書いてあること

  • 主な読者:パソコンやスマホに公私のデータを保存している経営者
  • 課題:デジタル遺品により発生するリスクと、対応する策が分からない
  • 解決策:「スマホのスペアキー」を作成する。そのうえでデジタル資産を整理する

1 デジタルが欠かせないなら、「デジタル終活」も欠かせない

デジタルはすでに世の中に欠かせない存在になっています。コンビニのレジにはQRコードを読み込むリーダーが設置されていますし、上場株を保有するならデジタルでの取引が必須条件となります。取引先への連絡でも、電話よりも電子メールやLINEが好まれるケースも増えています。

パソコンやスマートフォン(スマホ)、オンラインアカウントなどなど、好むと好まざるとにかかわらず、「デジタル資産」を全く持たない生活は不可能に近いでしょう。

であるならば、

万が一のときにデジタル資産で困らないようにする「デジタル終活」は誰にとっても欠かせないこと

だといえます。とりわけ、経営者の方はきちんと備えておかないと、社会的な信用問題に直結する恐れがあります。家族や社員、株主、取引先のためにも、日ごろからデジタル終活を実践しましょう。

2 必要最小限のデジタル終活は「スマホのスペアキー」

1)パスワードを書いた紙に修正テープを

最低限やっておくべきデジタル終活は何かと問われれば、誰に対しても「スマホのパスワードを紙に書いて残しておくことです」と答えます。スマホを持っていない方は、メインで使っているパソコンのパスワードと置き換えてください。

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方法を具体的に解説しましょう。必要なものは名刺サイズの厚紙とペン、それに修正テープです。特別な道具は要りません。まずは厚紙にスマホの型番や特徴とパスワードを書き込みます。そして、パスワード部分にだけ修正テープを走らせます。一度だけでは透けてしまうので、2~3回重ねるのがコツです。厚紙を照明にかざすと裏側から文字が透けることもあるので、裏側にも同様に修正テープを重ねておきましょう。

これで即席のスクラッチカードの出来上がりです。これを預金通帳や権利書などの重要な書類と一緒に保管しておけば、万が一の際もかなり高い確率で家族や社員に気付いてもらえるはずです。普段盗み見られる心配も、修正テープが抑えてくれます。誰かが削って盗み見たら厚紙に痕跡が残るので、気付いた時点で手元のスマホのパスワードを変更して作り直すだけです。

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私はこれを「スマホのスペアキー」と名付けました。お手持ちの名刺を使えば、3分以内に作れそうではないですか?

作例のような専用カードを作るなら、筆者のホームページ(https://www.ysk-furuta.com/)でひな型を公開しているので、ぜひご利用ください。

2)なぜスマホなのか?――理由1:「スマホの財布化」

デジタル遺品になり得るものはさまざまな種類があります。その中で、なぜスマホを第一優先にすべきなのでしょうか。理由は2つあります。

ひとつは、スマホがデジタル遺品の要になりやすいことが挙げられます。通話やLINEのやりとりといったコミュニケーションの履歴が残るだけでなく、最近はネットバンキングや有価証券の取引の道具としても、パソコン以上に積極的に活用されています。

とりわけ近年目立っているのは、QRコード決済サービスです。スマホで使うことを前提に設計されたサービスで、業界大手の「PayPay」はサービス内に最大100万円分をチャージしておけます。スマホを最大100万円の財布として使えるわけですが、残高を残したまま持ち主に何かがあっても、残された人が現実の財布のようには抜き出すことはできません。

総務省と地方自治体、金融機関はスマホで地方税を納税する仕組みの標準化に取り掛かっていますし、マイナンバーとスマホを連動させる取り組みも国を挙げて検討されています。全てが順調に進まなかったとしても、財産と個人情報の両面からみてスマホの存在感が高まっていくのは間違いなさそうです。

