「あんまりおまえさんがだれかを崇拝したら、ほんとの自由はえられないんだぜ」
トーベ・マリカ・ヤンソン氏は、「ムーミン」シリーズの生みの親です。2025年は、ムーミン小説出版80周年。日本で放映されたテレビアニメのムーミンに慣れ親しんでいた方も多いでしょう。
冒頭の言葉は、ムーミンシリーズのキャラクターであるスナフキンが物語の中で、自分に憧れ付き纏ってくる小さな生き物に言い放ったものです。スナフキンという人物は、一言で表すなら「束縛を嫌う自由人」です。他のキャラクターは家を持ち、宝物を集め、自分の持ち物に強いこだわりを持っているのですが、スナフキンだけはいつもリュックサックひとつで旅をしています。彼にとって、何かに執着して自然体でいられなくなることは「不自由」。だから、自分を慕ってくる小さな生き物にも、冒頭の一見冷たくも思えるせりふを言うのですが、そのおかげで小さな生き物は「自由」の意味を知り、スナフキンのもとを去って、自分の人生を楽しむようになります。
自由人スナフキンは、シリーズを通し皆の憧れとして描かれていますが、これにはヤンソン氏自身の生い立ちが大きく影響しているかもしれません。彼女の父は著名な彫刻家で、彼女は幼い頃から芸術に親しんで育ち、わずか14歳で作家デビューを果たします。ヤンソン氏は芸術家である父を尊敬していましたが、成長するにつれ父の芸術に対する古い価値観や権威主義に疑問を抱くようになり、衝突することが増えていったのです。
それはある意味、ヤンソン氏の「本当は父親に認めてもらいたい」という執着の表れでもありました。冒頭の言葉は、彼女の父が亡くなってまもない頃の小説に書かれたものですが、もしかしたらヤンソン氏は自由人スナフキンの物語を通じて自身の執着を捨て去り、尊敬する父のありのままを受け止めようとしていたのかもしれません。
ビジネスでも、古い仕事の進め方を「今までこれでうまくいってきたから」と、あるいは新しい技術を「最先端だから間違いない」と、妄信してしまうことがあります。しかし、それはスナフキンの言う「ほんとの自由」とは大きくかけ離れたものです。自由とは、固定観念にとらわれず、あらゆる選択肢の中から、自分にとって必要なものを自分の考えで選べる状態のことなのです。
その自由を手に入れるためにはまず、小さな生きものがスナフキンに諭されて気付きを得たように、組織の中で知らず知らずのうちに「崇拝」してしまっていることがないかと、疑問を抱くことが大切です。ビジネス環境の変化が著しい昨今はなおさら、何かへの執着を捨てて、自社にとって本当に大切なものを選び取ることが求められます。それができる組織は強く成長します。
ちなみにスナフキンも、大切なハーモニカだけは、どんなときも手放しませんでした。それは彼なりの取捨選択の結果で、いまやハーモニカはスナフキンのトレードマーク。彼の個性であり、大切な要素として世界中で愛されています。
出典:「ムーミン谷の仲間たち」(ヤンソン 山室静/訳 講談社、2011年7月)
以上(2025年3月作成)
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