書いてあること
- 主な読者:音や色彩などの新しいタイプの商標の活用を考える経営者
- 課題:新しいタイプの商標については、商標権を取得するのが難しい?
- 解決策:色彩のみからなる商標権を取得するのはハードルが高い。ただし、音商標や位置商標などは登録も進んでいる。これら新しい商標はマーケティングや海外進出時にも役立つため、権利化を検討したい
1 音や色彩も認められる 新しいタイプの商標とは
1)商標とは
商品のパッケージや店舗の看板など、自社の商品・役務(サービス)に付されているマークは、商標として登録できる可能性があります(他社(他人)の商品・役務と区別できる必要があります)。商標は、特許庁の審査を受けて登録し、料金を支払うことで商標権として保護されます。
商標は使用されることによって広く認知され、顧客は商標が付された商品・役務を提供する企業を把握することができます。その結果、商標には企業の信用が蓄積されるようになるだけでなく、顧客の利益を保護することも可能となるため、商標法では商標権を保護しています。
出願の際は商標を付する商品・役務を区分した分類を指定する必要があります。商標権が認められると、指定商品や指定役務の範囲内であれば、独占排他的な権利が認められます。また、商標権の保護期間は登録日から10年ですが、更新登録すれば半永久的に商標権の存続が可能です。
2)新しいタイプの商標とは
2015年4月に商標法が改正されたことにより、音や色彩といった従来は認められなかった、新しいタイプの商標を登録できるようになりました。従来から認められていた商標(伝統的商標)と新しい商標を整理すると、次のようになります。
3)新しいタイプの商標の登録はハードルが高い!?
新しいタイプの商標の出願件数と登録件数は次の通りです。
出願件数が多いのは音商標で、色彩のみからなる商標、位置商標などが続いています。ただし、色彩のみからなる商標の登録件数は2017年に初めて2件登録されており、登録が進んでいない状況です。
色彩のみからなる商標の場合、色彩だけで他社の商品・役務と識別するのが難しいものが多いため、拙速に審査し、登録を認めれば、他社がその色を使えないといった問題も起こるため、慎重に審査が行われているとされます。
2 商標権は他制度とどう違うのか
1)商標権と他制度との違い
商標権には「独占排他的に使用できる」「半永久的に使用できる」といったメリットがある一方、特に新しいタイプの商標については「登録のハードルが高そうだし、時間もコストも掛かる。ロゴ(商標)であれば、著作権などでも自社の権利は保護されるのでは?」と考える人がいるかもしれません。
しかし、商標権と他制度では次のような違いがあります。
2)著作権との違い
著作権は登録が不要であり、著作物が生まれた瞬間から自然に発生する権利です。ただし、単純なフレーズや色彩といった、思想または感情を創作的に表現していないものは保護されません。一方、商標権は単純なフレーズや色彩なども保護される可能性があります(保護されるためには、さまざまな要件があります)。
また、偶然にも他社が自社と似た商標を製作した場合、著作権では他社がその商標を使用することを禁止できません。対して商標権では、商品や役務が同一または類似であれば、同一または類似の商標を排除し、独占排他的に使用できる可能性があります。
3)不正競争防止法との違い
不正競争防止法は著作権と同様に登録が不要です。他社が自社と同一または類似の商標を使用している場合、同法で禁じられている不正競争行為に当たる可能性があります。ただし、不正競争行為として認められるには、例えば、周知(一地域で知られているものでも可)、または著名(周知よりもさらに知られている)であることが要求されます。
一方、商標権の場合は、周知または著名である必要はありません。
4)商標権を取得し、他制度も活用しながら自社の商標を守る
著作権、不正競争防止法との違いについて紹介しましたが、商標権は取得さえしておけば、万全というものではありません。商標権を取得しつつ、場合によっては他制度も活用していくことが重要になります。
とはいえ、商標権の場合は、登録や権利維持のためのコストや手間が掛かります。特に、より広い範囲で商標を保護したいと考える場合、分類を増やして出願し、登録します。特許庁への出願料や登録料は分類が増えるほど高くなる仕組みです。それに加えて、弁護士や弁理士に調査や手続きを依頼するコストも掛かります。
自社が持つ全ての商標の登録を目指すのではなく、主力商品に限定するなど、戦略的に商標権を取得していくことが求められます。
3 中小企業は新しいタイプの商標をどう活用できるのか
1)マーケティング活動に役立つ新しいタイプの商標
実際に企業活動において、新しいタイプの商標はどのように活用できるのでしょうか。登録が認められた、新しいタイプの商標を見てみると、テレビCMなどで見かけるよく知られた動画(動き商標)やサウンドロゴ(音商標)などが多くなっています。そのため、「新しいタイプの商標はマーケティング活動に積極的な大企業のもの」というイメージがあるかもしれません。
しかし現在では、中小企業でも「YouTube」などの動画や、「Facebook」「Twitter」といったSNSを使ったマーケティング活動に取り組んでいます。動きや音といった、五感に訴えることができる新しいタイプの商標は、動画やSNSを使ったマーケティング活動にも役立てることができ、顧客に自社および商品・役務を効果的に印象付けることができるでしょう。
「他社に先手を打たれ、自社および商品・役務のブランドイメージを表現した動画やサウンドロゴが使えない」ということがないよう、自社の重要な(新しいタイプの)商標については早めに商標権を取得しておくと安心です。
2)海外進出にも役立つ新しいタイプの商標
新しいタイプの商標は、欧米などでは以前から制度が整備されており、欧米企業や欧米に進出している日本企業などが取得しています。
例えば、大阪府の工具メーカーであるエンジニア(従業員数30人)では、米国で工具のグリップに使用している緑色を補助登録(注)しています。同社が米国で商標登録するきっかけになったのは、米国の工具メーカーから工具のグリップの色が「色彩のみからなる商標を侵害している」という警告を受けたからでした。そのため、従来使用していた青色から新たに緑色に変更し、この緑色を他社が使用できないように補助登録しました。
原則として、商標権は権利を取得する国ごとに出願する必要があります。ただし、日本はマドリッド協定議定書を批准しており、特許庁を通じて国際出願することで、複数の加盟国へ出願するのと同等の効果を得ることができる制度があります。
新しいタイプの商標は、文字や言語を超えたグローバルなコミュニケーションツールとなり得るものでもあり、海外進出している企業は日本国内で制度がスタートしたのを機に、国際出願を検討してみるのもよいでしょう。
(注)補助登録とは、主登録(日本の商標制度における登録)に至らないものの、後願の企業の使用を排除することができる制度です。
4 侵害に注意! 商標権を取得していない企業が気を付けるべきこと
新しいタイプの商標が認められるようになったことで、商標権を取得していない企業にも影響が及ぶと考えられます。これまで以上に侵害に注意しなければなりません。
大半の企業では、商標権のような知的財産権を侵害してはならないことを認識していると思います。ただし、知的財産権に関する知識は社員によってばらつきがあるのではないでしょうか。中には、「新しいタイプの商標の話題を耳にしたことがない」ということがあるかもしれません。先に紹介したエンジニアも、米国の工具メーカーから侵害の警告を受けるまで、色彩のみからなる商標が権利として認められることを知らなかったといいます。
悪意がない場合でも、他社の商標権を侵害しているとなれば、自社の社会的な信用は失われ、権利者から莫大な損害賠償金を求められることもあります。
このようなリスクを招かないためにも、新しいタイプの商標をはじめ、知的財産権に関する動向に注意し、自社が他社の商標権を侵害していないかといった点に注意することが求められます。
以上(2019年4月)
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画像:unsplash