書いてあること

  • 主な読者:組織がシャキッとしないと悩んでいる経営者
  • 課題:組織に活を入れる際の参考にできる成功事例を知りたい
  • 解決策:2019年のワールドカップでベスト8に躍進したラグビー日本代表の組織作りを参考にする。重要なのは「目標設定」と「コミュニケーション」

1 8年前に1勝もできなかったチームがW杯で8強に

皆さん、初めまして。元ラグビー日本代表の菊谷崇(きくたに たかし)です。私は日本代表主将として、2011年にニュージーランドで開催されたワールドカップ(以下「W杯」)に出場しました。この大会で日本代表は1次リーグで4試合を戦い、3敗1分け。そう、1試合も勝つことができませんでした。

それから8年後の2019年に、自国開催のW杯で日本代表が世界中に巻き起こした旋風は、皆さんも記憶に新しいことと思います。この8年間で日本代表はどうやって「勝つ組織」に変わっていったのでしょうか。

私は、2014年まで代表チームに身を置き、代表の引退後も、チームが変化し、成熟する様子を見守ってきました。1勝もできなかったチームに「勝者のメンタリティー」が備わり、ベスト8進出を果たすまでの過程について、私なりの分析と考察をお届けできればと思います。

2 「ローマは一日にして成らず」 8強の礎に2015年のW杯あり

2019年W杯の躍進は、イングランドで開催された2015年W杯が礎になっています。2015年W杯は、W杯で24年間勝利のなかった日本代表が、世界ランキング3位だった南アフリカ代表にラストワンプレーで逆転勝利した、「ブライトンの奇跡」が話題になった大会です。

その2015年W杯に向けて、2012年4月にエディー・ジョーンズさん(現イングランド代表監督)が、日本代表のヘッドコーチ(以下「HC」)に就任しました。エディーさんのHC就任こそ、それまでの7回のW杯で1勝(21敗2分け)しかできなかった日本代表に、強化のための“メス”が入った瞬間だったと思います。

エディーさんは、日系米国人の母親と日本人の妻がいて、東海大学や日本の社会人チームでの監督(HC)経験もあることから、日本人と日本ラグビーのことを熟知していました。

一方で、オーストラリア代表のHCとして2003年W杯で準優勝に導くなど、世界の強豪国のレベルもよく知っています。そのため、世界で勝てない日本代表が抱える課題を理解していました。HCに就任した時点で、勝つ組織にするというゴールから逆算して、日本代表を、「どこからどのようにして変えていけばよいのか」のプランができていたのだと思います。

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3 エディーHCの「勝てるチーム作り」のポイント

エディーHC率いる日本代表(以下「エディーJAPAN」)で私が感じた、エディー流の「勝てるチーム作り」のポイントを紹介します。

1)大きなビジョンと2つの目標を掲げる

エディーHCが就任時に最初に掲げたのが、「日本のラグビーを変える」というビジョンでした。後にエディーHCは、「日本ではかつて、ラグビーはとても人気のあるスポーツでした。しかし、いつの間にか人気がなくなってしまった。私が就任した当初、誰もが日本はラグビーではうまくいかないと思っていました。そこで私は、もう一度ラグビーをポピュラーなスポーツにしたいと考えました。そのためには、世界の舞台で勝つことのできるチームにしたかったのです」と日本のメディアに伝えています。勝ちたいという思いは誰にもありますが、まず「なぜ勝たないといけないのか」を大きなビジョンで示すことで、勝つことの意義を、より強く意識できるようになりました。

さらに、具体的な目標は、「W杯ベスト8」という「結果目標」に加えて、日本代表が「憧れの存在になる」という「意義目標」の2つを掲げました。意義目標を掲げた経緯については後で話しますが、2つの目標があったからこそ、日本代表は、多様性豊かな選手全員が同じ方向にベクトルをそろえ、1つのチームにまとまることができたのだと思います。

