書いてあること

  • 主な読者:知的財産権を侵害してしまうリスクと活用するメリットについて知りたい経営者
  • 課題:何をすると他社の知的財産権を侵害してしまうのか? また、どうすれば自社の知的財産が保護されるのか?
  • 解決策:商標権の侵害はよくあるリスクなので、事前調査をしっかり行い、自社の商品名などについて商標権を取得する

1 中小企業こそ知的財産権を活用しよう

知的財産権と聞くと、一般的には、最先端の科学技術である発明や、世界的に有名となった一流ブランド、あるいは大ヒットした映画や音楽などがイメージされるかもしれません。特に中小企業にとっては、「あまり関係のない話だ」と考えられる方も少なくないでしょう。

しかし、実際には、

中小企業こそ、知的財産権を活用することで大きな競争優位性を確保できることもあれば、事業の存続が危ぶまれるリスクにもなり得るという点で、重要な経営上のリソース

の一つと言えます。そこでこの記事では、経営者の皆さま向けに知的財産権の基礎として主に次の点をご紹介していきます。「知的財産権を知っておくと何の役に立つか」のご参考にしていただければと思います。

  • 知的財産権とは
  • 事例:知的財産権を侵害するとどういうトラブルになるか
  • 事例:中小企業が活用するとどういうチャンスにつながるか

2 知的財産権とは

では、そもそも「知的財産権」とは何かについて、ご説明します。知的財産権には次のようなものが挙げられます。

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覚えておいて欲しいのは以下のポイントです。

  • 物の構造や作り方、方法などといった「アイデア」を保護するものとして代表的なのは、特許権や実用新案権
  • 商品の名前やロゴ、ブランドなどを保護するものとして代表的なのは、商標権や商品等表示(不正競争防止法)
  • 物品や店舗のデザインなどを保護するのは意匠権
  • 楽曲や文章、写真、プログラムなどの創作的な表現を保護するのは著作権
  • 営業秘密などを保護するのは不正競争防止法

これらの各種権利等によって守られている対象を無断で複製したり使用したりした場合は、

差止め、損害賠償、信用回復措置などの民事上の責任に加え、刑事上の責任も追及される

ことがあります。

このため、商品を製造・販売する企業であれば、その商品に具体化されたアイデアは「発明」として、デザインは「意匠」として、商品名は「商標」として、ノウハウは「営業秘密」としていくつもの知的財産に関連性を有しています。その企業が特許権(発明)や商標権などの知的財産権を取得していれば、模倣品を製造・販売する者に対してその中止や損害の賠償などを請求できます。

反面、その商品の製造・販売が他人の知的財産権を侵害するものである場合は、差止め、損害賠償等の責任を負わされる恐れがあります。

3 他人の知的財産権を侵害すると大きなビジネスリスクに

他社の知的財産権を侵害してしまうことがないように、あらかじめ商品・サービスに関する特許権や商標権の事前調査を行うべきことは、読者の皆さんもご存知だと思います。

特に、商品・サービスの名前、場合によっては会社の名前などについて、必要な商標権が取得できていないために、多額の損害賠償を支払わされたり、急に名称が使えなくなってしまったりということで、重大なトラブルになることは、頻繁にあります。

商品・サービスの名前を決める際には、必ず商標調査をしなければなりませんし、可能であれば、商標登録もしっかり済ませておく必要があります。以下で紹介するのは、商標調査が不十分なためにトラブルになった事例です。

1)「どん兵衛」vs日清食品

山口県萩市を中心に、中国地方などでうどんやそばなどを提供する外食チェーン店を20店舗程度経営していた「どん兵衛」が、カップうどん「どん兵衛」の製造元である日清食品から、商標権侵害を理由に、1億1000万円の損害賠償と「どん兵衛」の名称の使用中止を求める訴訟を提起された

このようなケースでは、一地方の中小企業である「どん兵衛」が、日清食品の大ヒットカップ麺である「どん兵衛」と関係がある、と思う消費者はほとんどいなかったのではないかと思います。しかし、そのような「消費者が間違うことはない」や「一地方の小規模な店舗だから」という理由で商標権侵害が正当化されることはなく、結果的に他人の商標権を侵害してしまえば、大きな法的責任を負うリスクがあると言えます。

なお、この「どん兵衛」は、日清食品との間で、2010年11月に、店舗名称の変更等を内容とする和解をしましたが、2011年には経営破綻しました。

2)「ゆうメール」vs日本郵政

札幌市でダイレクトメールの発送等を行っていた企業が、「ゆうメール」の商標権を保有していたところ、日本郵政の「ゆうメール」がその商標権を侵害するということで日本郵政を訴えた

この訴訟は、日本郵政側が不利となり、2012年9月、日本郵政が札幌の企業から、この商標権を買い取る形で、和解により終結しています。

企業規模にかかわらず、商標権の調査や検討がいかに重要かということを、この例は、私たちにわかりやすく教えてくれます。新しい商品やサービスの名前を決める際には、必ず商標調査を行うことが必要です。

また、近年増加しているのが、Webサイトや販促物などのデザインや表現が他人の著作権を侵害してしまうケースです。多くの企業では、Webサイトや販促物のデザインや表現は、自社では作成せず、デザイン会社や広告代理店などに外注されていると思います。しかし、その外注先のデザイン会社や広告代理店が著作権侵害をしていないかをきちんと確認している企業は少ないでしょう。もし、外注先のデザイン会社や広告代理店が著作権侵害をすると、発注元の企業が責任を負うケースがあります。

3)「パンダイラスト事件」(東京地判平成31年3月13日)

