書いてあること

  • 主な読者:創業期、成長期を経て成熟期を迎え、資金繰りにもある程度の余裕がある会社の経営者(40~60歳代)
  • 課題:会社や従業員、家族のために粉骨砕身やってきたが、自身のリタイア後の生活も視野に、個人としての資産形成のあり方をもう一度よく考えたい
  • 解決策:税金対策や投資、相続に関する基本的な知識を身につけた上で、専門家の力を活用する

1 リタイアを見据え、自身の資産形成や運用に向き合おう

中小企業の経営者の皆さんの多くは、まだ利益が出ない創業期から、売上が伸び始めた成長期と、ご自身のことを後回しにしてでも会社や従業員、家族のために粉骨砕身やってきたことでしょう。

そして、会社を何とか存続させなければならないステージを乗り越え、資金繰りにもある程度の余裕が生まれた今、あらためて考えておきたいのがご自身の資産形成です。

十分なお金があれば、ご家族との旅行・レジャーや、仕事以外でやりたかったことなどにも使えますが、お金がなければそうはいきません。創業期には会社の存続以外のことを考える余裕もなく、成長期にはひたすら事業の拡大にまい進してきたとしたら、今こそ、ご自身の資産形成や運用にもしっかり向き合う必要があります。リタイアする間際になって後悔することがないよう、早めに手を打ちましょう。


以降で紹介するのは情報提供のみを目的とするものであり、取引の申し込みや勧誘、あっせん、推奨、助言、金融商品を含む商品やサービスの販売等を目的として提供されるものではありません。

また、実際の会社としての税務や労務に関する取り組みについては税理士や社会保険労務士、個人の資産運用についてはファイナンシャルプランナーといった専門家に相談するとよいでしょう。


2 ご自身の資産形成を本格化するために考えるべきこと

1)役員報酬の引き上げ

適正な役員報酬がどれくらいの金額なのかは、会社の業績や規模によって異なりますが、会社の資金繰りのために役員報酬をあえて抑えてきたとしたら、引き上げを検討してみましょう。

役員報酬の金額を決定する際は、次の事項を考慮することが大切です。

  • 損金算入できる税法上の要件
  • 会社にかかる税金(法人税など)とご自身にかかる税金(所得税・住民税)
  • 会社とご自身が負担する社会保険料

具体的な手続きなどについては、次の記事をご参照ください。


【役員報酬】役員報酬の決定手続きと損金算入するための要件
企業経営にも大きな影響を与える役員報酬の基本事項について整理した上で、金額決定の際の留意点と中小企業の経営者が注意すべきポイントを紹介します。



【役員報酬】 役員報酬を損金算入するための「定期同額給与」と「事前確定届出給与」
役員報酬の額を決める際の視点や、中小企業の役員報酬で重要な論点となる定期同額給与と事前確定届出給与の基本や組み合わせた支給方法について解説します。



【損金】税理士が解説。損金になる役員報酬、ならない役員報酬
本シリーズでは、税務調査で指摘されるケースが多い費用項目につき、税務上の重要ポイントを解説します。今回は、役員報酬について解説します。


2)税制メリットの活用

役員報酬の引き上げによってご自身の給与所得が増加すると所得税・住民税が上がりますが、制度を上手に利用することで所得控除が受けられます。ここでは退職金の準備や資産形成に役立てることができ、かつ税制メリットのある主な制度・商品を紹介します。

1.小規模企業共済

小規模企業共済は、経営者のための積み立てによる退職金制度で、満期や満額はありません。小規模企業共済に加入すれば、掛金(毎月1000円~7万円まで500円単位で設定)は全額を所得控除できます。共済金は退職や廃業時に受け取ることができ、受け取り方は「一括」「分割」「一括と分割の併用」が選べます。一括の場合は退職所得扱いに、分割の場合は雑所得扱いになり公的年金等と同等の所得控除を受けられます。

■中小企業基盤整備機構「小規模企業共済とは」■
https://www.smrj.go.jp/kyosai/skyosai/

2.個人型確定拠出年金(iDeCo)

個人型確定拠出年金(iDeCo)は、自分で拠出した掛金を自分で選んだ金融商品で運用し、資産を形成する年金制度です。掛金は原則60歳(国民年金第2号被保険者であれば65歳)になるまで拠出でき、60歳以降に老齢給付金を受け取ることができます(60歳になるまで、原則として資産を引き出すことはできません)。iDeCoに加入すれば、掛金(毎月5000円~加入資格による限度額まで1000円単位で設定)は全額を所得控除できます。

■国民年金基金連合会「iDeCo公式サイト」■
https://www.ideco-koushiki.jp/

3.個人年金保険

個人年金保険は、払い込んだ保険料の一部が積み立てられ、それを原資に契約時に定めた年齢から年金を受け取れるという保険商品です。年金を受け取る期間、年金受取開始日前の死亡保障などにより、いろいろなタイプがあります。

個人年金保険料税制適格特約が付加された保険商品の場合、2012年1月1日以降に締結した契約(いわゆる「新制度」)での「個人年金保険料控除」の適用額は、1年間(暦年)に払い込んだ保険料総額により最大で4万円です(年間払込保険料が8万円超の場合、控除金額は一律4万円)。一般生命保険料と介護医療保険料にもそれぞれ適用されるため、生命保険料控除全体では最大12万円を所得控除できます。

