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哲学といえば、多くの人は難解な言葉で書かれた哲学書を読み解くことだと思っているかもしれません。しかし、哲学が始まったとされる古代ギリシャでは、哲学と対話は深く結び付き、対話の文化といえるものが花開いていました。

哲学対話は、そうした古代ギリシャの文化から受け継がれた、歴史の長い営みです。この記事では哲学対話の歴史と、そこで形成された議論のルールについて紹介します。

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1 対話形式だったソクラテスの哲学

ソクラテスとプラトン

 「哲学の祖」といわれるソクラテス(紀元前470/469年~前399年)はアテネの街で年齢や地位に関係なく、さまざまな人々と自由闊達な対話を繰り広げていました。

 ソクラテス自身は著書を残さず、その様子は、ソクラテスの弟子であるプラトン(紀元前427年~前347年)が対話篇(対話形式を用いた哲学的著述)として書き記し、当時の対話の生き生きとした様子を今に伝えています(注)。

 こうした古代ギリシャの対話、つまり論証し合いながら共通点や一般法則を見つける議論の特徴について、西研『哲学は対話する プラトン、フッサールの<共通了解をつくる方法>』(筑摩書房、2019年10月)にはこう書かれています。

  • 何かの問いをめぐって議論する。そのさいに各自はそれぞれの根拠を挙げることで、他の人たちが(可能ならばすべての人が)納得できるように努力する。そのうえで、どの考えがもっとも説得力があるかを、皆で吟味する。
  • 根拠をあげるさいに、権威や伝承にたよらない。また発言者の地位や年齢は無関係であり、どんな人も議論に参加するうえでは対等とみなされる。
  • どこから・どうやって考えれば「なるべく根本から」考えたことになるか、をつねに問題にする。
  • 以上のようにして、「だれもが納得できる一般性(共通了解性)と原理性」を備えた考えを育てようとするのが、この議論の目的である。

 要するに、当時から哲学対話は、テーマや問いに対して、合理的な(根拠を挙げて妥当性を吟味でき、権威など合理性に関係しない点を極力排除する)考えを追求するものとして発展したといえるでしょう。

(注)プラトンの著作に描かれるソクラテスの姿には、プラトンによる創作も含まれます。

2 ルネサンス時代にヨーロッパへ

 ソクラテスを通して描かれた古代ギリシャの対話の文化は、ルネサンス時代にフィチーノ(1433年~1499年)がプラトン全集をラテン語に訳したことによってヨーロッパに知られていきます。フィチーノはメディチ家の保護下にあったため、その周りにいた大商人や知識人たちによってさかんに対話が行われるようになり、近代の哲学者・思想家にもさまざまな影響を与えました。

3 近現代の哲学対話

 日本で哲学対話という言葉が広まったきっかけは、ドイツの哲学研究者であるゲルト・アーヘンバハが1980年代に始めた哲学プラクティスと国際哲学プラクティス協会の設立にあります。哲学プラクティスとは「哲学相談所」「哲学カウンセリング」というような意味です。

 ただ、日本では哲学プラクティスより哲学カフェという言葉のほうがなじみ深いかもしれません。哲学カフェは、アーヘンバハに示唆を受けたフランスの哲学研究者マルク・ソーテが、1990年代に始めたものです。哲学カフェは、街角のカフェなどで哲学研究の専門家でない一般の人々が哲学的な対話を楽しむ場として世界中に広がりました。

 日本でも哲学カフェは定着しつつあり、2005年には哲学カフェをはじめとする街角の哲学の実践やサポートを行う「カフェフィロ」という団体が設立されました。

 また、1970年代に米国で始まった子どもの哲学も、哲学プラクティスとともに広がりを見せています。

 子どもの哲学は、哲学教授マシュー・リップマンが大学生よりも早い時期から哲学的な思考を学ぶ必要があると感じ、始めたものです。

 子どもの哲学は日本の教育現場でも少しずつ広まり、今後は道徳の授業などでも取り入れられていくかもしれません。

 これ以外にも、哲学的な手法を使った対話の方法はいくつもあります。例えば、哲学の一分野である現象学的な手法を用いた本質観取(かんしゅ)や、20世紀前半の哲学者レオナルド・ネルゾンが実践していた哲学教育の手法を基にした、ソクラティク・ダイアローグなどがあります。

【参考文献】
筑摩書房『哲学は対話する プラトン、フッサールの<共通了解をつくる方法>』(西研、2019年10月)
ひつじ書房『ゼロからはじめる哲学対話 Philosophical Dialogue for Beginners:哲学プラクティス・ハンドブック』(河野哲也、2020年10月)

以上(2023年6月更新)

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