書いてあること
- 主な読者:業績は上がらないし、社員は生き生きと働いていない。会社の経営指針を根本的に見直したいと考えている経営者
- 課題:社員の幸福や会社の社会的意義も大事だが、業績が悪ければそれどころではない
- 解決策:会社に関係する全ての人の幸福を最優先する「人を大切にする経営」を実践する。目指すべき姿は「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の審査項目を参考にする
1 「人を大切にする経営」で守るべき最低限の6項目
前回までの5話にわたって、先進的な会社の実践事例を交えながら、人を大切にする経営を進めていくための方法を紹介してきました。
最終回となる今回は、人を大切にする経営学会が実施している「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の審査項目を紹介しながら、人を大切にする経営の目指すべき姿についてご説明していきたいと思います。
まずは、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の6つの応募資格をご紹介して、その後から経営評価に関する50の審査項目(第3章に掲載しています)など、詳しいご説明をいたします。
- 希望退職者の募集や人員整理(リストラ)をしていない
- 重大(死亡や重症)な労働災害を発生させていない
- 一方的なコストダウン等理不尽な取引を強要していない
- 障がい者の雇用率は法定雇用率以上である(注)
- 営業黒字で納税責任を果たしている(除く新型コロナウイルスの感染拡大等の影響による激変)
- 下請代金支払遅延防止法等の法令違反がない
(注1)常勤雇用43.5人以下の企業で障がい者を雇用していない場合は、障がい者就労施設等からの物品やサービス購入等、雇用に準ずる取り組みがあること
(注2)本人の希望等で、障がい者手帳の発行を受けていない場合は実質で判断する
2 50の審査項目を指標にすれば会社は成長できる
1)「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞とは
「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞は、2011年に創設されました。人を大切にする経営学会の設立は2014年で、大賞はそれ以前から存在していました。創設当時、審査委員長で現・人を大切にする経営学会会長の坂本光司氏は、賞創設の理由を次のように語っていました。
「人を幸せにする経営」-言葉にすることは簡単ですが、実践するのはとても難しいことです。本賞における「人」とは、1従業員とその家族、2外注先・仕入先、3顧客、4地域社会、5株主の5者を指します。人を幸せにしていれば結果的に業績も上がるはずです。そんな大切な会社を1社でも増やしたいという思いで顕彰制度がスタートしました。
以来、2021年で第12回を数え、これまでに187社の会社・団体を表彰しています。第13回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞は、
2022年10月24日を申込期限として、自薦・他薦を受け付けています。
とはいえ、誰もが簡単に応募できるというわけではありません。審査委員会の中で議論を重ね、本当に人を大切にする経営を進めながら業績をアップさせている会社を選ぶために、冒頭にご紹介したハードルの高い6つの応募資格を設けています。ある意味で、応募できるだけでも、人を大切にする経営をしつつ業績アップも実現している会社だと言ってもよいと思います。
なお、この応募資格は時代や環境に合わせ、随時見直しも行っています。
2)審査項目のクリアを目指すだけでも自社の成長につながる
応募資格に該当して、実際に大賞に応募をすると、次に待っているのは、学識経験者、学会関係者などで構成する審査委員会による、財務評価と経営評価からの第1次書類審査が行われます。
応募資格を単年でクリアするのも大変なことですが、経営評価に関する審査項目はそれぞれ、過去5年以上にわたって該当していることを条件にしています。なぜなら、会社にとって重要なことは、継続することだからです。好不況にぶれず、5年以上に渡り人を大切にする経営をやり続ける会社だけが応募できる賞なのです。
審査項目は、単に大賞に応募するためだけに活用するものではないと思っています。これだけの
多岐に渡る審査項目を1つずつクリアしていくことで、間違いなく自社や自社の社員の成長発展につながっていく
と思います。
事実、これまでの受賞会社の中でも、3年、4年と連続で応募・挑戦していくなかで、この審査項目を社内で活用することで少しずつ結果を出し、受賞に至るというケースがありました。
受賞会社は当然ですが、応募会社の多くが、この項目のほとんどをクリアしており、回を重ねるごとに応募会社の審査点は上がっています。また、応募会社数、受賞会社数ともに増加を続けています。
3 人を大切にする経営で指標とすべき50の審査項目
それでは、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の審査項目を紹介します。審査項目は、財務評価と経営評価の2つで構成されています。
まず財務評価では、「売上と利益に関する項目」として、それぞれ3期分の売上高、営業利益、経常利益、税引き前利益が評価の対象となります。次に、「社員と人件費に関する項目」として、それぞれ3期分の正規社員数(無期雇用社員数)、非正規社員数(有期雇用社員数)、正規社員の平均年齢、基準総労働時間数、年間休日数を確認します。
