対立しつつ調和する
SDGs、ESG、CSRといった言葉が浸透する前から「企業は社会の公器」と公言していた、現在のパナソニックホールディングス(旧松下電器産業)創業者の松下幸之助氏。その松下氏が労使関係について語る際に用いたのが、冒頭の言葉です。松下氏は、労使の関係は一面においては対立するものの、労働者の幸福は企業や社会にとっても好ましく、根本的に労使双方の利害は一致しているという認識を持つべきなので、大きくは協調していくように説いています。
世の中には、さまざまな対立関係があります。国際政治や経済格差のような大きなものから、社内ないし家庭内の人間関係に至るまで、事の大小を問わず、対立関係は人の心を悩ませるものです。時には暴力沙汰や事件となってしまうこともありますし、お互いにとって良くない結果を招くことも少なくありません。
とはいえ、もともと立場や価値観・好みが異なる組織や人間同士が、対立関係を根本からなくすのは、容易なことではありません。そこで重要になってくるのが、松下氏の、「対立しつつ調和する」という考え方です。
対立関係を和らげるための第一歩は、お互いが交渉のテーブルに着いて、「対等」の立場で議論することです。片方が一方的に意見を押し通したり、抑圧したりしている状態は、「対等」な関係ではないので、対立関係を修復する機運も醸成されません。お互いに相手の話を聞く準備ができていることが大前提です。
次のステップでは、お互いが譲れないと考えている「対立のポイント」を、極力小さくします。例えば、上司が部下に対して一方的に、「黙って俺の言うことに従っていればいいんだ」と叱ることがあります。これでは、対立のポイントは、上司と部下という、「人と人との対立」になってしまいます。ですが、上司が部下の言い分も聞いて、互いの意見の違いを認めた上で説得を試みれば、対立のポイントは、「あるテーマに関する、上司の意見と部下の意見との対立」へと、小さくすることができます。
最後のステップでは、お互いの考えがある程度一致している「調和のポイント」を、極力大きくします。例えば、上司と部下が対立していても、共に「会社を成長させたい。そのために部下を活躍させたい(部下自身は、会社のために自分が活躍したい)」という考えで一致していることが往々にしてあります。お互いに大きなポイントでは一致していることさえ確認できていれば、一致点に向かうために、どれだけ譲歩し合えばよいかについて議論しやすくなるはずです。
そして、松下氏の言葉で何より重要なのは、対立を完全に解消する必要はないということです。互いの違いを認めた上で、互いにそれを受け入れ、違いを残したまま共存する。それが「対立しつつ調和する」ということなのです。
出典:「実践経営哲学」(松下幸之助、PHP研究所、2001年5月)
以上(2022年12月)
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