主義だの、道だのといって、ただこればかりだと、極(き)めることは、私は極く嫌いです

勝海舟(かつかいしゅう)は、江戸時代には幕臣でありながら、明治維新後の新政府でも要職に就いた政治家です。明治維新の際には西郷隆盛との直談判によって江戸城の無血開城を実現させるなど、政権の円滑な移行に尽力し、欧米列強による侵略から日本を守るのに貢献しました。

幕末から明治維新にかけては、倒幕派、佐幕派、公武合体派、開国派、攘夷(じょうい)派など、幕府や諸藩のみならず、同じ藩内でもさまざまな考えを持つ人が入り乱れ、対立し、多くの血が流れました。そんな中で海舟は、日本を欧米列強による侵略から守るということを最優先し、国内での衝突を最小限に抑えるという、大局的な観点で日本の将来を考えることができた数少ない人物だったといえます。冒頭の言葉は、海舟にそれを可能にした大きな要因といえるでしょう。

「主義」とは、「こうあるべきだ」という理想、「道」とは、「このようにすべきだ」という方法論といえ、いずれも「価値観」に含まれる要素です。これらの価値観を絶対的なものだと決め付けてしまうことは、組織にとって押し付けと固執という、2つの弊害を生んでしまいます。

組織のメンバー全員の価値観が同じということは、現実的にあり得ません。1つの価値観を無理に押し付けようとすると、反発する人も出るでしょう。だからといって異なる価値観を持つ人を組織から排除してしまっては、多様な人材は集まりません。いずれにしても、多様な価値観を認められない組織は、組織として成立しません。

かつては、強力なリーダーシップを発揮して、自らの掲げる価値観をメンバーに浸透させた「カリスマ」が数多くいました。ですが、今は社会の価値観が多様化し、急速に変化している時代です。無理にメンバーの価値観をそろえて仮に能率が上がったとしても、個性が失われ、持ち味を活かせない機会損失のほうが大きいかもしれません。

また、1つの価値観に固執した組織は、その価値観が陳腐化した際に対応できないという弱点があります。新たな価値観を取り入れられる柔軟性と多様性を持たない組織は、長くは持ちません。

組織やトップが固執すべきなのは、最終ゴール、言い換えれば最も大きな理念だけです。そのゴールの認識さえ一致していれば、組織のメンバーそれぞれの主義や道などの価値観は、互いに認め合い、尊重するべきです。海舟であれば、ゴールは「日本を守る」ということでした。旧幕臣でありながら、明治政府にも参加した海舟を「変節漢」と呼ぶ声もありましたが、海舟からすれば、それも日本を守るため。主義や道にとらわれて、本当に大事なことを守れなければ、本末転倒です。

企業で働く社員には、一人ひとりに生きる上での理想があり、理想に基づいた働く目的があり、働く目的に基づいた働き方があります。企業を成長させ、永続させるというゴールさえ一致していれば、協力し合えるはずです。

出典:「海舟座談」(勝海舟述、巌本善治編、岩波書店、1983年2月)

以上(2023年2月)

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画像:sunasuna3rd-Adobe Stock

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