書いてあること
- 主な読者:脱炭素に関心はあるけれど、具体的な内容は詳しく知らない経営者
- 課題:脱炭素に向けた世界や日本の動きなど、基本的な知識を得たい
- 解決策:脱炭素に向けた動きを知ることで、会社や個人として、脱炭素とどのように関わっていくべきかを考えるきっかけにする
1 脱炭素は自分事? 何から知っていけばいいだろう
なにかと話題になっている「脱炭素」。大企業や国が取り組む問題だと、少し人ごとになっていませんか?
脱炭素とは、
二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの排出量を削減し、植物の光合成による吸収量などを差し引きして実質ゼロにする
という考え方、取り組みです。同じような意味で「カーボンニュートラル」とも呼ばれます。
地球温暖化による気候変動の影響で、異常気象に伴う自然災害が頻発する中、脱炭素の実現に向け、世界中でさまざまな取り組みが行われています。
この記事では、今、押さえておくべき脱炭素の世界的な動向、脱炭素に向けて発表されているさまざまな目標設定について理解するために、
- 脱炭素の世界的な動向が俯瞰(ふかん)できる、温室効果ガス実質ゼロへの道のり
- 世界や欧州、日本の削減目標はどう決められていったのか
- 脱炭素をめぐるさまざまな団体、指標、政策などの用語
について紹介します。
2 脱炭素の世界的な動向を俯瞰してみよう
1)世界の取り組み
世界が脱炭素に大きくかじを切ったきっかけは、2015年のパリ協定です。そこに至るまでにさまざまな枠組みを決める国際会議がありました。パリ協定は京都議定書の後継という位置付けですし、SDGsは2000年に開催された国連ミレニアム・サミットで採択された、ミレニアム開発目標(MDGs)の後継です。また、脱炭素に向けて多くの機関が設立され、排出量の規制や経済・投資活動のルール作りが行われました。それぞれのつながりを年表で見ていきましょう。
2)EUの取り組み
EUはサステナブル・ファイナンス(持続可能な社会に向けて、環境問題や社会課題の解決を金融面から支援する活動)の枠組みを設け、域内での運用を行っています。特に、パリ協定以降、活発にルール作りが進められました。EUは脱炭素に向けたルール作りを主導するキープレーヤーの一角といえますので、パリ協定以降のEUの脱炭素の取り組みを年表で紹介します。
3)日本の取り組み
1997年に締結された京都議定書は2005年に効力が発生し、批准した先進国30カ国に温暖化ガス排出削減の義務などが生じました。日本は1998年に地球温暖化対策推進法を成立させて各種の法整備を進め、2012年までに1990年比で温室効果ガス6%削減という努力義務に対して、8.4%削減を達成しました。パリ協定以降は、2020年の菅義偉前総理大臣の所信表明演説から脱炭素に向けた取り組みが本格化しました。
3 脱炭素をめぐる用語集
1)国際会議での枠組み作り
1.IPCC(気候変動に関する政府間パネル)
各国の気候変動に関する政策に、最新の科学的知見を提供する政府間組織です。京都議定書やパリ協定などの条約採択、国際交渉の議論のベースとして重視されています。UNFCCC(国連気候変動枠組条約)は、IPCCの報告を受けて採択されました。
2.UNFCCC(国連気候変動枠組条約)
地球温暖化対策に世界全体で取り組むことを定めた、国際的な条約(締約国数:197カ国・機関)です。国連の下、大気中の温室効果ガスの排出量と森林などによる吸収量を安定化させることを目標としています。
3.COP(国連気候変動枠組条約締約国会議)
国連気候変動枠組条約の最高意思決定機関で、UNFCCCの締約国が地球温暖化に対して話し合います(年1回開催)。第1回(COP1)はベルリンでの開催で、2000年以降の排出量について目標を立てていくと合意されました。第3回(COP3)で京都議定書、第21回(COP21)でパリ協定が採択されました。
4.京都会議(COP3)
先進国全体で、2020年までの温室効果ガスの削減を定めた「京都議定書」が採択されました。第一期(2008~2012年)と第二期(2013~2020年)に分かれ、先進国全体で少なくとも5%削減(1990年比)させることが目標となりました。
5.パリ会議(COP21)
「京都議定書」の後継となる新たな法的枠組み「パリ協定」が採択されました。「パリ協定」は、先進国だけでなく、加盟国全てが共通目標を掲げて取り組むことが採択された画期的なものでした。共通目標は以下の通りです。
- 世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より低く保ち、1.5℃に抑える努力をする
- そのため、できるかぎり早く世界の温室効果ガス排出量をピークアウトし、21世紀後半には、温室効果ガス排出量と(森林などによる)吸収量のバランスをとる
6.1.5℃特別報告書(IPCC)
2050年までに気温上昇を1.5℃に抑えるためには、2030年までに2010年比で45%の排出削減、2050年には実質ゼロにする必要があることを科学的知見としてまとめた、IPCCによる報告書です。
その過程でSDGsを達成することは、脱炭素社会のより良い実現につながる
としています。
7.グリーンリカバリー
コロナ禍からの復興にあたって、経済最優先ではなく、パリ協定やSDGsに沿ったものでなければならないとする考えです。2020年に複数の国際会議、機関投資家グループ、都市・地方政府が、提言やスローガンを出すなどしています。
8.グラスゴー会議(COP26)
世界の平均気温上昇を、産業革命以前に比べて1.5℃に抑えることが事実上の目標となりました(パリ協定では努力目標)。CO2排出量は、世界全体で2030年に45%削減(2010年比)、今世紀半ばには実質ゼロにする必要があること、石炭火力発電の段階的な削減などが確認されました。他にも排出量取引の実施ルールも合意されました。
2)非政府組織による枠組み作り
1.GHG(温室効果ガス)プロトコル
温室効果ガス排出量の算定と報告の国際基準の開発・利用を目的に、WBCSD(世界環境経済人会議)とWRI(世界資源研究所)によって設立されました。2001年に初版が発行され、2011年には「Scope3基準」を正式発表。企業の排出量算定の国際スタンダードとなっています。
