書いてあること
- 主な読者:ヒト・モノ・カネに関して直接的、間接的に海外と関係している企業の経営者
- 課題:激動する世界情勢が日本経済に悪影響を及ぼすリスクについて考える材料が欲しい
- 解決策:対中関係の急激な悪化や中国経済の失速等のリスク、エネルギー不足、大災害などの最悪のリスクシナリオを想定しておく
1 最悪のシナリオを想定しておけば、リスクに備えておける
世界で発生するさまざまな問題は、日本経済にも大きな影響を及ぼす可能性を秘めています。今回は、「起きる可能性は非常に低いことを願っているけれど、起きると日本経済が甚大な被害を受けそうな最悪のリスクシナリオ」と、その対策について考えてみましょう。
例えば、現時点で想定される最悪のリスクシナリオは、次の3つが挙げられるでしょう。
- 中国の軍事・外交・経済問題
- エネルギーの輸入が困難になる
- 核戦争・巨大地震・巨大隕石(いんせき)落下などの大災害
未然に防ぐことも、いつ発生するか予見することも不可能なことばかりですが、「備えあれば憂いなし」です。リスクに見合ったコストの範囲内で、できる限りの対策をしてみてはいかがでしょうか。
なお、国際紛争・環境問題への対応・感染症のまん延といった、既に顕在化している世界情勢が日本経済に影響するメカニズムについては、次の記事をご覧ください。
2 中国による台湾侵攻は日本経済に大打撃
・具体的な事象
中国による台湾侵攻やロシア支援などに伴う経済関係の悪化、中国経済の失速
・想定される日本経済への影響
・リスクへの可能な対策
中国への依存度の引き下げ(中国以外の国への展開や国内回帰、調達先の多角化、半導体の在庫を多めにする、など)
1)中国経済が失速する3つのシナリオ
中国経済が失速する要因には、3つの可能性があると思います。
第1の可能性は、不動産バブルの崩壊です。不動産開発事業者の中に資金繰りが詰まっているところが多いようなので、不動産の投げ売りが始まるかもしれません。一時期は大規模事業者の倒産が懸念されていましたが、中国政府が軟着陸を目指しているようなので、大規模倒産による金融恐慌のような懸念は薄らいでいると思います。
しかし、不動産開発は中国の主要産業ですので、新しい不動産開発が行われなくなることで、経済が失速する可能性は懸念されます。
第2の可能性は、中国共産党政権の安定を、経済発展よりも優先することです。中国政府では最近、皆で豊かになろうという言葉、「共同富裕」がよく使われているようです。
共同富裕政策が、「金持ちに課税して困っている人たちに分け与えよう」ということならば、弊害は少ないかもしれません。起業家たちは、「重税を課されても十分残るくらい巨額に稼ごう」と考えるでしょう。
ですが、「共産党に都合の悪い事業者を取り締まろう」といった動きになると厄介です。起業家たちが怖くなって起業しなくなり、経済活動に大きなブレーキがかかる可能性もあるからです。
第3の可能性は、新型コロナウイルス感染症(コロナ)のまん延です。中国政府は、コロナを完全に抑え込もうという方針のようですから、少数の感染者が見つかっただけで街全体をロックダウンしています。流行初期に徹底した対策で封じ込めに成功した体験があるので、それを今回も採用しているようですが、もしかしたら危険なことかもしれません。世界で流行しているのは、感染力が強い変異株に移行しているので、これを完全に抑え込もうとすると、中国全体をロックダウンしなければならない可能性もあるわけです。
そうなると、中国国内の景気が悪化するのみならず、生産活動や物流などが滞り、中国製品の輸出が激減するかもしれません。こうなると、日本から中国への輸出の減少に加えて、中国製品が買えないという状況にもなり得るわけです。感染初期に、「家は建ったのに、中国からトイレが納品されないから完成できない」といった話を耳にしましたが、それがもっと広い範囲で起きるかもしれないのです。
中国経済の失速による日本経済への影響は、少なくありません。日本からの輸出の減少によって景気は悪化しますし、中国製品の輸入の減少はインフレを招きます。中国製部品の調達難になれば、インフレと失業を同時に招きかねません。株価も下がるでしょう。
