書いてあること
- 主な読者:逮捕された社員の処分をする経営者
- 課題:どの程度の処分にするか迷っている
- 解決策:就業規則に懲戒事由があるかを確認し、犯罪の動機や裁判例などによって処分の内容を決める
1 判断が難しい「犯罪行為」の懲戒処分
懲戒処分とは、
職場規律や企業秩序に違反した社員に対し、会社が行う制裁(戒告、減給、懲戒解雇など)
です。会社があらかじめ就業規則で「懲戒事由」を定めていて、社員がその懲戒事由に該当した場合、就業規則に従って懲戒処分を課すことが認められています。
ただし、労働契約法では
社員が起こした違反行為に比して、重すぎる懲戒処分は課せない
と定められています。特に痴漢や飲酒運転のような犯罪行為の場合は要注意。「犯罪に手を染める社員なんてけしからん! 懲戒解雇だ!」と重い処分に傾きがちですが、裁判ではそうした懲戒処分が「重すぎる」として無効になったケースが少なくないのです。
この記事では、犯罪行為をした社員の懲戒処分を検討する際のポイントとして、
- 就業規則の懲戒事由を確認する
- 懲戒処分の種類と考慮要素を押さえる
- 犯罪行為の懲戒処分に関する裁判例を知る
の3つを紹介します。
2 就業規則の懲戒事由を確認する
大前提として、就業規則や社員との労働契約に懲戒事由に関する定めがない場合、懲戒処分は認められません。また、定めがあっても、社員の違反行為と合致する内容になっていなければ、やはり認められません。これは、労働契約法に「合理的な理由がなく、相当ではない懲戒処分は無効とする」という定めがあるからです。
犯罪行為に対して懲戒処分を課す場合、懲戒事由の書き方の例は次の通りです。
- 暴行、脅迫、傷害その他犯罪行為によって著しく社内の秩序を乱したとき
- 不正不義の行為によって会社の名誉・体面を汚したとき
- 刑罰に触れる行為をしたとき
会社によっては、「刑事裁判において有罪判決を受けたとき」と定めている場合がありますが、この書き方だと、社員が全面的に罪を認めていても、実際に有罪判決を受けるまでは懲戒処分を課すことができないので好ましくありません。
なお、就業規則を確認する際は、懲戒事由と併せて、
「懲戒処分を検討する際、社員に弁明の機会を与える」旨の規定があるか
もチェックしておきましょう。適正な手続きを踏んでいない懲戒処分は、「相当ではない」として無効になる恐れがあるからです。
3 懲戒処分の種類と考慮要素を押さえる
一般的に、懲戒処分には次の7種類があります。1.の戒告が最も軽い処分、7.の懲戒解雇が最も重い処分です。
- 戒告:厳重注意を言い渡す
- けん責:始末書を提出させ、将来を戒める
- 減給:一定期間、賃金支給額を減額する
- 出勤停止:数日間、出勤することを禁じ、その間は無給とする
- 降格:役職の罷免・引き下げ、または資格等級の引き下げを行う
- 諭旨解雇:退職届の提出を勧告した上で、退職届の提出がなければ解雇とする
- 懲戒解雇:即時に解雇する
前述した通り、社員の違反行為に対して、重すぎる懲戒処分は課せません。犯罪行為に対する懲戒処分の内容が妥当かどうかは、次のような要素に照らして判断されます。
- 当該行為の動機、内容、結果(犯罪行為の種類や程度、故意または過失の度合い、被害の重大性など)
- 業務への影響(免許取り消しで運転業務が行えず、他の社員の負担が増したなど)
- 社員の勤務歴、過去の処分歴、反省の様子
- 当該行為に関する会社側の要因の有無 など
犯罪行為の場合、こうした要素に照らして判断しますが、難しいのが「私生活上の犯罪行為」です。会社は本来、社員のプライベートには介入できないため、原則として懲戒処分は行えません。ただし、例外として、
会社の社会的評価に重大な悪影響を与える場合に限り、私生活上の犯罪行為であっても懲戒処分は可能
とされています(最高裁第二小法廷昭和49年3月15日)。社会的評価に重大な評価を与えるかどうかは、次のような要素に照らして判断されます。
- 会社の事業の種類・態様・規模
- 会社の経済界に占める地位、経営方針
- 社員の会社における地位・職種 など
4 犯罪行為の懲戒処分に関する裁判例を知る
1)痴漢行為
1.懲戒解雇(有効)
鉄道会社の職員が、電車内で痴漢行為をして懲戒解雇された事案(東京高裁平成15年12月11日判決)では、次の点などから「懲戒解雇は妥当である(有効)」と判断されました。
- 職員は本来、電車内の迷惑行為を防止する立場にあった
- 本事案の半年前にも、痴漢行為で罰金刑に処せられ、昇給停止・降職の処分を受けていながら、再び痴漢行為に及んだ
2.諭旨解雇(無効)
鉄道会社の職員が、電車内で痴漢行為をしたとして諭旨解雇された事案(東京地裁平成27年12月25日判決)では、次の点などから「諭旨解雇は重すぎる(無効)」と判断されました。この裁判例の事案では、自社の電車内で痴漢行為を行った事案であることから、結論に批判もありますが、諭旨解雇が無効になる場合があるという点について参考となります。
- 職員の勤務態度に問題はなく、過去に懲戒処分を受けたこともなかった
- 事件の報道や社外からの苦情等の事実が認められず、会社の社会的評価に大きな影響を与えたとはいえない
2)飲酒運転
1.懲戒解雇(有効)
貨物自動車運送業のセールスドライバーが、業務終了後に飲酒運転をして懲戒解雇された事案(東京地裁平成19年8月27日判決)では、次の点などから「懲戒解雇は妥当である(有効)」と判断されました。
- 会社は大手の貨物自動車運送業者であり、飲酒運転が社会的評価に及ぼす影響は大きい
- 会社の業種に照らすと、率先して交通事故防止に努力するという企業姿勢を示すために、飲酒運転に懲戒解雇という重い処分を課すことには妥当性がある
2.懲戒免職(無効)
市の職員が、休日に飲酒運転をして懲戒免職された事案(大阪高裁平成21年4月24日判決)では、次の点などから「懲戒免職は重すぎる(無効)」と判断されました。
- 検知されたアルコールの量が道路交通法違反となる水準としては最下限で、運転時間も走行距離もごく短く、事故なども起こしていないため悪質性が高いとはいえない
- 100名を超える市民から嘆願書が提出されており、公務員への信頼という観点からして地域社会に与えた悪影響も多大とまではいえない
- 職員の勤務態度に問題はなく、過去に懲戒処分を受けたこともなかった
- 飲酒運転の事実を、翌日すぐに職場に報告しているなど、反省が見られる
以上(2023年12月更新)
(監修 三浦法律事務所 弁護士 磯田翔)
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