すべての不幸は虚栄の心から生ずる
日露戦争の資金を海外から調達して金銭面で戦勝に貢献し、世界恐慌時には大胆な財政出動策で世界に先駆けて危機を脱するなど、高橋是清は明治後期から昭和初期にかけて、数々の功績を残してきました。とはいえ、彼はエリート街道とは無縁で、米国で奴隷として売られたり、ペルーの銀山開発に失敗して全財産を失ったりと、浮き沈みの激しい人生を歩みました。
そんな是清が、どんな状況でも自分自身を見失わずにいられたのは、地位や資産で見えを張るような「虚栄心」は捨て、常に信念を貫き、自分に恥じない“志”を持った生き方をしたからです。
世の中に、虚栄心ほど人の心を弄び、不幸を招くものはないかもしれません。例えば、SNSでプライベートを投稿するケースでは、投稿者が少しでも自分を良く見せようと無理な贅沢(ぜいたく)で自分を飾り立て、さらに、その投稿に嫉妬した人が対抗心から、似たような投稿をするといったことがあります。
しかし、地位の高さや資産の多さ、他者との比較でないと自分の存在価値や評価ができなくなるのは、不幸でしかありません。なぜなら、物質的な欲望には限りがなく、常に他者を羨望し、自分の現状に不満を抱き、心が満たされることなく思い悩む人生を続けることになるからです。そもそも、地位や資産は他者への羨望だけで、自らの人生経験に裏打ちされた“志”とは別物のはずです。
虚栄心が不幸を招くのは、企業についても当てはまります。
例えば、人材採用に関して、募集した企業側、応募した人材のいずれかが、虚栄心によって本来よりも良く見せようとしすぎると、ミスマッチが生じます。企業も、入社した人材も、不幸な結果になりかねません。また、企業間の取引の開始前に都合の良い話ばかりをしていると、後でトラブルになるということも、よくある話です。
企業が目指すべき姿を考える際にも、虚栄心は捨て去るべきでしょう。決算で売り上げや利益を増やすことは、果たして誰の幸福に結びついているのでしょうか。近年では、「業績だけを追い求めるのは、経営者の虚栄心を満たすことでしかない」と言い切る経営者も現れてきています。業績を上げるために、社員に必要以上に無理を強いているのだとしたら、それは不幸を招いていると言わざるを得ないでしょう。
近年の起業家の多くは、「いかに稼ぐか」ではなく、「いかにして社会課題を解決するか」という視点でビジネスを立ち上げています。そうした企業が事業を通じて得ているものは、売り上げや利益以上に、「自分の存在価値を実感できる」という充実感です。社員たちは、そのような充実感で満たしてくれる自社や自分の業務に誇りを持つことでしょう。そういう“志”を持った企業と競合していくために、自社に虚栄心が潜んでいないか、一度確認してみてはいかがでしょうか。
出典:「随想録」(高橋是清、中央公論新社、2010年11月)
以上(2023年1月)
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