先日、クラシックコンサートに行ったときのことです。演奏後の指揮者の姿がとても印象に残りましたので、その話を、部下を持つ管理職の皆さんに、ぜひお伝えしたいと思います。
それは、カーテンコールでの出来事でした。演奏が終わり、一度退場した指揮者は観客の大きな拍手喝采に応え、再び舞台に登場しました。そしてその指揮者は、自らも拍手をしながら楽器の間を縫うようにして奏者一人ひとりに歩み寄り、「この人を称賛してください」と言わんばかりに、観客にアピールしたのです。
私は、それほどクラシックコンサートに行き慣れているわけではありませんが、これまで見た指揮者はカーテンコールのとき、指揮台のあたりから特に素晴らしい演奏をした奏者のいる位置を手で指して、彼らに拍手を送るよう観客に促すだけでした。しかし、今回の指揮者は、一人ひとりにわざわざ歩み寄って観客に拍手を求めたのです。笑顔で歩み寄る指揮者を、奏者も皆、満面の笑みで迎え、時には手を取り合っていたのがとても印象的でした。
この指揮者の行動は、素晴らしい演奏をしてくれた奏者に対する感謝の気持ちが自然に表れた結果だったのでしょう。私はこうした指揮者の姿に感動すると同時に、あることに思い至りました。
それは、「指揮者が奏者に対して最大限の感謝を伝えたいのであれば、その場所は、観客の前をおいて他にない」ということです。
長時間の演奏を終えた奏者の目の前で、指揮者が「あなたがいてくれたから演奏が成功した」と感謝し、さらに観客が称賛してくれる。奏者が感じる達成感と自信は、舞台袖に戻った後や打ち上げでは、決して味わえないものでしょう。
私は、日ごろから感謝の気持ちを表すことの大切さを社内で伝えており、特に管理職の皆さんは、率先して部下に「ありがとう」と言ってくれています。とても良いことだと思う一方で、部下が簡単なルーティン業務を行っただけで何度も「ありがとう」と言うのは、逆に部下に失礼だとも感じています。それでは「ありがとう」の価値が薄れてしまうと思うのです。
管理職から部下への「ありがとう」は、感謝の気持ちを伝えるためだけのものではありません。部下が自信を持ち、自分の力で前に進めるようになるための「エール」でもあるのです。
管理職の皆さん、先ほどの指揮者のように、ぜひお客さまの前で、部下に感謝の気持ちを表し、褒めてください。プレゼンを成功させた部下がいたら、お客さまの前で、「彼は御社に喜んでいただけるよう、一生懸命に準備をしていました」などと頑張りを伝えるのもいいでしょう。
部下がここぞという舞台で成功したときこそ、日ごろの感謝を最大限に伝えるチャンスです。皆さんの一言が自信につながり、部下は、大きな一歩を踏み出せるようになるのです。
以上(2021年11月)
op16970
画像:Mariko Mitsuda