3)なぜスマホなのか?――理由2:「FBIでも開けない強固すぎる構造」

それでいて、スマホのロックはパソコン以上に強固です。それが2つ目の理由となります。

最新のスマホは指紋や瞳の虹彩、顔などの生体認証システムと、文字列などを使ったパスワードシステムを併用するロックが一般的です。どちらかの鍵さえあれば開けますが、どちらも手に入らないとお手上げになってしまいます。本人の身を不幸が襲って生体認証が使えなくなり、パスワードも本人の頭の中だけだったら……もうお手上げです。

別の方法でロックを解除する方法は、一切用意されていません。通信キャリアのショップやメーカーもマスターキーを提供していないので、相談しても無駄です。

この段階でも、パソコンなら地域にある優秀な修理サービスに相談すれば、機械を分解したり、特殊な手順を使って中身にアクセスしたりと、さまざまな方法を検討してくれるでしょう。しかし、スマホの解除を検討してくれるところは全国を見回しても片手で収まるほどしかありませんし、成功率はかなり低くなります。

象徴的なのが、2016年にFBIがアップル社を相手取って起こした連邦裁判です。前年に発生した銃乱射事件では、現場で射殺された犯人が同社のスマホ「iPhone」を所持していました。FBIはこのスマホの解析に乗り出しましたが、自力でのロック解除を断念。そこで製造元のアップル社に技術提供を要請したものの、その後の不正利用を不安視した同社が拒否したことで裁判に発展しました。

つまり、家電量販店や通信キャリアのショップに普通に並んでいるスマホは、一台一台が、FBIですら自力ではどうすることもできないほど強固なセキュリティー機能を有しているわけです。ポケットに収まる地下金庫のような、アンバランスな存在です。

そんなスマホですが、いざというときにパスワードさえ伝わる仕組みを自分で作っておけば、不測の事態が起きても何の憂いもありません。そのために「スマホのスペアキー」を用意しておく必要があるのです。

3 日ごろから「求められるもの」と「隠すもの」に分ける

さて、スマホのスペアキーが役目を果たすときは、家族や社員が自分のデジタル環境に足を踏み入れるときでもあります。当たり前のことですが、ことデジタル環境においては、それを想定している人は意外と少ないようです。

数年前に、ある女性から相談を受けました。法人成りした自営業の夫が急な不幸に見舞われたとのことで、仕事場に残された数台のパソコンを調べるためのアドバイスが欲しいといいます。法律面と技術面で基本的な情報を伝え、信頼できるデジタル遺品サポートを紹介したところ、連絡すべき相手や法人名義の預金口座など、あらかたの情報が拾い出せたそうです。しかし、仕事関連の隣にあったフォルダーからプライベートで収集していた画像が大量に見つかり、相当面食らったと後から教えてくれました。

プライベートなコレクションの中には、違法性が疑われるデータが出てきたという話も少なからず耳にします。その是非はさて置き、デジタル環境においても、日ごろから自分以外の誰かが足を踏み入れることを想定しながら使用する、という意識が必要なのは間違いないでしょう。

家族や社員がデジタル遺品を調べる動機は、金銭関連や進捗中の仕事の情報などの把握が第一に挙げられます。第二に家族写真などの思い出のデータを探したい欲求も強いことがよくあります。

そのように、残された側が求めるであろうデジタル遺品は、なるべく分かりやすいところに置いておくのが親切です。そして、隠しておきたいものがあるなら、その動線上に置かないように、日ごろから意識しておくのが鉄則です。

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パソコンには隠しファイル機能がありますし、パスワード付きの外付けハードディスクに保存するといった手もあります。スマホも特定の写真を隠しフォルダーに収納するなどの工夫の余地はいくらでもありますが、何よりこの鉄則を守ることが大切です。残された側が必死に探すモチベーションを持たない領域なら、いくらでも自由に隠したり壁を作ったりできるでしょう。

ただ、ひとつ注意したいのは、閲覧履歴や通信履歴などは普通に使っているとどうしても痕跡が残るということです。また、バックアップ機能も十分に把握しておかないと、隠したいものの完全な隠蔽は難しいでしょう。デジタル環境をきちんと整理整頓するには、それなりの知識と使いこなしが必要になります。残念ながら、魔法のようなアイテムは存在しません。

以上(2023年7月更新)

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画像:執筆者提供

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