経営評価では、「社員とその家族に関する項目」「外注先・仕入先に関する項目」「顧客に関する項目」「地域貢献・社会貢献・社会的責任に関する項目」「企業永続のための布石に関する項目」という、5つの非財務情報に関する項目に分けて、合計50の審査項目を設けています(図表)。
4 変化の激しい時代の対応力は、“人財”からしか生まれない
1)「人的資本経営」への注目は時代の流れ
社会経済動向、戦争による混乱、コロナ禍などによる社会経済・経営環境の変化のスピードが一段と速まってきています。そのような状況下、財務情報だけでは、その会社が本当に優れていて、将来にわたって継続的に成長発展していけるのかの判断が難しくなっています。
そのため、上場会社を中心に、有価証券報告書やCSR報告書、統合報告書、サステナビリティレポートなどを通じた非財務情報の開示が強く求められるようになっています。
非財務情報の中核に位置するのが、「人的資本」に関する情報です。事業ポートフォリオの変化を見据えた人材ポートフォリオの構築、イノベーションや付加価値を生み出す人材の確保・育成および組織の構築など、人的資本に関する情報は会社の将来を見極めるための重要情報だといえるでしょう。
実際に、2021年6月に改訂が行われた東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)には、人的資本の情報開示が明記されました。また、経済産業省は2020年から22年にかけて、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会」および「人的資本経営の実現に向けた検討会」を開催しました。ここで取りまとめられたレポートでは、これからは人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方が求められていると述べています。
この流れは、国内だけにはとどまりません。米国の主要企業の経営者団体であるビジネスラウンドテーブルの2019年の声明では、従業員をはじめとするステークホルダーを重視することを宣言するなど、世界的にも注目が集まっています。
2)人的資本への投資が会社の未来を開く
この「人的資本経営」という言葉が注目されるはるか前から、その重要性・必要性に気付いていたのが、「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞です。そのことは、審査項目から見ることができます。
経営評価に関する審査項目で特徴的なのは、人的資本経営を進めるために重要となる項目を数多く用意していることです。例えば、「社員とその家族に関する項目」ではほぼ全項目が該当します。「企業永続のための布石に関する項目」でも、「経営計画の内容の社員全員の共有化」「社員1人当たり年間教育費」「新規学卒者を定期的に採用しており、その定着率は95%以上」といった、経営戦略と“人財”戦略を連動させる取り組みを評価しています。
本連載の第2回で筆者が指摘した通り、今でも多くの会社が、会社経営の最大の目的・使命を、ライバル会社に勝つこととしています。そのため、最も大切にすべき“人財”をコスト・原材料としか見ることができなくなり、結果として働く社員が不幸になり、誰かの犠牲の上で成り立つ経営が行われてきました。
しかしながら、世界的経済・経営環境の変化が激しい現代において会社が生き残り、成長を続けていくには、外部環境の激しい変化に対応できる存在、つまり“人財”に頼るしかありません。“人財”を「コスト」や「資源」ではなく、「投資対象の資本」として捉え、“人財”の価値を引き出す経営スタイルへと転換していくことが、これからの中小企業には不可欠となるでしょう。
今回で、「人を大切にする経営で業績アップ」の連載は終了となります。これまで紹介した内容が、読者の皆様の何かしらのお役に立つことができたならば幸いです。
以上(2022年9月)
(執筆 人を大切にする経営学会事務局次長 坂本洋介、水沼啓幸)
【著者紹介】
坂本洋介(さかもと ようすけ)
1977年静岡県生まれ。東京経済大学大学院経営学研究科修了。株式会社アタックス「強くて愛される会社研究所」所長、コンサルタント。人を大切にする経営学会事務局次長。
主な著書に「社員にもお客様にも価値ある会社」(かんき出版)、「小さな巨人企業を創りあげた 社長の『気づき』と『決断』」(かんき出版)「実践:ポストコロナを生き抜く術!強い会社の人を大切にする経営」(PHP研究所)他、連載、執筆多数。
水沼啓幸(みずぬま ひろゆき)
1977年栃木県生まれ。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科修了(MBA)。株式会社サクシード代表取締役。人を大切にする経営学会事務局次長。作新学院大学客員教授。中小企業診断士。地域特化型M&Aプラットフォーム「ツグナラ」運営。
主な著書に「地域一番コンサルタントになる方法」(同文舘出版)、「キャリアを活かす!地域一番コンサルタントの成長戦略」(同文舘出版)、「実践:ポストコロナを生き抜く術!強い会社の人を大切にする経営」(PHP研究所)他、「近代セールス」等連載、執筆多数。
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