書いてあること

  • 主な読者:現在・将来の自社のビジネスガバナンスを考えるためのヒントがほしい経営者
  • 課題:変化が激しい時代であり、既存のガバナンス論を学ぶだけでは、不十分
  • 解決策:古代ローマ史を時系列で追い、その長い歴史との対話を通じて、現代に生かせるヒントを学ぶ

1 会社機構と国家機構

粉飾決算、不正融資、損失補填、利益供与、入札談合など、これまで数多くの企業不祥事が報じられてきました。あまりなじみのなかった不祥事の用語もすっかり聞き慣れたものとなり、程なくまた、次の新たな不祥事の用語が表れ、報道されます。

こうした企業不祥事のたびに、コーポレート・ガバナンスの話になります。コーポレート・ガバナンスは、元来、企業の不正行為の防止だけでなく、企業の競争力・収益力の向上も含め、長期的な企業価値の増大に向けた企業経営の仕組みのことを意味します。企業不祥事が発生すると、当然、不正行為の防止に主眼を置いたコーポレート・ガバナンスの議論がなされます。そして、コーポレート・ガバナンスの強化に向けた法規制が施され、会社機構が見直されることになります。

お気付きの方も少なくないと思いますが、会社機構は、国家機構を模写して制度設計がなされているため、よく似たところがあります。現代日本の国家機構に対しては、様々な意見もあるかと思いますが、会社と同じく、抑制と均衡が求められる形態として変遷してきた国家機構の思想から、会社機構に取り入れられた機関や規制は幾つもあります。

国家機構と会社機構の最も単純な相似性でいえば、立法・行政・司法という三権について、国家機構では国会・内閣・裁判所という構成であるのに対し、会社機構では株主総会・取締役会・監査役会という構成でできていることが挙げられます。ここでは細かな点は割愛しますが、国家機構における様々な工夫や思想が、会社機構の機関や規制に生かされており、従って似たところがあるのです。

しかし、どうも腑に落ちないところもあります。参考にすべきところを取り入れ、似たところがあるとはいえ、現代の国家と会社は、やはり本質的に異なります。現代日本の国家機構は、民主主義を体現するにふさわしい形態として設計され、見直されているはずであり、株式会社をはじめとする会社機構が目指す姿や実際の社会での役割とは大きな違いがあります。企業は、顧客、市場、従業員などの声に耳を傾けるべきではありますが、決して民主主義的とは限らず、むしろ、民主主義的な運営が弊害となる場合すらあります。そんなことから、現代日本の国会機構と対比するより、帝政ローマの形態と対比するのがよいのかもしれないと直感的に思い、考えてみました。少なくとも、コーポレート・ガバナンスや会社機構を見つめ直す際に、一つのアナロジーとして帝政ローマの形態を眺めてみることには意味がありそうです。

2 帝政ローマの機構・形態

以前、ご紹介した通り、ガイウス・ユリウス・カエサルから後継者指名を受けたオクタヴィアヌス(のちのアウグストゥス)は、時間をかけて、ひっそりと帝政ローマという形態を築きました。合法的に得られたものを組み合わせ、政治的に調和された皇帝という地位がいつの間にか、気付かぬうちに存在していたのです。

このようにして創設された帝政ローマは、実に微妙なバランスの上で成り立っていました。皆さんがイメージされる帝政や王政といった君主政は、圧倒的な軍事力、経済力、統治力によって築かれた厳然たる地位に一人の権力者が就き、平民のことなど顧みず、横暴も許されるような形態かもしれません。そういった君主政も実際、存在しました。

しかし、帝政ローマは、そのような形態ではありません。帝政ローマの皇帝という地位は、合法的に得られたもの、すなわち、元老院からの権力委託の承認、市民からの権力委託の承認、軍団からの忠誠誓約が組み合わされて築かれているため、厳然たる地位とは言い難く、バランスを上手に取らなければ簡単に転げ落ちてしまうのです。

これを会社に当てはめてみます。比較的大きいBtoC企業をイメージすると分かりやすいかもしれませんが、皇帝を経営者に、元老院を株主・株主総会に、市民を一般消費者に、軍団を従業員に置き換えて考えてみましょう。