菓子等を製造するA社は、新しい菓子のパッケージデザインを制作するにあたり、デザインの外注先であるB社から提案されたパンダのイラストを採用し、これを菓子の外箱に印刷して販売した。

実はこのパンダのイラストは、全く別のX社が、自社の手ぬぐいを製造するにあたってデザインした柄であったものを、B社の社員が無断で転用していた。そこでX社は、デザインを盗用したデザイン会社であるB社ではなく、その菓子の製造販売元であるA社を、著作権侵害として訴えた

裁判所の判断を簡単に紹介すると、A社(発注元)がB社(外注先)より納品を受けたデザインを、何ら著作権処理が適正かの検証を行わなかったことに対して、注意義務違反を認めています。発注元に注意義務違反が認められた場合、著作権侵害の責任を負わされる可能性があります。つまり、発注元は外注先によるデザイン作成の過程についても、きちんと管理しておかなければならないということです。

とはいえ、外注先のデザイン創作の過程をすべて把握することは実際上困難です。万が一、著作権侵害が含まれていた場合に備えて、損害賠償の範囲、額、さらに著作権侵害行為がないことの表明・保証についてあらかじめ契約で定めておくことが重要となってきます。

4 知的財産権は中小企業のビジネスチャンスを広げる

知的財産権をうまく活用することで、ビジネス上の付加価値を増大させ、企業経営上の大きなメリットが得られるケースもあります。

1)アスタリスク社

ファーストリテイリング社(以下「ファストリ社」)の経営するユニクロ、ジーユーの店舗に2019年頃から導入され始めた買い物かごを置くだけで中身の合計額が自動的に計算されるセルフレジについて、アスタリスク社が自社の特許権を侵害されたとして、東京地裁に差止めの仮処分命令の申立てを行った。

ファストリ社は、当該特許の有効性を争い、両社が現在も係争中

この特許の有効性については、特許庁の審判段階において一部無効との判断がなされたものの、知財高裁は特許庁の判断を破棄して全部有効であるとの判断を示しました。まだ、訴訟の最終的な帰趨(きすう。ゆきつくところ)は不明ですが、ファストリ社は、アスタリスク社との間で適切なビジネス上の関係を構築できない限り、このセルフレジの使用ができなくなった上で、多額の賠償金を支払うことになる可能性があります。

報道などによると、ファストリ社は新しいセルフレジを導入するにあたって、もともと取引関係にあったアスタリスク社と交渉をしていたようです。ただし、アスタリスク社に対して、同社の製品を導入するとか、適切な特許のライセンスを受けるということは検討せず、一方的にアスタリスク社の特許の使用をファストリ社に許諾するようにということで、「ゼロ円ライセンス」を要求したと言われています。

今回の知財高裁の判決により、従業員100人程度の小さな会社でも、強い知的財産権を持っていれば、時価総額日本第7位という巨大な企業とも対等に渡り合えるということが、明確に周知されることになりました。

昨今の、経営資源における知的財産権重視の傾向からも、今後ますます、有効な知的財産権を保有していれば、中小企業にとってもビジネスチャンスを広げたり、大企業とも対等な交渉ができる結果、単なる「下請」を脱却して、対等なビジネスパートナーとしての関係を築けたりするでしょう。

2)ユニバーサルビュー

眼科医療機器開発ベンチャーであるユニバーサルビュー社は、いわゆるピンホール原理をコンタクトレンズに応用し、レンズに微細な穴を穿設することで、度を入れなくとも近視、遠視、老眼のすべてに対応できるようにしたコンタクトレンズに関するアイデアで世界各国において特許権や意匠権を取得。

一部上場企業である東レから出資を受けて共同でビジネス展開、さらにベンチャーキャピタルからの出資獲得などに成功

ユニバーサルビュー社は、2001年に設立された「社員数9名」(2021年6月15日時点の同社Webサイトより)の決して大きいとは言えない企業ですが、同社は知的財産権の有効活用によって資金調達や信用獲得を成功させています。

創業当初は多方面に事業範囲を向けていたようですが、コアとなるピンホールコンタクトレンズなどのごく限られた範囲に事業活動に絞り込むことで資本を集中させ、大企業を含む競合他社に対して高い参入障壁を形成・維持する目的で、特許権や意匠権などの知的財産権の拡充に取り組むことに方針転換しました。

また、ユニバーサルビュー社は、韓国のコンタクトレンズメーカーとの間における知財紛争を約2年間にわたり徹底的に戦って勝訴し、国内外の業界内における同社の知財の存在感を顕在化させることにも成功しています。

さらにこのピンホールコンタクトレンズに対してウェアラブルデバイスとしての要素を付加したスマートコンタクトレンズの開発を行っており、これらの技術についても知財を拡充させながら発展を続けています。

5 中小企業にとって、経営陣の知財リテラシーが、事業の成否を決める時代が来ている

知的財産権は、きちんと向き合わなければ事業を破綻させるリスクにもなり得る半面、しっかりとした戦略を作り、それに基づいて知的財産権を活用することができれば、飛躍的に事業を拡大させるきっかけともなると言えます。

「知的財産権は、一部の技術系企業だけが考えるもの」という考えは、もう通用しません。どんな業種、規模の企業であっても、経営陣の知財リテラシー(知的財産権に関するリテラシー)と知財戦略が事業の成否を分ける、という時代が、もう既に到来しているのです。

以上(2021年7月)
(執筆 明倫国際法律事務所 弁護士 田中雅敏)

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画像:areebarbar-Adobe Stock

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