日々、私たちは“常識”を意識しながら生活しています。常識とは、「明文化されていないが、多くの人が一般的と感じるルール」のことなので、皆が常識人であれば、心地よい社会になるはずです。しかし、現実はそうなっていません。なぜなら、常識はとても主観的なものだからです。

例えば、ビジネスで利用するメールの文面は、分かりやすい例の1つです。とても丁寧にメールを書く人は、メールといえども礼儀を尽くすことが常識だと考えています。一方、用件だけを簡潔に書く人は、できるだけ文章量を減らして分かりやすくすることが常識だと考えています。どちらも相手のことを気遣い、自らの常識に従って行動しているだけですが、この2人がメールでやり取りをしたら、お互いに相手のことを「非常識だ!」と感じ、衝突してしまうかもしれません。

このように、常識は個人ごとに大きく違います。加えて、時代の流れによっても変わっていきます。メールの例でいえば、今どきはメールよりもチャットで連絡を取る機会が増えています。スピードと手軽さが優先されるチャットでは、あいさつ抜きで用件を伝えることが珍しくありません。その代わり、感情を示すアイコンなどを多用して、相手に誤解を与えないように配慮します。また、1回の投稿が長文にならないように、あえて短文に分けるなどします。これらは、チャットを使う際の1つの常識ですが、メールしか知らない人にとっては想像できないルールでしょう。

メールの文面に関する常識だけを意識していたら、自分としては常識的に振る舞っているつもりでも世の中の流れから取り残され、的を外した議論をしてしまうことになりかねません。これはとても恐ろしいことです。もし、我が社がそうなってしまったら、変化の激しい現在を勝ち抜くことはできません。

皆さんは、「無理が通れば道理が引っ込む」ということわざを知っていますか。このことわざは、「無理を強引に押し通すと、道理にかなった正しいことは行われなくなる」という悪い意味で使われることが多いのですが、私は少し違った見方をしています。ビジネスでは、自分の常識には当てはまらないこと、つまり「無理ではないか?」と思うことに多々遭遇します。そうしたとき、私はこのことわざを思い出し、客観的に考えるようにしています。私の常識では「無理」でも、外の世界では既に別の「常識」になっていることがあるからです。

「非常識」と思えることに直面すると、反射的に目を背けてしまいがちです。しかし、これまで触れたことのない非常識の中にこそ、新しい発想のもとや、これまでとは違う切り口のビジネスチャンスが眠っていることがあります。皆さん、恐れずに外の世界に飛び出してください。そして、この会社にとっての「非常識」をどんどん持ち込んでください。皆さんが持ち込む新しい刺激が、組織を強くしていくのです。

以上(2019年5月)

pj16957
画像:Mariko Mitsuda

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