1 人との距離を近づける「聞く力」
「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」といわれるほど、私たちは周囲とよい関係を築きたいと望んでいます。周囲からの評価を気にして身だしなみを整えたり、伝え方を工夫した経験はきっと誰にでもあるでしょう。
それでも人の人とすれ違いはなくなりません。人間関係にはよく「話し方」「伝え方」が大事だといわれますが、自分の考えを相手に知ってもらうだけでは、相手に「私の立場を理解し、尊重してほしい」と言っているようなものです。ボタンの掛け違いをなくすには、自分が相手の話を聞いて、相手の感情、考えを受け止める努力も必要になります。
「話す」が自分の気持ちや意見を描写して伝える行為だとすると、「聞く」は反対に自分が相手を受け止め、共感し、新しい気づきを得る行為です。つまり、相手に興味を持ち、自分から近づくことといえます。
聞く力がなければ相手の気持ちのほとんどを取りこぼしてしまいますが、意識しているうちに段々とうまくなっていきます。聞く力を伸ばすことで、良い人間関係をつくりやすくなるでしょう。
2 それでも「聞く」のはつらい?
人類学者のロビン・ダンバーによると、人間にとっての会話(雑談やおしゃべり)は、霊長類が行うグルーミングに当たるといいます。
グルーミングとは、お互いをなでて身づくろいすることです。グルーミングによって、霊長類はお互いを知って好感を育み、エサを分け合ったり、敵から守り合ったりする関係性をつくっています。一方で、人間はグルーミングの代わりに雑談やおしゃべりをして、相手との距離を縮めています。「雑談には意味がない」という意見を聞くことがありますが、雑談自体が目的なのです。
しかし、雑談があまり好きではないという人は少なくありません。人を笑わせる「鉄板ネタ」を持っていれば、最初は楽しく過ごせますが、自分の話はいつか尽きるので、途中からは相手の話を聞くことになります。相手によっては、自分に興味がない話や悩みごとばかり話してくるかもしれません。お互いが何に興味があるかを知り、心地よいと感じる関係性を築けなければ、「この人の話を聞いてもつまらない」「話すと疲れる」と感じ、次第に疎遠になってしまうのです。
3 「聞く力」で自分も相手も楽にする
他人と無理して付き合う必要はありませんが、人には嫌な面も良い面もあります。会話はお互いにつくりあげていくものなので、聞き方しだいで相手の話し方、内容も変化します。自分で相手の良い面、おもしろい面を引き出せると、人の話を聞くのが楽しくなるのです。
イギリスの哲学者であるポール・グライスによると、人と人とが会話をするときに、話し手と聞き手がお互いに守ることを期待している4つのルールがあるそうです。
- 質 真実と思うことを伝え、受け取る。真実でないと分かっていることや確信していないことを正しいと誤解させない、しないようにする。
- 量 必要な情報を過小でも過剰でもない量だけ交換する。新しい情報は聞き手が圧倒されない程度の量だけにする。
- 関係 会話の内容に関係がある情報を伝達する。
- 様式 曖昧で不明瞭な表現は好まず、適度に簡潔で順序立った話を望む。
つまり、聞き手は話し手が会話の目的や話の流れを無視した発言をすると会話に集中しにくくなり、話し手は聞き手が自分の発言を曲解したり、必要な情報を聞き漏らしていると感じたりするとイライラしやすいのです。
聞く力を伸ばしたいなら、話し手が自分の望む話し方をしてくれないときでも、意識して聞き続ける努力が必要です。また、話し手は自分の話が誤解されていると感じると、正しく伝えようと同じ話を何度も繰り返したり、途中で理解してもらうことを諦めたりすることがあります。よい会話ができなかったからといって、自分を責める必要はありませんが、自分の話し方や聞き方が相手にネガティブな影響を与えていないか、自問自答してみるとよいでしょう。
【参考文献】
- 「LISTEN――知性豊かで創造力がある人になれる」(ケイト・マーフィ (著)、篠田真貴子(監訳)、松丸さとみ(訳)、日経BP、2021年8月)
- 「やっぱり、それでいい。: 人の話を聞くストレスが自分の癒しに変わる方法」(細川貂々 (著)水島広子(著)、創元社、2018年11月)
- 「元コミュ障アナウンサーが考案した 会話がしんどい人のための話し方・聞き方の教科書」(吉田尚記(著)、アスコム、2020年8月)
- 「観察力の鍛え方 一流のクリエイターは世界をどう見ているのか」(佐渡島庸平(著)、SB新書、2021年9月)
- 「聞く力―心をひらく35のヒント」(阿川佐和子(著)、文春新書、2012年1月)
以上(2023年8月)
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