書いてあること

  • 主な読者:朝礼などで若手社員に期待することを伝えたい経営者
  • 課題:若手社員は「失敗」や「目立つこと」を極度に嫌がるとの調査結果もあり、意識のギャップがある
  • 解決策:若手社員の傾向に配慮しつつ、先達の名言なども引用して伝えていく

1 「失敗」や「目立つこと」を極度に嫌がる令和の新入社員

清少納言や吉田兼好も随筆でこぼしていた、「最近の若者は……」という愚痴。世代間に意識のギャップがあるのは、いつの時代にも共通した人類の永遠のテーマなのかもしれません。とはいえ、若者は会社の未来を担う重要な存在。経営者の熱い思いを伝え、一緒に会社の未来を作っていきたいものです。そのためには、まずは若手社員との意識のギャップがあることを知っておくことが大切です。

日本能率協会マネジメントセンターが2020年11月に公表した「イマドキ若手社員の仕事に対する意識調査2020」(以下「若手社員の意識調査」)によると、最近の若手社員は、他の世代の人たちと比べて、「失敗」や「目立つこと」を極度に嫌がる傾向があるようです。一方の経営者には、若いうちにどんどん失敗してほしい、遠慮なく自分の意見を主張してほしいなどと考え、やはり両者にはギャップがあるかもしれません。

そこで本稿では、若手社員のこうした傾向を踏まえた上で、彼らの意識の変化を促すようなスピーチを、先達の名言を使った文例も添えて紹介します。

2 文例1 「成功か失敗か」より重要なことを気付かせる言葉

「成功失敗の如きは、謂わば丹精した人の身に残る糟粕(そうはく)のやうなものである」(渋沢栄一*)

1)文例

皆さんも理解されていると思いますが、社会人は結果が全てというのは、正しい考えです。ですが、その「結果」というものが何なのか、もう一度考え直してみてください。なぜなら私は、一時的な成功で利益を上げたり、プロジェクトを成功させたりすることだけが、結果だとは思っていないからです。

明治時代に金融業や鉄道・運輸業、製造業、エネルギー産業、宿泊業など約500社もの設立に関わった渋沢栄一は、「論語と算盤(そろばん)」の言葉で知られるように、ビジネスマンに倫理観や公益性を強く求めた人物です。

その渋沢は、「成功失敗の如きは、謂わば丹精した人の身に残る糟粕のやうなものである」と語っています。成功や失敗というものは、人としての責務を全うし、努力をした人の体に残った酒かすのように、価値の低いものだというのです。つまり、結果はどうであれ、それまでの努力が大切だということです。

私は渋沢の考えに賛同します。むしろ、真剣に向き合ってどんどん失敗してほしいと思います。失敗は失敗した人だけが経験できる貴重なものであり、その経験は次のチャレンジで必ず活きてくるからです。皆さんが高い志を持って努力し、自分を磨いていくことのほうが、会社にとってははるかに好ましいことなのです。

2)解説:「失敗=悪=恥」という意識にとらわれた若手社員を解放する

若手社員の意識調査によると、若手社員ほど「失敗を恐れない」人の割合が低く、「失敗したくない」人の割合が高くなっています。その背景には、「恥をかきたくない」「他人からの評価が気になる」といった思いもあるようです。

今の若手社員は、バブル崩壊で経済が長年低迷し、中国にGDPで抜かれ、少子高齢社会への対策が遅れるなど、日本の「失敗する姿」ばかりを見続けて育ちました。閉塞感から抜け出せない雰囲気の中で、世の中の厳しさを強く感じてきた若者たちが、「失敗=恥」と考えるのは自然なことでしょう。逆に、今の若手社員は、結果を出すことの重要さを痛感している、危機感をしっかりと持った世代、と見ることもできます。

かといって、「成功=善」「失敗=悪」という二元論にとらわれ過ぎることは、好ましくありません。自分の夢に向かって進むことや高い志を持つこと、挑戦すること、経験を積むことなど、二元論以外にも考え方があることを示してあげるのが大切です。

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3 文例2 「目立つ」ことや「主張する」ことを後押しする言葉

「自分が気に入らぬからといって、ほかの者も気に入らぬとはかぎりますまい」(豊臣秀吉**)

1)文例

織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の中で1人だけ採用するとしたら、私は迷わず秀吉を選びます。なぜなら、秀吉は「人たらし」との異名があるように、愛想がよく、周囲の人たちに気遣いができる人だったからです。ですが、人に合わせるだけでは自分がありません。空気を読む力を持っていた秀吉ですが、あえて空気に逆らうこともできたことが秀吉の素晴らしいところです。

秀吉が最初に仕えたのは、今川義元の家臣である松下之綱(ゆきつな)でした。一説によると、秀吉は之綱の配下として能力を発揮し出世するのですが、同僚たちの妬みを受け、無実の罪で訴えられます。秀吉は無実を主張し、之綱も無実だと分かっていましたが、「大勢の家臣には替えられない」と、秀吉を解雇したといいます。その後、信長の配下で秀吉が大活躍し、之綱の仕える今川家が没落したのは、皆さんご存じの通りです。

組織である以上、同僚に合わせることは必要ですが、その前提は各人が自分の意見を持ち、議論した結果です。之綱は秀吉のことを指して、「あのような男を誰が召し抱えるのか」と言ったそうです。秀吉はこれに反発し、「(あなたは)大将たるべき器量をお持ちでない方だ。自分が気に入らぬからといって、ほかの者も気に入らぬとはかぎりますまい」と言い返したそうです。

同僚に合わせるというのは、「自分を曲げる」ということではありません。皆さんも秀吉のように、正しいと思ったことは、私を含めたあらゆる社員に対して、遠慮せずに意見してください。この会社では、同僚の妬みという心配も無用です。秀吉のように、「きっと誰かが自分を評価してくれる」と信じて、自分の能力を存分に発揮してください。

2)解説:集団の空気に逆らう勇気も

若手社員の多くは、SNSを使いこなし、オンラインで「人とつながる」ことの経験が豊富です。グループ内で良好な関係を維持することにたけているといえます。彼らはメッセージの文面や絵文字だけでも集団の空気を読み、自らが目立つことを避け、相手に合わせ、主張しないことを身に付けてきたのです。

若手社員の意識調査でも、若手社員ほど目立つことや主張することを控え、周囲と同調しようとする傾向が顕著となっています。その点では、会社という組織で活動するには、非常に適した人材だといえるでしょう。

しかし、先々、会社の屋台骨を支える人材に成長してもらうには、周囲と同調しているだけでは困ります。価値観の違い、と言ってしまえばそれまでですが、時にはあえて空気に逆らって、自分が正しいと思った意見を主張する、周りから抜きん出る、ということの重要さも伝えておきたいものです。

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【参考文献】

(*)「青淵百話 乾」(渋沢栄一、国書刊行会、1986年4月)
(**)「名将言行録 現代語訳」(岡谷繁実、北小路健・中澤恵子訳、講談社、2013年6月)

以上(2021年3月)

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