1 多様性と付き合う
働き方の多様性、価値観の多様性、多様性が求められる社会など、さまざまな場面で「多様性」という言葉を耳にするようになりました。これまで「当たり前」と考えられてきた生き方や価値観が通用しなくなり、一人ひとりに自分で生き方を決める判断力が求められています。
全ての人が自分なりの価値観に従って生きるようになれば、「常識」や「当たり前」に合わせる能力よりも、異なる意見や価値観を尊重し、お互いに違いを受け入れる力のほうが重要になってきます。全ての人が自分の要求を無制約に主張し、他人に強制していては、多様性は成り立ちません。異なる価値観や文化の人々と共生するためには、お互いの考えを理解し合う努力が不可欠なのです。
2 すれ違いを埋めていくための対話
価値観や文化の違いは、たくさんの擦れ違いを生じます。好きな相手同士が結婚しても、長年共に暮らしていれば意見の対立やいざこざが起きるのは普通のことです。職場の人間関係でも、トラブルまではいかなくても、不満や違和感を感じることは日常茶飯事でしょう。
対話は、そうした擦れ違いや違和感を埋め、相互理解を試みるための手段です。参加者が対等な立場で、テーマや問いに対するお互いの考えや問題意識を話し合うことで、問題への理解がお互いに深まり、一応の解決策を見いだすことにつながります。また、対話を通して参加者同士に信頼が生まれることも、哲学対話の効果です。
この記事では、対話の方法のなかでも、教育現場や市民活動などで広く取り入れられている「哲学対話」について紹介します。
3 哲学対話とは
哲学対話は、「哲学カフェ」や「子どもの哲学」などの形で行われる対話の総称です。明確な定義はありませんが、テーマや問いがあり、それについて話し合うのが一般的です。参加者は職業や地位、履歴、人柄、名前などを教え合う必要はありません。呼んでほしい名前を自由に設定できる場合が多いようです。
哲学対話はどんなテーマや問いでも扱うことができますが、一般的には、「当たり前」のこと、つまり簡単には答えが出ない問題を扱うケースが多いです。専門家に聞いたり調べたりすれば簡単に答えが分かるような問いはあまり対象にしません。
そうした問いを通し、自分自身、また他の人と共に考えることで、哲学対話を始める前より後のほうが、テーマや問いに対する考えが深まっている状態を目指します。
4 哲学対話に欠かせない「安全と安心」
一般的に、哲学対話には司会のような役割をするファシリテーターがいます。また、テーマに詳しい専門家が参加することもありますが、その人たちを含めて参加者の立場は対等です。「あなたは何も分かっていない」と相手を全否定する発言や差別的な発言、相手を傷つける発言は、対等な議論を難しくするため禁止されます。
しかし、そうは言っても議論がヒートアップすると、参加者からそうした発言が出てしまうことや、発言者に相手を傷つける意図がなくても受け手が侮辱と解釈すること(意見に対する疑問や否定を、人格の否定だと感じることなど)はあり得ます。
哲学対話は、異なる立場、価値観の人が対等な関係を築くための練習の場としても使われます。健全な対話をするのにふさわしい態度を多くの人が身に付けなければ、多様性を受け入れる社会の実現は不可能です。
一人ひとりが対等な立場で話し合う「安全と安心」な場のつくり方を訓練できる点は、テーマや問いに対する思考を深めることとともに、哲学対話の大きなメリットといえるでしょう。
以上(2023年6月更新)
pj96913
画像:thodonal-Adobe Stock
画像:polkadot-Adobe Stock