スタートアップブームが訪れているといわれる現在。大手企業によるCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル)の設立、公共機関や大学・研究機関と民間の連携によるスタートアップ支援プログラムなど、スタートアップを取り巻く環境は、日々変化しつつあります。
また昨今では、わが国でもGoogleやAppleのような複数名の起業家による共同創業が増加傾向にあると言われています。
こうした変化の中、これから起業を志す人々は、どのような知識を持って市場へ参入していけばよいのでしょうか。
金融機関、上場企業からITスタートアップまで多岐に渡る企業の法務顧問を務め、各種ファンド(PE、VC、CVCなど)の組成も支援する弁護士・佐藤有紀氏に、中小・スタートアップが押さえておくべき法務のポイントを教えていただきました。
前後編に分けてお送りします。前編では「共同創業における株式配分と、ストックオプションについて」、後編では「資金調達にかかわる契約の注意点」を解説します。
佐藤先生、貴重な学びのシェア、愛りがとうございます!(愛+ありがとう)
1 佐藤先生がスタートアップ支援に注力する理由
弁護士になってから16年目となる佐藤先生。初めの8年間は外資系の法律事務所で投資ファンドなどをクライアントとし、日本の大手企業への投資案件、クロスボーダーのM&Aに携わっていました。
その際、日本と海外のカルチャーが全く異なることに、衝撃を受けたといいます。
例えば、日本企業は初めから相手側の立場も踏まえ、双方にとっての「落としどころ」を考えて契約書作成に当たります。しかし、外資系のファンドや企業は、そのような契約書を受け取ると、「この程度の条件で良いなら、もっと交渉しよう」と攻めの姿勢に転じてしまうのです。
日本にはそうした事態に対応できるような、投資・M&A領域に長けた弁護士がそれほど多くないのが実情。佐藤先生は次第に、日本企業側の課題を解決したいと考えるようになりました。
また、スタートアップ企業の多いカリフォルニアで多くの日本人起業家と知り合ったことが後押しとなり、「自分は、新規事業創出のサポートでこそもっとも価値を発揮できるのでは」という想いが生まれたといいます。
現在佐藤先生は日本へ帰国され、スタートアップ企業に寄り添う弁護士として精力的に活動中。資金調達や上場といったフェーズに合わせて、適切な支援・指導を行なっています。
企業法務に関する幅広い知見と企業に寄り添う姿勢から、未上場の頃から法務顧問として継続して支援しているクライアントも多数。ZUU・はてな・ネットプロテクションズといった著名な企業の社外役員としてもご活躍されています。
2 共同創業の場合は、初めに必ず「株式配分」の検討を。
冒頭に触れた通り、昨今日本でも一般的となりつつある共同創業。それぞれのスキルと知見を活かしながら、1つのビジョンの実現に向けて進むのは素晴らしいことですが、会社運営をしていく中で、共同創業者間でのトラブルが発生するケースも少なくありません。
トラブルを未然に防ぐためには、起業時に共同創業者間の争いが生じた場合どのような手続きや結果となるのかしっかりと創業者間契約において取り決めをしておくことが重要です。また、仮に創業者間契約を締結しない場合であっても、創業者の株式の配分を工夫しておくことが重要です。
では、具体的にどのように株式配分について考えていくのが良いのでしょうか。
1)株式配分は、「もしも」の事態を想定して決めるもの
具体的な株式配分の数字を決める前に、まずは創業者間で、会社の中長期的な計画を話し合ってみることをおすすめします。
特にポイントとなるのは、「資金調達を視野に入れているかどうか」。
創業メンバーだけで運営していく予定なのであれば、すぐに株式配分が問題として顕在化することはありません。
しかし、資金調達が前提であれば、株式配分はあらかじめ検討しておくべき事案となります。
理由は、共同創業のスタートアップが資金調達を行う際、外部の投資家から「仮に創業者間の関係性が悪化した場合、どのように対応する予定か?創業メンバーの株式はどうなるのか?」ということを懸念されるケースが多いからです。
株式配分は「もしも」の事態を想定して検討しておくべきもの。対外的に説明できるように整理しておくのが良いでしょう。
2)弁護士が勧める、創業者間の株式配分
対外的に説明しやすい株式配分とはどういったものなのでしょうか?
具体例は、以下の通りです。
【例】
- 創業者が2名の場合
代表取締役CEO(最高責任者)が最低でも51%以上を保有、もう1名が49%未満を保有 - 創業者が3名の場合
代表取締役CEOが70-80%を保有、残り2名が10-15%をそれぞれ保有
いずれのケースも、代表となるCEOが最低でも51%、できれば67%以上の株を保有するのが望ましいとされています。
ではなぜ、株式配分は均等ではいけないのでしょうか。
それには、会社法における「持ち株比率」とそれにより認められる株主の権限が関係しています。
会社法上、株主総会の特別決議には、3分の2(約67%)以上の賛成が必要になります。
つまり、代表取締役CEOが67%以上の株を保有していれば、仮に創業者間で経営上の意見が割れてしまった場合にも、代表取締役CEOが最終的な意思決定を行なうことができるのです。また、資金調達によって外部株主が入ってくることによって、創業者全員の議決権が相対的に低下してとしても、代表取締役CEOと外部株主の議決権の合計数が3分の2を上回るのであれば、創業者間にトラブルがったとしても、経営が混乱したり、事業が停滞したりすることを避けられるというメリットがあります。
3)立場の均等な共同創業者の場合はどうする?