2)組織の弱点を分析し、計画的に克服していく

世界のラグビーでは、「ティア1(ワン)」と呼ばれる強豪国と、日本などが該当するその下の中堅国「ティア2(ツー)」などにランク付けされています。

私が主将として出場した2011年W杯は、いわゆるティア1チームとの試合経験を積まないまま、大会に臨んでいました。それまで「勝利」という結果を世界に残していなかった日本代表は、ティア1チームと試合をするチャンスをもらえなかったのです。初戦の相手はティア1のフランスでしたが、過去にフランスと対戦した経験がある選手は1人だけ。強豪国との試合経験がなく、対戦相手の情報が映像しかないという厳しい環境では、「勝つ」と意気込んではいたものの、勝てると確信できる根拠に乏しい状態でした。

経験不足という日本代表の弱点を克服するために、エディーHCは、まずティア2チームとの対戦で着実に勝利を重ねていき、強豪国との試合を実現させる、というプランを立てました。そのプラン通り、エディーJAPANは2012年11月にティア2のルーマニア、ジョージアに勝利します。日本代表にとって、アウェーでヨーロッパチームに勝つのは初めての快挙でした。そして翌2013年6月には、ティア1であるウェールズを日本に迎え、第2試合で初勝利(トータル1勝1敗)を飾りました(注:執筆者は上記4試合にフル出場)。

ウェールズ戦での勝利によって世界的に日本代表の力が認められたことで、その後、毎年1~2回は世界ランキング上位チームとの対戦が組めるようになりました。より強度の高い試合を経験することが可能になり、そこで得た経験を基にチームの目標設定を毎年更新していくことで、チームの戦力が上がったように思います。

ちなみに、ウェールズ戦後に聞いた話ですが、この試合に勝たなければ、エディーHCと日本ラグビーフットボール協会との契約が終わっていた可能性もあったそうです。組織を変えるため、そして周囲の理解を得るためには、絶対に結果を残さなければならないタイミングがあるのかもしれません。

3)データを示した上での「世界一」ハードな練習

エディーJAPANは、世界一といえるハードな練習量が有名でした。日本代表は年間120日ほどの合宿を行いますが、「朝5時から朝食まで」「午前中」「夕方から夜まで」と1日3回の練習を行う「ラグビー漬け」の毎日でした。しかも、約4年間で休日はたった2日でした。

選手たちがハードな練習についていけたのは、それぞれの練習に、「なぜ」の説明がされていたため、納得して取り組めたからです。エディーHCは世界のトップレベルをベンチマークに、具体的な数字を示して、日本代表に足りない部分を理論的に説明しました。そのため、選手たちに「世界で勝つ」という意識が強まり、練習でも主体的に動く選手が増えていったのです。

図表は、エディーHCが示したデータと目標の代表的な例です。

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図表の数字は、15人の選手が試合中の1分間に走る距離の平均値(メートル毎分)です。日本の最高峰であるトップリーグでは75メートル、世界ランキング1位のニュージーランド(以下「NZ」)代表は95メートルでした。エディーHCは、世界で勝つためには、この数値をNZ代表さえ上回る100~110メートルにしなければならない、という目標を示したのです。

なぜかというと、日本代表の選手たちはNZ代表の選手たちより体格で劣るため、ボールを止めずに、パスやランニングで勝負している時間を増やす必要があったからです。そして、試合で110メートル走るために、練習では120メートル走ることを目指しました。その結果、前述した2013年6月にウェールズに勝利した頃には、120メートル走れるようになっていたのです。

ハードな練習や、データで目標を示すことは、「それを乗り越えたときに、勝利への自信につながる」というメリットがあります。当時の日本代表キャプテンだった廣瀬俊朗(ひろせ としあき)さんは、ハードな練習について、「追い込まれても前を向ける選手をピックアップしたかったのだと思います」と語っていました。そのような過酷な時間を乗り越えたからこそ、これまでW杯で1勝しかしていなくても、自信を持ってW杯の開催地に乗り込むことができたのです。また、データでNZ代表を上回っているという「事実」が自信の裏付けとなり、想定範囲外のことが起こっても安定したプレーを続けられるようになったのだと思います。

4)リーダーグループを中心とした、主体性とコミュニケーションの重視

エディーHCが構築したチーム体制は、それまでと大きく変化しました。主将(キャプテン)という立場はあるものの、「リーダーグループ」という組織によって、選手が主体的に活動できる環境作りが進められました。チーム発足当初にエディーHCが指名したリーダーグループのメンバーと、グループ内での担当は、次の通りでした(敬称略)。

