとしているため割愛しますが、改正前後で取引の類型ごとに契約書の規定を見直す必要もあります。
2 社屋の被害:自社ビルが倒壊してしまったら
大規模地震で借地上の自社ビルが被害を受け、もはやオフィスとしての使用に耐えられないほどの状態になったとします。このとき、自社ビルが全壊してしまっても、借地権は存続するのでしょうか。また、自社ビルが一部損壊したという場合、どのような点に注意すべきでしょうか。
まず、
借地上の建物が全壊しても、土地が消えたわけではないので借地権は消滅しない
という点に注意が必要です。つまり、借地人は同じ土地の上にオフィスビルを再築することができます。なお、法律上は、原則として土地オーナーの承諾も必要ありませんが、紛争を予防するためには、再築する建物が借地契約に違反すると主張されることがないように、あらかじめ土地オーナーの理解を得ておくことが重要になるでしょう。
では、建物が一部損壊したにとどまり、修繕すれば使用できる、という場合はどうでしょうか。この場合でも、自社ビルであるため、土地オーナーの承諾なしに、建物を取り壊して再築できます。また、建物を取り壊さず、修繕して使用することもできます。ただし、借地契約で「一定の修繕には土地オーナーの承諾が必要である」と定めている場合もあるので、個別の契約を確認しましょう。
3 店舗の被害:営業再開のために長期修繕が必要になったら
大型ショッピングモールに入居するスーパーマーケットが被災し、大規模な修繕をしなければ営業を再開できない状態になったとします。このような場合でもスーパーマーケットの運営会社は、ショッピングモールのオーナーにテナント料を支払い続けなければならないのでしょうか。
この例のように建物が損壊した場合は、
賃貸人(ショッピングモールのオーナー)が修繕義務を負うのが民法上のルール
です。また、修繕している間、スーパーマーケットとして物件を使うことができないのであれば、
賃借人(テナント)は、その間テナント料を支払う義務はない
ということになります。
賃貸人が修繕要請に応じない場合は、テナント側で修繕を行い、要した費用を賃貸人に請求することも可能です。改正法ではこの点が明確になりました。
テナントが賃貸人に修繕が必要であることを通知するか、賃貸人が気付いているにもかかわらず、賃貸人が相当の期間内に必要な修繕をしないときや、急迫の事情があるときには、テナント側で修繕を行うことができる
という旨が明記されました。また、賃貸人が修繕を行わない場合には、賃貸人が義務を果たしていない(債務不履行)として契約を解除し、店舗を移転させるという判断もあり得ます。
注意が必要なのは、修繕義務の一部が契約の規定で賃借人の負担とされている場合があることです。このような契約上の定めも、基本的には有効とされているので、賃貸人と賃借人のどちらがどの範囲で修繕義務を負うのか、個別の契約書の規定を確認して対応していかなければなりません。契約締結時点で、修繕義務の範囲を明確化しておくことも重要です。
4 什器の被害:リース物件が故障してしまったら
大型台風による豪雨でオフィスが浸水し、リースを受けているパソコンが故障してしまった場合、企業(ユーザー)は、リース会社に対して、代替機の提供やリース契約の解約を求めることができるのでしょうか。
民法上、リース物件が自然災害などの不可抗力で使用できなくなった場合、そのリスク(危険)は、リース会社が負うものとされていました。これを「危険負担」と呼びます。つまり、
リース会社がユーザーに対して、リース料の支払いを求めることができなくなる
ということです。この点については、改正法でも変更ありません。ところが、このルール通りにリース契約が結ばれていることは少なく、実際は、
自然災害などによってリース物件が壊れてしまった場合、ユーザーは契約を解約することができず、契約で決められた損害金(規定損害金)を支払う義務を負う
とされているのが一般的です。この場合、パソコンが故障しても、ユーザーは代替機の提供を受けることはできず、規定損害金を支払わなくてはなりません。リース会社が動産総合保険に加入していて、保険金の支払いを受けた場合は、その分が規定損害金から減額されます。
リース会社に有利とも思える規定が置かれるのは、リース契約が、ユーザーにファイナンス機能を提供しているという特性を有するからです。ファイナンスリースの場合、リース会社がユーザーの代わりにパソコンを買い上げ、ユーザーは分割して使用料を支払います。これにより、ユーザーは一括での高額支出を免れることができます。だからこそ、途中でリース物件が壊れてしまったとしても、代金相当額をユーザーが負担するという趣旨で、規定損害金の支払いには合理性があると考えられています。
リース契約には、このような特性があるため、個別の交渉で、自然災害などの場合に、リース会社に責任を負わせる契約にするのは容易ではありません。リース契約の特性を踏まえて、オフィス什器(じゅうき)をリースで賄うか、購入するかといった方針を、事前に検討しましょう。
5 第三者への被害:第三者にけがをさせてしまったら
地震で店舗の看板が落下し、近くを通った人(第三者)がけがをしてしまったという場合、店舗の運営会社が責任を負うのでしょうか。
建物などの設置または保存が適切でなかった場合、
店舗の運営会社が損害賠償義務を負う
ことがあります。これは「工作物責任」と呼ばれ、
建物が通常備えておくべき安全性を欠いていたから損害が生じた、という因果関係がある場合に発生
します。それほど強くない地震でも、老朽化で看板が外れそうな状態を放置して落下した場合は、運営会社に工作物責任が生じ、けがを負ってしまった第三者に損害賠償義務を負う可能性が高くなります。
逆にいうと、店舗の看板が適切に設置され亀裂や緩みなども生じておらず、店舗が通常備えているべき安全性を欠いていなかったにもかかわらず、その地域でこれまで発生したことのなかったような大地震で看板が落下した場合、運営会社の責任は否定されます。
大規模地震の発生はコントロールできませんが、店舗の安全性確保に努めることはできます。災害発生時の法的リスクを低減させるためにも、日ごろから施設を適切に維持管理しましょう。
6 保管品の被害:顧客の製品が損傷してしまったら
倉庫会社が出荷前の製品を顧客から預かっていたところ、地震で製品が損傷してしまった場合、倉庫会社は損害を賠償しなければならないでしょうか。
民法上、倉庫会社は預かった製品を適切に管理する「善管注意義務」を負っているため、これに反したのであれば損害を賠償する必要があります。この点について改正法には、
顧客が、損害賠償を請求するには、物の返還を受けてから1年以内に行わなければならないという比較的短い期間制限があるので、迅速な対応が必要
となります。
しかし、そもそも、個別の契約書や約款では、地震などの自然災害による損害について、倉庫会社の責任を免除する規定が置かれていることも少なくありません。その場合、顧客の製品に被害が生じても、倉庫会社は損害を賠償する義務を負いません。
災害発生後に、責任の所在をめぐるトラブルが発生することのないよう、契約を結ぶ時点で、責任の範囲について相互に十分理解しておくことが肝要です。
以上(2023年9月)
(執筆 三浦法律事務所パートナー弁護士 緑川芳江)
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