創業間もないスタートアップの場合、「67%以上を保有した方がいいのは分かるけれど、互いに対等な立場で起業しているので、話し合いにくい……」というケースがあるかもしれません。
そのような場合、1名が最低でも51%以上の株を保有することで、他の創業者を解任するという手段をとることができます。
とはいえ、解任はあくまでも最終手段と考え、株式保有割合を調整することだけで対応するのではなく、前述のとおり「意見が分かれた際にはどうするか」「退職時には保有する株をどうするのか」などの内容を盛り込んだ創業者間契約を結んでおくのが望ましいでしょう。
4)「最終的な責任を負うのは誰か」を考え、適切な株式配分を
会社が大きくなるにつれ、ステークホルダーは増え、経営者の責任は大きくなっていきます。
対外的に誰が会社を代表し、ステークホルダーへの責任を負うのか。
共同創業とは言え、それぞれがどのような立場で、どの程度会社にコミットするのか、どれだけ会社と共に走り続けるのか。
上記のように、株式保有割合の配慮や創業者間契約の締結は、正にそのような問題に対する回答です。是非、弁護士と共に具体的な株式配分や創業者間契約を詰めていかれるのが良いでしょう。
また、弁護士への相談の際、複数名で来られると話し合いがスムーズに進まないケースも。まずは代表となる方がお1人で相談するのがおすすめです。
3 ストックオプションの導入に向け、知っておくべきポイントとは。
株式配分という話に付随し、ここからはストックオプションの考え方について説明していきます。
ストックオプションを導入する場合、一般的に総議決権数の5%から15%の範囲内、多くの場合10%をストックオプション分にとっておく、いわゆるオプションプールと考えるケースが多いです。
また、ストックオプションの権利を付与する対象者の範囲については、企業により大きく異なります。役員など限られた数名にしか付与しないケース、多くの社員にも付与するケースとさまざまであり、創業者の考え方が大きく反映されます。
ストックオプションは、付与対象者のモチベーションを向上させることによって企業価値の増大を図るいわば馬を走らせるためにぶら下げる人参のようなものです。付与対象者のモチベーションの向上に寄与する仕組みである一方で、「役員だけ付与されているので、若手の現場社員から不満の声が上がっている」「利益が上がったらすぐに退社してしまう」といったトラブルの元にもなりかねません。
他方、全ての社員にストックオプションを付与しても企業価値の増大に貢献するかというとそう単純ではありません。なぜなら、ストックオプションが如何なるものか理解していない社員、自分の仕事がどのように企業価値とかかわっているのか理解していない社員に付与したとしても無意味だからです。
多くの退職者を出すことなく、社員のモチベーション向上につながり、しかも企業価値の拡大につながるストックオプション制度を作るにはどうしたら良いのでしょうか。
1)ストックオプションの導入時は、付与の「タイミング」と「要件」を要検討
自社の目的や考え方に応じたストックオプション制度の導入に向け、経営者が検討すべきポイントは、大きく次の2つです。
1.ストックオプション付与のタイミング
前述の通り、ストックオプションは複数回に分けて付与することができます。
シリーズAの調達前後、シリーズBの調達前後、上場申請前期といった企業にとってフェーズが変わる節目に付与するというのが一般的とされています。
2.ストックオプションの要件
「マネージャー以上など一定の役職以上に対してのみストックオプションを付与する」といったルールを設けたり、「上場後○か月後に行使できる」といった行使要件を設けたりすることで、より適切なメンバーへストックオプションを付与し、退職者が出にくく、かつ企業価値の拡大につながるよう工夫することもできます。
2)M&AやEXITを見据えている企業には、生株の分配がおすすめの場合も。
社員のモチベーション向上や採用にも役立つストックオプション制度。
しかし、最近のスタートアップ企業は、上場ではなくM&AによるEXITをゴールとして目指すケースも増えてきています。
上記のような企業の場合、ストックオプションについてどのように考えたら良いのでしょうか?
結論から言いますと、ストックオプションは上場することが行使要件とされることが一般的であるため、上場しなかった場合には客観的には価値のないものとなってしまいます。
上場を目指していない企業であればこのような行使要件のストックオプション制度はマッチしないと言えるでしょう。
上場を目指していない企業が取締役・社員のためにM&Aによって入ってくる金銭の分配の方法を考えるのであれば、生株を分配するという方法があります。
また、すでにストックオプションを付与してしまっており、状況の変化によりM&AによるEXITを選択する場合には、付与したストックオプションを経営者が買い取る、又は買収者に買い取ってもらうという方法もあります。
これは、株式を保有しない取締役や社員に配慮した良い方法と言え、今後増えてくるのではと予想されています。
3)「信託型ストックオプション」は監査法人への連携・相談を
ストックオプション導入の際には、その種類と性質について正しく理解しておく必要があります。
現在、スタートアップ企業の中で浸透しているストックオプションの種類は、大きく次の3つになります。
- 無償の税制適格ストックオプション
- 有償ストックオプション
- 信託型ストックオプション
中でも信託型ストックオプションは、信託を通じてストックオプションを取締役や従業員に交付する新しいスキームです。
「価値の評価が正しかったのか」を最終的に監査法人が判断し、監査を受け付けるかどうかにも関わる問題となることがあります。
そのため、信託型ストックオプションを導入する場合には、顧問の会計士だけではなく、IPO後の監査を引き受ける予定の監査法人と連携しながら進めるのが良いでしょう。
法律事務所では具体的な価格決定や会計に携わるわけではありませんが、このようなストックオプションの種類や特性により起こりうるトラブルを未然に防ぐ方法をアドバイスし、要項や契約書類を作成しています。
今回お届けする「弁護士が教える起業~資金調達前のスタートアップ企業が おさえておくべき法務のポイント」の前編はここまでです。後編では、「資金調達にかかわる契約の注意点」をお届けします。
以上
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