結局、自分や他人の失敗から学んでいくしかないんだ。それが僕のいう、『コンセントレーション(集中)』の意味だ

アイルトン・セナは、F1世界選手権において、1988年、1990年、1991年と計3度のチャンピオンを獲得した、ブラジルのレーシングドライバーです。彼がレース中の事故でこの世を去ってからちょうど30年。今なお世界中のレーシングファンの憧れであるセナは、1988年からの約6年間、イギリスのレーシング・チームであるマクラーレンに所属していました。当時、マクラーレンとタッグを組んでいたのは日本企業のホンダです。

冒頭の言葉は、当時ホンダのF1総監督だった桜井淑敏(さくらい よしとし)氏が、セナに「F1のドライビングの難しさは?」と聞いた際の返答の一部です。セナが口にした「集中」という言葉を、私たちは「余計なことを考えず、一点だけを見据える」という意味で捉えがちですが、彼の場合はその逆でした。セナの考える集中とは、「自分を取り囲むあらゆる要素、つまりレースにおけるその時々の状況、サーキットやマシンのコンディション、天候などを完全に理解すること」でした。要するに、ゴールの一点だけを見据えて走るのではなく、視野を広く持って周囲を冷静に観察しながら走るというアプローチです。

デビューして間もない頃のセナは、速く走りたいと気が急くあまり、マシントラブルやアクシデントを起こすことが度々ありました。ただ速く走るだけではトップに立てないと気付いたセナは、「自分の感情をコントロールし、置かれているシチュエーションを完璧に読み解くこと」を信条とします。何度も失敗を繰り返しますが、その失敗の繰り返しこそが彼の集中力を研ぎ澄ましていったのです。その先に3度のチャンピオン獲得という栄光があったことは言うまでもありません。

社員の人生や会社の未来を一身に背負う経営者もまた、並大抵ではない集中力が求められますが、「成功したい」と気が急くあまり、周りが見えなくなっているときはないでしょうか。そんなときこそセナの言葉を思い出し、「自分や会社の置かれているシチュエーションを読み解くこと」に集中してみてください。

そして、もう1つ忘れてはならないのが、集中を支える「原点」です。誰しも集中力を維持することは簡単ではありません。なぜ、セナは維持できたのか。それは、一選手としての重圧だけでなく、故郷の未来も背負って戦っていたからです。

セナは生前、獲得した多額の賞金を匿名で、故郷・サンパウロ(ブラジル)の病院や施設に寄付していました。レースを終えるたびに貧富の差が激しい故郷へと戻り、その現状を見て「故郷のために負けられない」と気持ちを新たにし、次のレースに向かう。それが彼の原動力だったのです。

自分の原点は何か。自分は今どこに立っているのか。冷静に考えていけば、視界はクリアーになり、進むべき道が自然と明らかになります。その先にはきっと、「成功」という勝利のチェッカーフラッグが見えてくるはずです。

出典:『セナ(RiversidePress)』(桜井淑敏、谷口江里也(著)、早川書房、1996年12月)

以上(2024年6月作成)

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