2)西側諸国との制裁合戦で世界経済が縮小
ロシアがウクライナを侵攻する前から、中国と西側諸国は人権問題などを巡って対立し、一部で禁輸措置なども取られていました。中国が覇権国の地位を目指して「戦狼(せんろう)外交」を繰り広げることで、対立が激化する局面もあったわけです。
2022年に入ってからは、人々の関心がロシアによるウクライナ侵攻に集中して、米中対立はあまり話題に上っていませんでした。ですが、ウクライナ問題が米中対立をより深刻にしかねない状況になってきました。中国とロシアは比較的親密なので、中国がロシアを支援するのではないか、という見方が強まってきたためです。
中国にしてみれば、ロシアに対して武器を売ったり、天然ガスなどを安値で買ったりしてもうけられる上に、ロシアに恩を売るとともに米国を困らせることができるわけです。中国がロシアを支援するインセンティブは決して小さくないでしょう。
もちろん、表立ってロシアを支援して西側諸国と全面的に対立することは、中国も望まないでしょう。ですが、こっそり支援したつもりが西側諸国に証拠を握られ、制裁を受けるという可能性は否定できません。西側諸国が中国に対しても強い制裁を科し、中国側も対抗措置を取るようなことになれば、世界経済に与える影響は計り知れません。
日本経済への直接的な影響としては、輸出の減少による景気悪化、中国製品の入手困難による物価上昇、中国製部品の調達困難によるインフレと不況が深刻化するでしょう。中国製部品が来ないと生産が滞るので、物不足によるインフレと生産量減少による失業増が同時に発生しかねません。
最も困難なのは、インフレと失業が同時に襲ってくる状況に陥ることです。金融・財政政策としては、インフレ抑制のために引き締めるか、失業対策のために緩めるか、対応が非常に難しくなります。このような状況が世界的に生じてしまうと、先進各国はインフレ抑制を優先する可能性が高く、世界の景気は大幅に落ち込むかもしれません。
日本の金融政策は先進各国と比べると相対的に緩和的であることから、ドル高円安圧力が生じています。今後も同様の傾向が続くと、一層の円安と、海外のインフレが国内に波及する「輸入インフレ」が襲ってくる可能性も覚悟しておいたほうがよいかもしれません。
また、世界的に金融が引き締められ、それに伴って景気が大幅に悪化すれば、世界の株価には強い下落圧力が加わるはずです。日本株もその影響を免れることはできないでしょう。
3)最悪のシナリオは中国による台湾侵攻
ないと思いたいですが、万が一にも中国が台湾に侵攻するようなことが起きれば、単にロシアを支援したというのとはレベルが異なる厳しい制裁が科されることでしょう。筆者は外交や軍事に詳しくないので、中国が台湾に侵攻する可能性や、侵攻した場合の日本の立場については記せませんが、外交・軍事面でも何らかの実害を受けるかもしれません。
少なくとも経済面では、中国との関係が一気に悪化し、貿易が事実上できなくなることも想定されます。中国は日本にとって巨大な輸出市場ですから、それが一気に失われることの衝撃は、想像を絶するものがあるでしょう。
輸出企業がもうからなくなるだけならまだいいのですが、中国に依存している物が輸入できなくなったら、日本経済や世界経済は回りません。前述した中国経済の失速リスクが短期間に極端な形で顕在化するということですから、日本経済への影響もはるかに激しく、かつ急激に襲ってくるということになるはずです。
例えば、中国にある日本企業の工場は、急いで閉鎖する必要も出てくるでしょう。そうなると、まだ使える設備機械をスクラップ業者に安価で売り、顧客リストなどを全て放棄して日本に戻らなければならないわけです。これは日本企業にとって大きなダメージとなるため、株価への悪影響は大きなものとなるでしょう。
実は筆者が大変心配しているのが、世界の半導体生産に占める台湾のシェアが高いということです。万が一、台湾が武力攻撃を受けて、台湾の半導体が輸入できなくなったら、世界のコンピューター産業や自動車産業などが止まってしまうかもしれないわけです。そうならないことを祈るのみです。