  • 主将(キャプテン):廣瀬俊朗
  • 日本人と外国人とのコミュニケーション担当:リーチ・マイケル
  • グラウンド内担当:五郎丸歩(ごろうまる あゆむ)
  • グラウンド外担当:菊谷崇

リーダーグループは、この4人に加えて、エディーHCが招聘(しょうへい)したメンタルコーチにサポートしてもらいました。当初は外部の人は不要だと思っていましたが、自分たちだけでは気付かなかったアドバイスをもらえ、有益だということが分かりました。例えば、プレーについて指導する立場である五郎丸さんが、選手を褒めることが得意でないことが分かると、「1日1回、人を褒めよう」というアドバイスをしてくれて、コミュニケーションが円滑になりました。

リーダーグループはまず、選手たちの意向を踏まえて「理想とする日本代表は何なのか」を話し合い、目標設定を行いました。エディーHCも合宿の開始時など定期的に参加し、目標や課題を確認します。ただし、目標の立案や、目標を実現させるための具体的な活動内容と実行プランを作成するのは、リーダーグループです。そして、選手たちに、それらを理解し、実行してもらうように説明をします。このような過程で、リーダーグループを中心に選手たちの主体性が向上し、日本代表としてのロイヤルティー(愛着心)が高くなったと思います。

リーダーグループの取り組みの一例が、日本代表が「憧れの存在になる」という「意義目標」を設定したことです。純粋にラグビーの人気が出てほしいと願う選手たちの思いに加えて、日本代表の価値向上を図るという目的がありました。

ラグビーの場合、国籍を問わず、その国に3年以上生活すれば代表資格を得られます。分かりやすく言うと、多くのスポーツの日本代表が「日本人の代表」なのに対し、ラグビーの日本代表は「日本地域の代表」という考え方ができます。このため、日本代表に外国人が多く入ることになるのですが、この考え方に戸惑う方も多く、ファン獲得に大きな壁となりました。「憧れの存在になる」には、この壁を取り払う必要がありました。

この問題についてリーダーグループで話し合った結果、試合前の国歌斉唱の際は、外国人も含めた選手全員で歌うことに決めました。そして、毎週のミーティング後にスタッフ、コーチを含め全員で国歌斉唱を練習することにしました。また、歌詞の意味を知るために、「さざれ石」がある宮崎県日向市の神社を参拝したりもしました。こうした活動の積み重ねが、多様性豊かな選手たちを1つのチームにまとめることにつながったのでしょう。そして、結果として2019年W杯でラグビーというスポーツが注目されるきっかけになったと思います。

5)ベテランの経験値や影響力を活用

すでにベテランとなっていた私を日本代表に呼んでくれたエディーHCは、ベテラン選手の経験値や影響力を、勝てるチーム作りに巧みに活用しました。

ラグビーでベテランの経験値が役に立つのは、実は試合中ではなく、練習後の体のメンテナンスや、試合前にやっておく準備などです。ベテランは試合の重要な局面でも周りを見渡す余裕や判断力があるというイメージを持たれているかと思いますが、それは試合に向けて行ってきた準備の量の問題であり、経験値とは別物です。

最もベテランの経験値が活きる場面は、2019年W杯での躍進の理由とも関連します。私は日本代表がベスト8に進めた要因の1つは、日本開催だったことだと思っています。なぜなら、W杯は開幕戦から決勝戦まで44日間を要し、事前キャンプを含めると2カ月近い長丁場だからです。

普段、日本で過ごしている日本代表メンバーは、日本での暮らしについて十分な経験値を持っています。ですが、他国の代表メンバーは、日本で過ごすという経験値がほとんどありません。気候、食事、ホテルでの生活、家族とのコミュニケーションなどは、選手のプレーを左右する重要な項目です。W杯で勝つには、外国での長期の生活に柔軟に対応できることが必要なのです。その点、ベテランには、長期の海外遠征時に必要な持ち物や海外での時間の使い方、海外でストレスをためない環境作りなど、若手選手にアドバイスできる経験値があります。

ベテランの影響力として最も大きいのは、練習に対する姿勢や、チームに貢献しようとする姿勢などを、若手選手に見せることです。海外遠征では帯同できるスタッフに限りがありますので、選手たちも裏方作業を行わなければなりません。そうしたときに、ベテラン選手が大きな荷物を運んだり、アイシングの準備をしたり、選手に水を渡したりと、裏方作業を積極的に行うことで、控えの若手選手もチームの勝利のために貢献しようという気持ちになってくれます。