■生命保険文化センター「個人年金保険」■
https://www.jili.or.jp/knows_learns/kind/main/30.html

3)役員退職金を生命保険(法人保険)で準備

役員退職金を、生命保険(法人保険)で準備することも検討しましょう。この場合、契約者は会社(法人)、被保険者は経営者(個人)、受取人は会社(法人)となります。生命保険を活用すると、契約内容にもよりますが、保険料の一定割合が損金算入できるなどのメリットがあります。

具体的な手続きなどについては、次の記事をご参照ください。


【役員報酬】生命保険を活用した役員退職金の準備方法
生命保険は契約内容により、税務上の取り扱いが異なります。この記事では、中小企業で一般的な生命保険を活用した役員退金の準備方法を紹介します。


4)当面使う予定のないお金をバランスよく投資へ

役員報酬を引き上げたり、税制メリットを活用したりするのと並行して、ご自身の家計を見直してみましょう。大まかに次のように分けて、それぞれどれくらいの金額がかかっているのかを整理してみると分かりやすいと思います。

  • 生活に必要な当座のお金・生活予備資金:生活費、急な出費に備えるお金など
  • 使い道と時期が見えているお金:子どもの教育資金、住宅購入・リフォーム資金など
  • 当面使う予定のないお金

そして、「当面使う予定のないお金」があるならば、それを預貯金だけでなく、バランスよく他の金融商品に振り向けることも検討してみましょう。日本ではマイナス金利政策が解消されたとはいえ、預金金利は低い水準が続いており、銀行にお金を預けていてもさほど増えないのが実情だからです。

投資にリスクはつきもので、株式や投資信託などの金融商品には「元本割れ」のリスクがありますが、「リスクはリターンの源泉」でもあります。

投資の世界では、
100-年齢=リスク資産の割合の上限値
という、高齢になるほどリスク資産の割合を減らすべきだという考え方があります。資産運用の王道は「長期・積立・分散」ですが、高齢になればなるほど「長期」の運用によるリスクの低減がしにくくなっていくからです。

3 注目される少額投資非課税制度(新NISA)

NISA(ニーサ)は、2014年1月にスタートした「少額投資非課税制度」です。

通常、株式や投資信託などの金融商品に投資をした場合、これらを売却して得た利益や受け取った配当や分配金に対して約20%の税金がかかります(所得税と復興特別所得税(※)で15.315%、住民税で5%が源泉徴収されます)。
(※)復興特別所得税は2037年12月31日までの予定

一方で、NISA口座で投資した金融商品から得られる利益は非課税です(ただし、NISA口座で投資できる上限金額は決まっています)。

2024年1月からは、新制度(いわゆる「新NISA」)が始まり、注目されています。新NISAでは、従前の制度が大きく変わり、

  • 非課税保有期間が無期限
  • 制度(口座開設期間)が恒久化
  • つみたて投資枠と成長投資枠の併用が可能
  • 年間投資枠が最大で年間360万円に拡大
  • 非課税保有限度額(総枠で最大1800万円)が新設
  • 商品を売却した場合、翌年以降売却した商品の簿価(取得金額)の分だけ非課税投資枠が復活

など、より利用しやすいものとなっています。

NISAを利用するには、金融機関にNISA口座を開設する必要があります。口座を開設できるのは1人につき1口座のみですが、金融機関は年単位で変更できます。

4 資産形成で注意すべきこと

1)会社の資産と経営者個人の資産をしっかり区別

会社の資産とご自身の資産の区別が曖昧になっていないか確認しましょう。例えば、会社とご自身との間で、金銭や不動産の貸し借りなどがある場合、金銭消費貸借契約や不動産賃貸借契約を交わしておかないと税務や経営の面でトラブルになる恐れがあります。

また、ご自身の個人的な支出を会社負担にしていたり、会社から仮払金を受けて長期にわたって未精算だったりしていないでしょうか。税務調査が入った場合、経営者への給与や貸付金とみなされる可能性があります。適正な処理が必要です。

2)自社株(非上場株式)の取り扱い

オーナー企業の経営者の場合、事業承継時の自社株の処分は大きな課題になります。詳細は割愛しますが、たとえ無償で株式を贈与・譲渡した場合でも、複雑な課税関係が発生します。「お金のやり取りがないので税金も発生しないはず」という思い込みは間違いです。

3)金融トラブルに注意

SNSなどを利用した暗号資産の取引や投資を持ち掛ける詐欺や、偽メールや偽サイトによるフィッシング詐欺や架空請求詐欺など、金融トラブルの手口は多様化しています。

例えば、SNSなどで知り合った人だけに限らず、旧知の仲の友人から投資を勧誘されたりしたら要注意です。金融庁のウェブサイトではトラブルの例や相談先が紹介されているので確認してみてください。

■金融庁からのお願い・注意喚起■
https://www.fsa.go.jp/ordinary/chuui/chuui.html

以上(2024年7月作成)

(監修 株式会社ライフヴェーラ代表取締役
ファイナンシャルプランナー(CFP®)鈴木さや子)

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画像:photo-ac

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