書いてあること
- 主な読者:さらに成長するためのヒントが欲しい経営者
- 課題:自分の考え方をバージョンアップするためにもがいている
- 解決策:他の経営者の思考習慣も聞いてみる
1 ピンチのときに前を向く強さはあるか?
ビジネスには順境もあれば、逆境もあります。何をやってもうまくいかないときは投げ出してしまいたくもなりますが、経営者にはそれが許されません。経営者はつらくても前を向き、進み続けることが求められるからです。
つらさをこらえて前に進む経営者の姿は虚勢に見えるかもしれませんが、日々の経営で培った強さは本物です。内部と外部、人・物・金、あらゆるところで発生する大小の問題を、自分の弱さと向き合いながら解決してきた経験はだてではありません。
経営者の力量はピンチのときほど表れます。つらくても今の事業にかけるのか、撤退して次にかけるのか。逆境において、この難しい判断をどれだけ自分を信じて下せるかどうかが大事です。経営者の決意が言動に表れ、組織を導く強い力になるからです。
今回は、「人間の本性は“弱さ”にあると心得る」「事を成すには、狂であれ」「最後は自分勝手に振る舞え!」という3つを取り上げます。経営者がピンチに直面したとき、それに立ち向かう上で何らかのヒントになれば幸いです。
2 人間の本性は“弱さ”にあると心得る
中国古典から経営のヒントを得る経営者は少なくありません。特に『論語』『韓非子』『孫子』の人気は高いものです。このうち『論語』と『韓非子』に注目すると、一般的に前者は性善説、後者は性悪説に立ったものだと理解されています。
この理解をさらに掘り下げた指摘が、守屋淳著『組織サバイバルの教科書 韓非子』(*)の中にあります。「人の本性は性善説や性悪説というよりも、環境によって流される弱いものであり、いわば“性弱説”である」というものです。
“性弱説”とは、経営者の心理を鋭く突いた指摘であると思えます。特に逆境のときの経営者の心は激しく揺れています。逆境のつらさに流された結果、経営者が本来良しとする「地点(価値観など。以降、同様)」から大きく離れてしまうことがあります。
逆境のとき、「自分はへこたれず前を向ける!」と自身を鼓舞する経営者は多いものです。自分を駆り立てることはとても大事ですが、立ち止まって“性弱説”について考えてみたいものです。
なぜなら、“性弱説”を知っているか否かによって気持ちの整理の仕方が変わってくるからです。“性弱説”を知る経営者は、多少の時間を要しても、まず自分が良しとする「地点」に立ち戻ろうとし、その過程で冷静さを取り戻していきます。
一方、“性弱説”を知らない経営者は、「とにかく何とかしなければ!」と、自分が良しとする「地点」から離れた場所でもがきます。確信を持てずに迷っているのに、外見は泰然とした立ち居振る舞いを続ける“カラ元気”のようなものです。
ピンチを跳ね返そうとするとき、私たちは拳をぐっと握り締めて構えがちですが、こうした剛の姿勢だけでは柔軟性がありません。ましてや“カラ元気”では、すぐに倒れてしまいます。こうしたときこそ、自分の弱さを受け入れる柔の姿勢が大切です。
3 事を成すには、狂であれ
“性弱説”を知り、自分が良しとする「地点」に立ち返った後は、自信を持って信じる道を進みましょう。信じる道とは、経営者が「成し遂げたいこと」と言い換えることもできます。それを実現したいという思いの強さが前に進む強さになります。
西沢泰生著『1分で心に効く 50の名言とストーリー』(**)の中で、京セラ創業者・稲盛和夫氏の「事を成すには、狂であれ」という言葉が紹介されています。稲盛氏は、狂を「壁を打ち破る強力なエネルギーに満ちた状態」と表現したそうです。
こう聞くと、確かに「狂」の状態は大切です。ただし、いくら熱狂しているとはいえ、自分の思いだけを押し通そうとすれば、事は失敗するでしょう。熱狂しているからこそ、逆に冷静になって、事を成し遂げなければなりません。
歴史上、非常に難しいといわれた外交交渉の1つに、日露戦争終結を目的とした「ポーツマス条約」があります。国家の未来をかけて交渉に臨んだ小村壽太郎氏は交渉を必ず成立させなければならず、事の大きさにチームは熱狂していたはずです。
戦争を終わらせたい日本と、続けたいロシア。交渉余地が限られた状況にあって、小村氏は日本からの指示とそれまでの交渉過程を分析し、絶好のタイミングでロシアが受け入れやすい条件(賠償金要求の撤回とサハリンの北半分の放棄)を提示しました。
小村氏が提示した2つの条件は、交渉開始当初の日本の態度からは考え難いものでした。しかし、小村氏は丁寧に交渉を積み重ねていき、そうした小村氏の姿勢と刻々と変わる世界情勢が、日本とロシアの態度を変容させたのかもしれません。
リアルのビジネスで、こちらの要求が100%受け入れられる交渉はまずありません。難しい局面だからこそ、経営者は全てを求めず、冷静に譲歩の余地を計算する必要があります。譲歩の余地は、そこに至るまでの経営者の姿勢にかかってきます。
4 最後は自分勝手に振る舞え!
経営はピンチの連続です。そのため、経営者はある意味でピンチの対応に慣れており、経験で何となく対応できてしまうこともあります。しかし、そうした経験に甘えずに、「成し遂げたいこと」と真摯に向き合い続けなければなりません。
経営者の決断は関係者の生活などに影響を及ぼします。経営者は、たくさんのことを背負っているという感覚を忘れてはならず、常にそれを考えて行動している姿が周囲の態度を変容させ、また経営者が周囲を巻き込む権利を得ることにつながります。
上記の条件を満たした経営者は、最終的に「こうだ!」と決めたことを、ある意味で自分勝手に進めてもよいでしょう。判断は前進に限らず、撤退もありますが、根本的な方向性を決める際は独断することもできます。
周囲には常にさまざまな意見があり、満場一致はありません。であるならば、「誰が何と言おうと、自分の考えは正しい」と信じられなければ、経営者は自分の意思で道を切り開くことができません。
なお、経営者の最終的な判断が、どうしても納得できないという人もいます。その結果、例えばビジネスの提携関係が決裂したり、従業員が辞めていったりすることもあります。
そうなるかもしれないと覚悟していたとはいえ、これは経営者にとって悲しい出来事です。しかし、その悲しみやつらさを乗り越えなければ切り抜けられないピンチがあります。得るものもあれば、失うものもあるということです。
こうした感覚は経営者にしか分からず、だからこそ経営者は孤独であるといわれます。しかし、見方を変えれば、自分の弱さを知り、自分が成すべきことを知り、そして痛みを乗り越えて進む機会を得ることで、経営者は確実に成長できるのです。
- 【参考文献】
- (*)「組織サバイバルの教科書 韓非子」(守屋淳、日本経済新聞出版社、2016年8月)
- (**)「1分で心に効く 50の名言とストーリー」(西沢泰生、大和書房、2016年8月)
以上(2018年12月)
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画像:unsplash