新年度が始まり、「今期はあのクライアントから必ず契約を勝ち取る」「あの競合他社には絶対に負けない」など、熱い闘争心を持ってスタートを切った人も多いでしょう。ビジネスは常に競争です。ぜひその闘争心を大事にし、勝利に貪欲になってください。とはいえ、常に勝ち続けられるほど甘くないのがビジネスというもの。時には「勝負の引き際」を見極めて撤退することも大事です。今日は、江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜(とくがわよしのぶ)を題材に、勝負の引き際について話をします。
慶喜が将軍に就任した当時、日本では薩摩(さつま)と長州が結託して幕府を倒そうとしていました。武力衝突を避けたい慶喜は、先手を打って朝廷に政権を返上し、自らの手で幕府を終わらせます。徳川家には莫大な領地があり、慶喜には幕府がなくなった後も、新政府の下で徳川家による政治を続けられるという目算があったのです。
しかし、武力倒幕にこだわる薩摩と長州は、官位と領地の返上を迫るなどして慶喜を挑発します。武力衝突を避けたかった慶喜も、挑発に怒る家臣たちを抑えきれず、新政府軍と旧幕府軍との間で「戊辰(ぼしん)戦争」という内戦が勃発します。旧幕府軍は兵の数では上回っていましたが、武器の性能の差などから劣勢となり、さらに新政府軍が、旧幕府軍が朝廷の敵であることを表す「錦の御旗(にしきのみはた)」を掲げたことで、兵の多くが戦意を失ってしまいます。
戊辰戦争が始まった当初、慶喜は大坂にいましたが、この錦の御旗が掲げられたタイミングでひそかに江戸に戻り、恭順する意向を示します。徹底抗戦を訴える家臣もいましたし、慶喜と交流のあったフランスが援助を申し出る一幕もありましたが、慶喜はこれらを全て拒否し、恭順を貫きます。慶喜の中には「この戦いにはもう勝てない。だったら兵の命を無駄にしない選択をすることが、将来的に日本のためになる」という思いがあったのでしょう。実際、慶喜の選択は、内戦の長期化を防いで国力の疲弊を最小限に食い止め、さらに外国の軍事介入を防いで日本の国家としての独立を守ったとして、高く評価されています。
ビジネスに置き換えて考えてみましょう。例えば、営業がクライアントにサービスを提案する際、契約を取りたい一心で、価格を下げたり納期を短縮したりすることがあります。しかし、行き過ぎた条件の調整は自分たちの首を絞めることになりますし、クライアントが他社のサービスを利用する腹積もりの場合、あまり食い下がると「しつこい会社だ」と嫌われるリスクすらあります。こうした場合は、「勝負を続けることが、本当にクライアントや自社のためになるのか」を考えてみてください。状況次第では、別のサービスを提案する、提案を諦めて自社の利益につながる他のクライアントを探すといった選択肢もあるはずです。勝負を続けるより引いたほうが損失が少ないなら、撤退も立派な戦略なのです。
以上(2021年4月)
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画像:Mariko Mitsuda