監督や指導者には、組織全体を広く客観的に見渡しつつも、選手や部下に『熱』を感じさせることが必要である

平尾誠二(ひらおせいじ)氏は、ラグビーワールドカップの第1回(1987年)から第3回(1995年)に日本代表選手として3大会連続で出場し、その後、1997年から2000年まで日本代表監督を務め、「ミスター・ラグビー」と呼ばれた人物です。中学からラグビーを始め、学生時代、社会人時代ともにキャプテンとしてチームを優勝に導いた平尾氏のリーダーシップは、監督になってからのチームマネジメントにも大いに活かされ、日本のラグビー界に多大な影響を及ぼしました。

冒頭の言葉は、平尾氏が自身の著書の中で、日本代表監督だった頃のチーム内での自分の立ち位置に触れながら述べた言葉です。学生時代、初めてラグビー部のキャプテンに指名された際、その立場ゆえに他の部員との人間関係に悩んだ経験を持つ平尾氏は、監督就任後、選手との距離感に非常に気を配ったそうです。

就任当初は、チームを指導する立場上、選手と「なあなあ」の関係になってはいけないと距離を置いていましたが、それでは自分の言葉が選手に響かないと感じ、徐々に距離を詰めていきました。例えば、ミーティングなどで選手に話をする際、自分の選手時代の体験談を交えつつ、言葉が届きにくい後ろの席の人を意識して話すように努めました。選手たちに親近感を持ってもらうためです。一方で、常に選手たちに近い立ち位置にいると、チーム内の緊張感が薄れてしまうので、相手の状態や雰囲気を察知しながら、状況に応じて距離感を調整するようにしたそうです。

チームが試合に勝つには、監督自身の「勝ちたい!」という「熱」を選手に伝える必要があり、そのためには選手に歩み寄らなければなりません。しかし、距離を詰めすぎて選手と「仲良し」になってしまうと、いざというとき厳しく指導できませんし、全体を見渡して必要な指示を出すという、監督本来の役割を果たせなくなります。

会社における経営者の立ち位置も、これに通じるものがあるでしょう。経営者は「この事業を成功させ、社会に対してこんな風に役に立ちたい!」と、誰よりも熱く社員に語らなければなりません。熱がなくても、社員は指示には従うでしょうが、それでは経営者の大切にしたい思い(イズム)が、次の世代へと引き継がれていきません。かといって、社員と同じ立ち位置にいるだけでは、経営者として会社の今の状況を正しく俯瞰(ふかん)できなくなる恐れがあります。

ですから、「全体を視野に入れることができ、かつ熱を伝えられる立ち位置を見極めること」、これが非常に大切なのです。

なお、平尾氏は著書の中で、「チームや組織が変化すれば、指導者の立ち位置も変わる」と述べています。会社が成熟してきたら社員と距離を置いて見守る、若手が増えてきたら熱を伝えられるよう距離を詰めるといった具合に、会社の状況に応じて経営者の立ち位置も変わるのです。

出典:「人は誰もがリーダーである」(平尾誠二、PHP研究所、2006年11月)

以上(2023年10月作成)

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画像:Alison Bowden-Adobe Stock

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