だからやっていくうちにキャラクターが勝手に動き出したらしめたもので、意外とこのキャラで行けるかなって
鳥山明(とりやまあきら)氏は、集英社の週刊少年ジャンプ(以下「ジャンプ」)で、「Dr.スランプ」「ドラゴンボール」などの作品を手掛けた漫画家です。どの作品も愛されていますが、特にドラゴンボールは、主人公の孫悟空(そんごくう)が、地球、宇宙、時には死後の世界を舞台に、さまざまな敵と戦う壮大なアクション漫画で、ジャンプでの連載終了から約30年たった今でも、絶大な人気を誇ります。鳥山氏が2024年3月1日に68年の生涯を終えられた際は、日本だけでなく世界中のファンがその早過ぎる死を悼みました。
冒頭の言葉は、鳥山氏がジャンプに連載していた頃の編集担当だった鳥嶋和彦(とりしまかずひこ)氏と対談した際、ドラゴンボールの連載当時を振り返って述べたものです。「ドラゴンボールは先の話を考えず、自分でもワクワクしながら描いているっておっしゃっていましたよね?」と尋ねられた鳥山氏は、「そうだけど、本当はただ先のことを考えるのが面倒臭いだけで……」とおどけながら、冒頭の言葉を言いました。
ドラゴンボールには、主人公である悟空を強さで上回る強敵が度々登場しますが、悟空はそんな強敵と出会うと、むしろワクワクするというキャラクターです。そして、鳥山氏も悟空が最終的にどう強敵に勝利するのか細かく筋道を立てず、自分も同じ敵と戦っているつもりで、その時その時の展開を考えていたようです。一見「行き当たりばったり」のようにも思えますが、それ故多くの読者が予想のつかない展開に魅せられました。
もう1つ、鳥山氏が心掛けていたのが「スピード感」です。ジャンプは週刊連載なので、物語の展開が遅いと読者が飽きてしまいます。複雑な背景などは描写に時間がかかるため、鳥山氏は敵に建物を破壊させて更地にするなどして背景を描く時間を節約し、その分、読者が好きな戦いのシーンに力を注いだそうです。また、悟空は物語の途中で「超(スーパー)サイヤ人」という金髪の戦士にパワーアップしますが、これも白黒漫画の場合、金髪は髪を黒く塗る「ベタ塗り」の作業を省略できるという理由から生まれた発想でした。
鳥山氏のすごいところは、うがった見方をすれば「手抜き」と思われそうなことまでも武器に変え、読者を自分の世界に引き込み続けた点です。ビジネスで競争に勝つためには、いかに自分たちの短所を改善するかが重要ですが、短所がそのまま長所に塗り替わればこれほど心強いことはありません。そして、鳥山氏がこれを成し遂げられた理由は、強敵との出会いにワクワクする悟空と、週刊連載というハードな仕事にワクワクする自分とがうまくマッチしたからでしょう。最近は、頑張ることや無理をすることが敬遠されがちな風潮がありますが、ハードな環境に身を置いてこそ初めて味わえる楽しみもあり、事実、鳥山氏がそれを続けてきたからこそ、ドラゴンボールは今なお世界中から愛されているのです。
出典:「Dr.マシリト 最強漫画術」(鳥嶋和彦 (著)、集英社、2023年7月)
以上(2024年3月作成)
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