このリスク抑制策としては、中国に進出している企業であれば他国への展開や国内回帰といったことが考えられますし、中国からの輸入に頼っている企業の場合には調達先の多角化も要検討でしょう。半導体については、国際情勢を見ながら多めに在庫を持っておくということも一策です。
3 エネルギーが輸入困難になると猛烈なインフレに
・具体的な事象
中国・ロシアと西側諸国の対立の本格化によりエネルギーの輸入が困難になる
・想定される日本経済への影響
・リスクへの可能な対策
在庫を積み増す
通常であればエネルギーが輸入できないことは考えにくいのですが、中国とロシアが西側諸国と本格的に対立するようになると、エネルギーの輸送ルートを中国軍やロシア軍に押さえられてしまうリスクがありそうです。軍艦が輸送ルートを邪魔するだけではなく、サイバー攻撃でタンカーが動かなくなるなど、あらゆる可能性が起こり得ます。
エネルギー価格が高騰するだけであれば、物価が上がるだけですから何とかなりますが、エネルギーが輸入できなくなると本当に困ります。
エネルギーの大半を海外の化石燃料に依存している日本にとって、エネルギーの輸入が困難になってしまうと、工場や自動車を動かす燃料がない、トラクターが動かないので農業生産ができないなどの問題が生じかねません。
日本経済への影響は、猛烈なインフレでしょう。エネルギーの輸入が困難になれば、エネルギー価格が高騰するのみならず、生産活動が滞り、物不足になるはずです。生産減は失業を増加させるでしょうが、そんなことは気にならないほど物不足とインフレが深刻になると覚悟しておく必要がありそうです。
石油などのエネルギーが輸入できないという事態は、個々の企業では到底防ぎ得ません。国際情勢などに注意を払いつつ、リスクを感じたら早めに在庫を積み増すといったことは要検討かもしれません。
4 巨大地震などの大災害は米ドルの急騰を誘発
・具体的な事象
核戦争・巨大地震・巨大隕石落下などの大災害
・想定される日本経済への影響
復興資材の輸入が急増し、米ドルが急騰する
・リスクへの可能な対策
ドル資産を保有する、巨大地震対策としては耐震補強や地震保険に加入する
核戦争・巨大地震・巨大隕石落下といった大災害は、たとえ日本以外の国で発生しても日本経済に影響を及ぼすでしょう。ですが、何といっても国内で発生したとき、日本経済は甚大な被害を受けることになります。
これは避けようがありませんし、被害を予測することも容易ではありません。核シェルターは現実的か否か分かりませんし、巨大隕石はどうしようもありません。
しかし、巨大地震に対しては耐震補強、地震保険加入などの他、米ドルを持つという選択肢もあります。巨大地震で大都会が被害を受ければ、復興資材の輸入が急増し、そのためのドル買い注文が殺到するでしょう。
そうなれば、ドルが高騰して輸入品全てが大幅に値上がりすることになります。そんなときに円の預金を持っていても仕方ありません。ドル(具体的には米国株の投資信託など)を持っていれば、それが(円換算すると)値上がりするので、円だけで資産を持っているよりも、はるかにマシなはずです。
ちなみに、円の急落(いわゆる通貨危機)は、大災害の発生以外でも起こる可能性があります。例えば財政が行き詰まって日本国債の利払いがストップ(デフォルト)した場合や、米国を中心とする海外と日本の金利差が圧倒的に開いた場合などです。
円が急落すると、日本経済は猛烈なインフレに悩むことになります。日銀はインフレ対策と通貨防衛の両方を目指して、厳しい金融引き締めに走る可能性があります。これは景気にとっては非常にマイナスになります。
ただ、大災害で工場などが被害を受けて生産能力が落ちているときには、需要を抑えることが優先されるのは仕方のないことでしょう。
以上(2022年7月)
(執筆 前久留米大学商学部教授 塚崎公義)
pj98050
画像:bakhtiarzein-Adobe Stock