「赤心を腹中に置く」
西郷隆盛氏は、幕末に討幕の指導的役割を果たし、大久保利通氏,木戸孝允氏とともに「維新の三傑」と称され、明治新政府でも政治家、軍人として活躍した人物です。
冒頭の言葉は、幕末に薩摩藩が長州藩と敵対した「第一次長州征伐」の折、西郷氏(薩摩藩)が高杉晋作(長州藩)率いる奇兵隊の本陣に、降伏を求める交渉に出向くときに発したものです。西郷氏の言う「赤心を腹中に置く」とは、誠意をもって接すれば自分の心は通じる、という意味で、古代中国の武将・劉秀(りゅうしゅう)が、捕虜の中を無防備に巡回し、信頼を得た故事に由来しています。このときの薩摩藩は、海外から最新鋭の武器を仕入れて戦いに臨んでいて、長州藩よりも有利な立場にありました。しかし、西郷氏は、あえて護衛2人だけを連れ、敵陣に赴いて降伏を勧めるという危険な策に打って出たのです。
西郷氏の行動には理由がありました。当時のアジアは欧米諸国による植民地化の危機にさらされ、日本が諸外国に付け入る隙を与えないためには「内戦の長期化による国力の消耗」を避ける必要があったのです。とはいえ、長州藩も引くに引けない状態。薩摩藩は長州藩に対し、「五卿」という朝廷の重要人物を長州藩の外に移転させるよう求めていましたが、朝廷を尊び「勤王」を掲げる長州藩にとって、この要求をのむのは自分たちの存在意義を否定するに等しいことでした。
だからこそ西郷氏は、薩摩藩を憎み下手をすれば自分を殺しかねない高杉晋作の前にあえて出ていくことで、自分がこの交渉にどれだけ本気かを示しました。その上で「五卿の移転を認めれば、軍を引き上げる」という、相手に有利な条件を提示し、これにより長州藩はついに降伏を認めました。赤心をもって、相手に歩み寄る姿勢を見せることで、「日本の国力を維持する」という西郷氏の大義は果たされたわけです。
ビジネスでも、相手との交渉で譲れない部分が出てくるケースはよくあります。特に社運が懸かかった重要な商談などでは、何とか自社の利益を守らなければと頑固になってしまうかもしれませんが、そういうときこそ大義の見極めが大切です。「本気で御社とこの事業を成し遂げたいと思っています。だから、この部分については御社に有利な条件にします」など、自社が本当に成し遂げたいことのために、自ら相手に歩み寄り、時には大きな譲歩を見せながら腹を割って話す。そうすることで自社の本気が相手に伝わるでしょう。
もっとも、大義のためだからと何でも譲歩していたら交渉は成功しません。西郷氏が危険を冒してまで敵陣に赴いたのには、「この機会を逃せば、薩摩藩は今度こそ長州藩を倒しに来るぞ」とプレッシャーを与える意味もありました。相手に「この会社と取引しないのは損だ」と思わせた上で、歩み寄る姿勢を見せることが大切なのです。
出典:「幕末・男たちの名言-時代を超えて甦る『大和魂』」(童門冬二(著)、PHP研究所、2007年2月)
以上(2025年2月作成)
pj17629
画像:拓也 神崎-Adobe Stock