ソフトバンクの孫正義さんは、社員と接するとき、よく「登る山を決める」というフレーズを使うそうです。私なりの解釈は、ものすごく努力をしなければ登れないほどの高い山を目指すのか、楽をして登れる低い山を目指すのか、その心持ちによって既に勝敗は決しているということです。
会社に入ることを、同じ船やバスに乗ると表現することがあります。しかし、私はこのニュアンスには同意できません。なぜなら、船もバスも運転するのは経営陣であり、社員は乗っているだけの印象があるからです。今の時代は、まさに一緒に登る山を決めて、互いに高め合うことが求められると思うのです。そうした意味からも、孫さんのフレーズは、私にとって共感できるものです。
そもそも私たちは、常に登る山を決めています。仕事とは関係ありませんが、私は50歳手前でピアノを始めました。この年齢から楽器を始めることは結構難しいことのようで、周囲は「すごいな」「勇気あるね」などと言ってきました。しかし、私は全く気にしていませんでした。むしろ私の関心は、ベートーヴェンの『エリーゼのために』を弾きたいということだけでした。YouTubeを見て練習しましたし、ピアノ教室の先生にもそのことを伝え、いきなり両手で練習を始めました。教本は使わず、私が弾きたいと思う曲を課題曲として先生に教えてもらうようにしました。先生が私のレベルに合わせて、曲をアレンジしてくれることもあります。
セオリーで考えたとき、この方法が正しいかどうかは分かりません。ただ、「何を弾きたいか」は私の自由ですし、「練習方法がむちゃくちゃで上達が遅い」ことに気付いたのなら、そこで軌道修正すればよいだけです。登山でいえば、今の体力や装備では無理だと思うのなら、一度下山して、体を鍛え、装備も整えた上で再チャレンジすればよいのです。山はなくならないわけですから。
そして、今の私の目標はショパンの『ノクターン』の1曲に変わりました。今は『ノクターン』のほうに、より強く引かれるようになったためですが、いずれも押しも押されもせぬ名曲であり、「良いものは良い。名曲を弾けるようになりたい」ということに関して、「私が登る山」は変わっていません。
さて、話を仕事のことに戻します。仕事の上で私が皆さんと一緒に登りたい山は、「山になること」という山です。あの山に登ってみたいと目標にしてもらえる会社、「あの人を追い越したい」と目標にしてもらえる人。高い山だと分かっていますが、私たちはそんな集団でありたいのです。
その山に登るには、皆さんの力が欠かせません。それに、私たちは同じ会社で働くチームですから、チームで登ったほうが楽しいと思います。しかも、疲れて動けなくなったとき、仲間はそっと皆さんの荷物を持ってくれます。「頑張ろう。あと少しだ!」と応援もしてくれるでしょう。皆で一歩一歩、力強く登っていきましょう。
以上(2021年6月)
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画像:Mariko Mitsuda