2.ESG投資
環境(Environment)・社会(Social)・企業統治(Governance)要素を考慮した投資を指します。国連で各国の金融業界や機関投資家に対して、ESGの視点を組み入れる「責任投資原則」が提唱されたことで、広く認知されました。
3.WMB(We Mean Business)
企業や投資家の温暖化対策を推進している国際機関やシンクタンク、NGOなどが構成機関となって運営している非営利同盟。カーボンプライシングや再エネ、省エネに関する国際的なイニシアチブと企業・投資家を結ぶ役割を果たしています。「We mean business」とは、「私たちはビジネスを通じて気候変動に本気で取り組む」という意味。
4.RE100(Renewable Energy 100%)
WMBの取り組みのひとつ。事業活動で消費するエネルギーを、100%再生可能エネルギー(以下「再エネ」)に切り替えていくことを目標とする企業連合として設立されました。参加要件には、遅くとも2050年までに100%再エネ化を達成する目標を立てることが求められます。
5.SBT(Science Based Targets)
WMBの取り組みのひとつ。企業が、パリ協定が求める目標に整合するように、「科学的根拠に基づいた削減目標」を定めているか認定をします。SBT認定を受けると、パリ協定に整合している企業であるとアピールできます。
6.TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures=気候関連財務情報開示タスクフォース)
持続可能性に配慮した企業を投資先に選定する判断材料として、どのような情報を、どのような形で開示させたいかをまとめるために設立されました。2017年に報告書が提出され、「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」に沿って情報開示することが推奨されました。
7.EP100(Energy Productivity 100%)
WMBの取り組みのひとつ。エネルギー効率の高い技術や取り組みを導入し、省エネ効率を50%改善させるなど、事業のエネルギー効率を2倍にすることを目標に掲げる企業が参加しています。
8.EV100(Electric Vehicle 100%)
WMBの取り組みのひとつ。2030年までに電気自動車への移行、またはインフラ整備などの普及に積極的に取り組む企業を増やそうというものです。
9.CA100+(Climate Action 100+)
温室効果ガスの排出量の多い投資先企業や加盟企業、グループ企業、取引先に対し、対話を通じて、2050年までに脱炭素の実現を要求する投資家グループとして発足しました。
10.ネットゼロAOA(Net-Zero Asset Owner Alliance)
2050年に温室効果ガスをネットゼロ(排出量と吸収量が同量でバランスがとれていること)にすることを目指し、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP-FI)と国連責任投資原則(PRI)の主導により設立。
11.TSVCM(Taskforce on Scaling Voluntary Carbon Markets=自主的炭素市場の拡大に関するタスクフォース)
ボランタリークレジット(NGOや民間が主導する炭素クレジット)市場の拡大を目的として設立。2050年のネットゼロ社会実現のために、現在の炭素クレジット市場を15倍以上にする必要性を提言しました。
12.GFANZ(Glasgow Financial Alliance for Net Zero=ネットゼロのためのグラスゴー金融同盟)
ネットゼロを目指す金融機関の連合体。2022年には投融資先企業に排出削減を働きかけたり、企業の排出削減に向けた取り組みを支援したりすることで、脱炭素に向け100兆ドル(約1京3300兆円)の資金を拠出できると公表しました。
13.ISSB(International Sustainability Standards Board=国際サステナビリティ基準審議会)
IFRS(国際会計基準財団)の下部組織として発足し、ESGなどを含む非財務情報の開示を行う際の、統一された国際基準の策定を行っています。
3)SDGsの取り組み
1.国連ミレニアム・サミット
国際社会共通の目標としてミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)が採択されました。極度の貧困と飢餓の撲滅など、2015年までに達成すべき8つの目標を掲げました。
2.国連持続可能な開発サミット
MDGsの後継である「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択されました。これに記載されたのが、2030年をゴールとしたSDGs (Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)です。17のゴールと169のターゲットから構成され、地球上の「誰一人取り残さない」ことを誓っています。SDGsとパリ協定という2つの世界共通の指針が示されたことで、各国が脱炭素に向けて動きだしました。
4)押さえておきたい脱炭素用語
1.カーボンプライシング
炭素に価格をつけて排出抑制を図るものです。CO2の排出量に比例して課税を行う炭素税、排出量の上限に規制をかける排出量取引制度、削減することに価値をつけ証券化し、市場で取引するクレジット取引、企業が独自に自社のCO2排出量に対し、価格をつけるインターナル・カーボンプライシングなどがあります。
2.サプライチェーン排出量
原料調達から製造、物流、販売、廃棄などの事業活動における一連の流れで発生する、温室効果ガス排出量のことです。「Scope1(燃料の燃焼など自社の直接排出)」「Scope2(電気、ガスなど供給された間接排出)」「Scope3(事業者の活動に関係する他社の排出量)」の3つの総和で排出量が算出されます。Scope3はGHGプロトコルが2011年に初版を発行し、格付け機関の調査項目に入れられるなどしています。
以上(2022年11月)
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