また、前述のように、エディーJAPANはハードな練習量が有名でしたが、エディーHCから、練習では私のようなベテラン選手が、ひたむきに、積極的に取り組む姿勢を見せるように求められました。私としては、ある意味で若手選手を奮起させるための「見せしめ」のような立場ですので、代表復帰を後悔した時期も少なからずありました。

私自身は、エディーJAPANで3年間プレーし続け、当初のエディーHCの希望通りに、若手選手へ経験を伝え、役割を全うして代表を引退。ちょうど2015年W杯まで、残り1年を切った時期でした。

6)大一番で選手が力を発揮できる環境を設定する

エディーHCは、選手たちが自信を持ってW杯の開催地へ乗り込めるように、もう1つの「準備」をしていました。それは、2015年W杯の第1試合である南アフリカ戦の試合会場で、事前に2回、試合を行ったことです。W杯の第1試合という大一番を、慣れない環境でプレーするのではなく、自分たちのイメージをしっかり持った状態で挑めるようにするためです。このような環境を設定することも、マネジメントをする立場の人にとっての、重要な仕事だと感じました。

7)失敗者を責める組織でなく、失敗しないようサポートできる組織にする

エディーHC以前の日本のラグビーは、テクニック重視の練習が多く、状況判断を伴う練習が少なかったと思います。エディーHCは、「それでは試合でプレッシャーがかかったときに、練習で積み上げたことが発揮できない」という考えを持っていましたので、練習は常にゲーム中心で、状況判断が必要なメニューを取り入れていました。

エディーHCが重視したのは、ボールを保持している選手が行う状況判断を、ボールを持っていない選手がどうサポートするか、でした。特にラグビーは、前にいる選手にはボールをパスできませんので、味方は全員、ボール保持者の後方にいます。つまり、ボールを持っている選手は、味方を目視できない中で状況判断をしなければなりません。このため、常に後ろにいる味方が声をかけてサポートする必要があるのです。逆に言うと、ボールを保持していない人が言葉でサポートをすることで、プレーに良い影響を与えることができるわけです。それを15人という大所帯で行うわけですから、ラグビーは、コミュニケーションや対人関係のスキルが求められるスポーツといえるでしょう。

私は現役を引退してから3年になりますが、エディーHCの下で培った経験を活かし、ラグビーのコーチをしています。特にエディーHCの指導方法や考え方を取り入れているのが、自分で立ち上げた子供向けのラグビーアカデミーです。

ラグビーアカデミーの子供たちは、ミスをした選手に対し、「なんでパスをしない」「なんでそっちに行くんだ」と注意します。そんなときに私たちコーチは、「変わらない過去に激しく問いかけても未来は何も変わらない。未来に向けて、次に同じ場面が来たらどんな声かけをすればパスをしてもらえるか考えてみよう」と声かけをします。

皆さんも職場で、ミスをした社員に対して「なんで…」と言っていませんか? ミスという変わらない過去ではなく、未来に向けてミスをなくす改善策に目を向けるようにすると、コミュニケーションの取り方も変わってくるかもしれません。

4 終わりに:重要なのは目標設定とコミュニケーション

たくさんのエディー流の仕掛けを持って臨んだ2015年W杯で、「ブライトンの奇跡」を起こした日本代表。ジェイミー・ジョセフHCに引き継がれてからのさらなる活躍は、皆さんもご存じの通りと思います。

私は、エディーJAPANが残した、2015年W杯の実績と、主体性やコミュニケーションを重視するチーム作りという礎があったからこそ、ジェイミーJAPANは強豪国との対戦が可能となり、「One Team」と呼ばれるまでにチームが一体化したのだと思っています。

私が日本代表やトップリーグで経験して感じたのは、組織に必要なものは、「まとまり」と「目標設定」だということです。「まとまり」を作るためのキーになるのは、コミュニケーションだと思います。エディーJAPANと、その後の日本代表の活躍は、そのことを裏付けてくれています。

以上(2021年1月)
(執筆 元ラグビー日本代表主将 菊谷崇)

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画像:執筆者提供

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