1 増大するカスタマーハラスメント

職場におけるハラスメントのうち、①セクシャルハラスメント、②マタニティハラスメント(妊娠・出産・育児休業)、③ケアハラスメント(介護休業)、④パワーハラスメントの4つについては、法律で防止・対応の措置が義務付けられています。しかし、カスタマーハラスメント(以下「カスハラ」)防止の措置義務はなく、厚生労働省が2020年1月に示したパワハラ指針で、「顧客等からの著しい迷惑行為により就業環境が害されることが無いよう配慮する」事が求められ、望ましい取組の例として、①相談体制の整備、②メンタルヘルス相談などの被害者対応、③マニュアル作成などの被害防止の取組を示すことに留まっています。しかし、近年のカスハラを巡る問題の広がりから、厚生労働省は、精神障害の労災を認める基準にカスハラを加える方針を決定し、カスハラの労災件数も24年度から集計し、カスハラ対策を推進する予定です。尚、厚労省の2020年の調査では、過去3年間に勤務先でカスハラを一度以上経験した人の割合は15%とセクハラ(10.2%)を上回り、パワハラ(31.3%)に次ぐ水準となり、受けた行為は「長時間の拘束や同じ内容を繰り返すクレーム(過度なもの)」(52.0%)が最も多く、次が「名誉毀損・侮辱・ひどい暴言」(46.9%)となっています。尚、カスハラが増加した背景には、SNSを通じて顧客が企業を容易に批評できるようになったため、顧客側の発言力が増したことがあると考えられます。また、近年においては、加害者の勤務先企業にも使用者責任を認める裁判所の判決も出ており、カスハラへの対応の必要性が高まっています。

過去3年間にハラスメントを受けた経験

顧客等からの著しい迷惑行為の内容

(出典:厚生労働省 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル)

2 カスハラの判断基準

カスハラは、「顧客からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義されており、具体的には時間拘束や対応者の揚げ足取り、脅迫や暴言、リピート型や権威型のクレーム、SNSへの投稿や正当な理由のない過度な要求等が挙げられます。当然、顧客や取引先等からのクレームの全てを指すものではなく、商品やサービス等への改善を求めた正当なクレームには真摯に向き合い、改善に努めることが重要です。基本的にカスハラの判断基準は、業種や業態、企業文化などで異なるため、予め社内で統一しておく必要がありますが、一般的には2つの尺度が用いられます。一つ目は、「顧客等の要求内容に妥当性はあるか」であり、顧客等の主張に関して事実関係、因果関係を確認し、自社の過失の有無や根拠ある要求かを確認して判断します。もう一つは、「要求を実現する為の手段・態様が社会通念に照らして相当な範囲か」であり、具体的には業務に支障が生じるような長時間に及ぶクレームや、言動が暴力的・威圧的・継続的・拘束的・差別的、性的である場合は社会通念上不相当と判断すべきでしょう。

妥当性を欠く要求、社会通念上不相当な言動

(出典:厚生労働省 カスタマーハラスメント対策リーフレット)

3 カスハラ対策の必要性

カスハラによる企業への影響としては、クレーム対応による時間の浪費や業務上の支障、従業員の健康不良によるパフォーマンスの低下や休職・退職等による人材不足、代替品の提供等による金銭的損失やブランドイメージの低下等があります。またそれ以外にも、来店する他の顧客の利用環境・雰囲気の悪化や業務遅滞による他の顧客へのサービスの低下、風評による売上減少など多岐にわたります。今後は、カスハラによる精神疾患等の労災認定が増加すると、カスハラ対策を怠ったことが労働契約法に基づく安全配慮義務違反として従業員から損害賠償を請求される可能性も高まることも想定されます。更に、カスハラ行為者は、暴行罪や名誉棄損罪、脅迫罪や威力業務妨害罪等で逮捕されたり、相手や相手が勤める企業に損害を与えたり、名誉を毀損した場合は、民事上の損害賠償責任も負うことになりますが、カスハラ行為者が勤める企業も、民法715条の使用者責任の規定を根拠に、法人としての賠償責任を追及され、責任を負う可能性があります。加えて、実質的に優位な立場にある企業が過大な要求を行うと、独占禁止法の優越的地位の乱用や下請法上の不当な経済上の利益の提供要請に該当し、刑事罰や行政処分を受ける可能性があるため、被害者側・加害者側共に対策が必要と考えられます。

4 リスクコントロール対策

カスハラ対策は、平時の事前準備と、有事の適切な対応に分けられますが、事前準備としては、まず企業の基本方針・基本姿勢を明確化し、従業員に周知・啓発することが重要です。次に、従業員のための相談窓口を設けて相談対応者を任命すると共に、カスハラへの対応や手順を時間拘束型やリピート型、暴言型や暴力型等の類型ごとに予め決定し、対応ルールを教育・研修を通して従業員に浸透させることが求められます。その上で、有事の適切な対応として、先ずは事実関係の正確な確認を行い、クレームが正当な主張なのか、悪質なクレームなのかを証拠・証言に基づいて判断し、カスハラとの判断に至った場合には予め策定した手順・基準に沿って対応します。次に、顧客等を従業員から引き離すなど、従業員の現場での安全確保や精神面への配慮を行い、最後に再発防止の取組として、トラブル事例を社内関係者で共有し、従業員の顧客対応への理解を深める事が求められます。しかし、カスハラの特徴は社内だけの問題ではなく、取引先が絡む可能性があることであり、カスハラによって取引先との関係が悪化し、取引停止にならないためにも、取引先企業にもカスハラ対策等の協力依頼を行い、協力関係を構築することで、再発防止に取り組むことが求められます。

カスタマーハラスメントに関わる内部手続の流れの例

(出典:厚生労働省 カスタマーハラスメント対策企業マニュアル)

5 リスクファイナンシング対策

カスハラから生じる全ての損失を保険でカバーすることは困難であるため、保険が活用できない損失については別の対策を検討する必要があります。基本的に、カスハラによる労災の場合には、政府労災や上乗せ労災保険や使用者賠償責任保険、その他の福利厚生を踏まえた保険での対応が可能と考えられます。また、カスハラを解決するための弁護士費用等についても保険での対応が可能と考えられますし、クレーム対応等に関する相談サービスが付帯された保険もあるため、リスクコントロール対策にも役立ちます。しかし、顧客等からのSNSへの書き込みによるブランド下落や取引先との関係悪化による売上減少、従業員の退職による人材不足など、影響の大きいリスクへの対応は、保険では難しいケースも考えられるため、極力リスクコントロールを行うと共に、財務力を高めておく必要があるでしょう。

以上(2023年10月)

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画像:photo-ac


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