書いてあること
- 主な読者:製造業者や輸入業者の経営者
- 課題:2020年のPL法改正の内容を理解し、製造業者や輸入業者がどのような対策を取らなければならないかを考える
- 解決策:従来よりも消費者の権利を保護する方向で、PL法が運用されることとなるので、社内の製品安全管理体制と品質保証体制を再度見直し整備する。特に、書類の保存期間と製品の指示・警告表示の見直しは早急に行う
1 民法改正に伴い製造物責任法が改正されました
製造物責任法(Product Liability Act(以下「PL法」)は、製造物の欠陥が原因で、人の生命、身体、財産に被害が生じた場合、製造業者等に対して損害賠償を求められる法律です。
民法改正に伴いPL法が一部改正され、2020年4月1日から施行されました。本稿では、PL法の概要と改正のポイント、改正に伴い製造業者が留意すべきことなどをご提案します。
2 PL法の概要
1995年7月にPL法が施行されてから25年が経過しました。PL法施行以前は、欠陥商品による損害賠償の裁判において、民法の不法行為を根拠にせざるを得ませんでした。
不法行為では、加害事業者の「過失」の存在を被害者が主張立証しなければなりません。しかし、近代的な工場における製造工程のどこでどのような過失があったかということを、被害者である消費者に立証させることは、現実的には不可能を強いるに等しいことでした。
PL法の制定によって、被害者は「過失」に代わって、「通常有すべき安全性を欠いていること」という「欠陥」の存在を主張立証すればよいこととなり、被害者救済の道が開けていきました。裏を返せば、製造業に携わる方は、通常通り製造していただけであっても、「欠陥」の存在を主張立証された場合には、無過失であっても法的責任を負わなければなりません。
「欠陥」は、「製造上の欠陥」、「設計上の欠陥」と「指示・警告上の欠陥」の3つに分類されます。
3 どのような「製造物」がPL法の対象なのか
「製造物」とは、「製造又は加工された動産」のことです。家電製品、家具、食品や医薬品など幅広い製品を含みます。ただし、不動産やソフトウエアなどの無体物は、PL法の対象となりません。
また、「製造又は加工」されていない自然産物、例えば未加工の農林畜水産物はPL法の対象となりません。しかし、原材料に加熱、味付けなどをした場合はPL法の対象となります。
なお、「修理」などは、「動産」に本来存在する性質の回復や維持を行うことと考えられ、「製造又は加工」には当たらないと考えられています。
4 責任を負うのは「製造業者」だけではありません
PL法においては、製造業者だけではなく、輸入業者も責任を負います。なぜなら、輸入品の場合、消費者が直接海外の製造業者を訴えることは困難であるため、欠陥のある製造物を国内に持ち込んだ者が責任を負うことが合理的と考えられたからです。
また、自ら製造、加工又は輸入を行っていない場合であっても、「製造元〇〇」、「輸入元〇〇」などの肩書きで自己の氏名などを付している場合や、特に肩書きを付することなく自己の氏名・ブランドなどを付している場合なども、製造業者と同じ責任を負います。
5 民法改正に伴い消滅時効が改正されました
1)人の生命又は身体の侵害によるPL法に基づく損害賠償請求権の時効期間の長期化
人の生命又は身体の侵害によるPL法に基づく損害賠償請求権の時効期間は、被害者またはその法定代理人が損害および賠償義務者を「知った時から3年」でしたが、改正により「知った時から5年」に長期化されました。
人の生命又は身体という利益は、財産的な利益などと比べて保護すべき度合いが強いこと、被害が生じた後、通常の生活を送ることが困難な状況に陥るなど、被害者の速やかな権利行使が困難な場合が少なくないためです。
2)PL法に基づく損害賠償請求権に関する長期10年の権利消滅期間の意味の明記
PL法に基づく損害賠償請求権に関する権利消滅期間は「その製造業者等が当該製造物を引き渡した時から10年を経過したとき」とされています。この長期10年の権利消滅期間は、従前は「除斥期間」と考えられていましたが、「時効期間」であることが明記されました。
除斥期間の場合、時効期間と異なり原則として中断や停止が認められず、期間経過により権利は消滅してしまいます。そのため、長期間にわたって加害者に対する損害賠償請求をしなかったことに真にやむを得ない事情がある事案において、被害者の救済を図ることができないおそれがありました。「時効期間」と明記することで、そのような事案においても被害者の救済を図ることができるようになりました。
6 PL法改正に伴い製造業者が留意すること
今回の改正は、消費者側の権利をより強く保護するものです。加害者となり得る製造業者は、今回の改正を契機として、今まで以上に厳しい姿勢で、社内の体制や製品の表示を見直す必要があります。
1)製造業者におけるPL対策とは
製造業者におけるPL対策とは、「社内の製品安全活動が日常業務になっていれば、おのずからPLリスクの低い製品を市場に出せるという観点から、製品安全評価とISO9000シリーズ規格(注)による品質保証の方針を明らかにし、それを実施するための社内の製品安全管理体制と品質保証体制を整備・確立し、愚直に実践すること」でしょう。そして、具体的には、以下の多面的対策が必要と考えられます。
- 製品事故の防止や安全性に関する法規や制度を、商品の企画担当者や研究者が熟知し、確実に遵守すること
- 研究開発の段階で製品の安全性確保の検討を十分に行うとともに、必要な安全性試験を全項目行い、事前に危険を排除すること
- 実際に使われる場における安全性評価を行い、問題点が見つかれば直ちに改善すること
- 「指示・警告上の欠陥」は、比較的短期間かつ少ないコストでPL対策を実行できるという側面を持つので、検討すること
- 消費者教育や啓発活動で、必要な情報を提供するなど、消費者自身に危険回避の努力をしてもらう活動を行うこと
- 販売後、消費者から寄せられるクレームや問い合わせは、実際に使われる場における使用テストであると考え、その意見を商品の改善に活かすこと
(注)ISO9000シリーズとは品質保証の国際規格、つまり「よりよい製品やサービスを提供するための仕組みを評価するガイドライン」のことです。認証の対象は製品自体ではなく、製品の生産に使われる品質システム(生産の仕組み、あるいはプロセス)であることが大きな特徴です。その認証取得・登録は海外貿易の前提条件となっています。
2)PL法が適用された判例
「製造物の特性」を考慮して「欠陥」を判断した裁判で、裁判所の判断が分かれた判例があります。判断を分けたのは、具体的対策4.の内容である「指示・警告上の表示」が十分であるか否かです。
1.給食食器の破片により女児の右眼視力が低下
国立小学校に在学していた3年生の女児が、給食食器片付けの際、落とした強化耐熱ガラス製ボウルの破片を右眼に受けて角膜裂傷などを負った事案です。
裁判所による判断の概要は次の通りです(奈良地判平成15年10月8日)。
- 商品カタログや取扱説明書等において、本件食器が陶磁器等よりも「丈夫で割れにくい」といった点を特長として、強調して記載するのであれば、併せて、それと表裏一体をなす、割れた場合の具体的態様や危険性の大きさをも記載するなどして、消費者に対し、商品購入の是非についての的確な選択をなしたり、また、本件食器の破損による危険を防止するために必要な情報を積極的に提供するべきである。
- 本件食器が破損した場合の態様等について、取扱説明書等に十分な表示をしなかったことによりその表示において通常有すべき安全性を欠き、製造物責任法第3条にいう欠陥があるというべきである。
2.こんにゃく入りゼリーを喉に詰まらせ1歳児が死亡
1歳9カ月の幼児がこんにゃくゼリーを食べて喉に詰まらせて窒息し、その後に死亡した事案です。
裁判所による判断の概要は次の通りです(大阪高判平成24年5月25日)。
- 本件警告表示においては、子どもや高齢者がこれを食すると喉に詰まらせる危険性があることが、外袋のピクトグラフ等の記載や外袋裏側の警告文に明確に表示されており(これは赤枠で一見しても相当に目立つ警告文であることが分かる。)、しかも、通常のゼリー菓子ではなく、こんにゃく入りであることも、外袋の表にも裏にも記載され、特に、子どもや高齢者は食べないでくださいと明確に表示されていたもので、本件こんにゃくゼリーの食べ方についての留意事項については、警告文として特に不十分な点はない。
- 本件こんにゃくゼリーは、通常有すべき安全性に欠けていたとまではいえない。
3)PL法改正に伴い製造業者が行うべきこと
- 長期10年の権利消滅期間が「除斥期間」ではなく「時効期間」と明記されたため、書類の保存期間を今までより長くしなければならない可能性があります。この機会に、保存する書類の内容と保存期間を見直しましょう。
- 「指示・警告上の欠陥」は、紹介した判例のように、裁判で主張されることが多い半面、比較的短期間かつ少ないコストでPL対策を実行できるという側面を持ちます。検討しましょう。
- 今後は、従来よりも消費者の権利を保護する方向でPL法が運用されます。社内の製品安全管理体制と品質保証体制を見直し、整備しましょう。必要ならば、PL法に詳しい弁護士などの専門家に協力してもらいましょう。
7 参考
1)民法改正に伴うPL法改正の説明を読みたい方に
■消費者庁「民法(債権関係)改正に伴う製造物責任(PL)法の一部改正」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/product_liability_act_amendment/
消滅時効においては、以下のように経過措置にも注意してください。
- 生命又は身体を侵害した場合のPL法に基づく損害賠償請求権の消滅時効の期間は、2020年4月1日の施行日の時点で消滅時効が完成していない場合には、改正後の新しいPL法が適用されます。
- 施行日において長期の権利消滅期間(10年)が経過していないときも、改正後の新しいPL法が適用され、除斥期間ではなく時効期間とされます。
2)PL法の詳しい解説が読みたい方に
■消費者庁「製造物責任(PL)法の逐条解説」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/product_liability_act_annotations/
■国民生活センター「製造物責任法(PL法)を学ぶ」■
https://warp.ndl.go.jp/
国立国会図書館 インターネット資料収集保存事業のウェブサイトで「製造物責任法(PL法)を学ぶ」でキーワード検索をかけると読めます。
3)PL法に基づく訴訟情報が見たい方に
■消費者庁「製造物責任(PL)法に基づく訴訟情報の収集」■
https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/other/product_liability_act/
4)論考
『製造業におけるPL対策について』花王株式会社 小西一生
繊維製品消費科学 Vol.35 No.11(1994)584-589
https://doi.org/10.11419/senshoshi1960.35.584
以上(2020年11月)
(執筆 のぞみ総合法律事務所 弁護士 片岡由紀)
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