共和政期に比べると、元老院の権威は低下しましたが、経済的な実利を握り、承認機関としての政治的な権限も有していました。少なくとも紀元2世紀あたりまで、皇帝は、強大な権力を持ちながらも、元老院の権威を尊重し、統治を行っていました。資本構成などにもよりますが、経営者が株主(総会)からの意見に耳を傾け、信頼に応えつつ、経営においては裁量を持って手腕を振るう姿と重なるところがあります。

皇帝は、市民からの世論や人気に支えられていましたが、BtoC企業においても、一般消費者からの支持や人気、それに基づく購買行動は、経営状況に直接的に好影響を及ぼすだけでなく、経営に対する評価として、経営者の地位を支える働きがあります。皇帝が市民のご機嫌取りのために「パンとサーカス」、すなわち食糧と娯楽を提供していたことは、市民を政治的盲目にさせたといわれるところではありますが、経営者が一般消費者に受け入れられるように、いろいろな工夫やアイデアを実践する姿と似ているといえるでしょう。

次に、皇帝と軍団の関係を見てみましょう。軍団は皇帝に対して忠誠を誓約し、国家の繁栄と防衛のために働き、皇帝はその働きに対する対価を与えるだけでなく、軍事的意義や価値を示し、士気を高めるよう振る舞います。最近では、働き方が多様化しており、会社と従業員との関係が変わってきていますが、経営者は、従業員に対して給与を支払うだけでなく、会社としてのビジョンや事業が有する価値をうたい、従業員がやる気を持って高いパフォーマンスを発揮できるよう働きかけます。このように当てはめてみると、アナロジーの一つとして考えられないでしょうか。

3 微妙なバランスがもたらす長期的な健全性

会社の経営者は、多くの場合、皇帝ほど微妙なバランスの上で成り立っている存在ではないかもしれません。多くの経営者は、資本政策や多数派形成などにより、安定的な地位を築いている場合のほうが多いでしょう。しかし、それは健全といえるでしょうか。

微妙なバランスの上で成り立つためには、高度な経営力を要します。株主総会、一般消費者、従業員の三方のバランスを上手に取り、三方が納得する経営があって初めて、経営者としての地位を保てることになります。三方のいずれかにおいて、不満や反対が起こり、経営として落第点が付いたら、次の経営者にバトンが渡される。そのほうが会社にとっては健全といえるのではないでしょうか。

そんな不安定な地位を自ら作る経営者はいないでしょうが、この微妙なバランスのほうが、より長く健全に会社が存続するように思います。経営者が盤石な地位にいると、三方のバランスが崩れていても、その悪い状態を抱えたまま経営が続きます。そして、会社としては破綻することすらあるのです。そのように考えると、株主総会、一般消費者、従業員の三方の微妙なバランスの上で成り立つ形態というのは、とても貴重なように思われるのです。

帝政ローマでは、皇帝が実に微妙なバランスの上で成り立つという形態であったために、次から次へと新たな皇帝にバトンが渡される時代がありました。愚帝の時代、混乱の時代などといわれていますが、帝政ローマの形態は維持されていきます。少々駆け足になりますが、そんな時代を振り返ってみましょう。

4 ローマの混乱期

ティベリウスが亡くなり、皇帝の座に就いたのは、24歳のカリグラでした。カリグラは、初代皇帝アウグストゥスの血を引く、若く美しい青年で、元老院からも市民からも大きな歓迎を受けて皇帝になったのですが、その人気に固執したためか、剣闘士試合や戦車競走のスポンサーになるなど、人気取り政策のために莫大な国費を使い、財政を破綻させてしまいます。そして、皇帝を守るための近衛軍団の手によって暗殺されました。

そして、近衛軍団に担がれて、50歳のクラウディウスが皇帝に就任します。クラウディウスは、皇位継承の候補者からは外れていて、それまで歴史研究だけに没頭してきた人物でしたが、皇帝になると財政を見事に立て直し、ブリタニア(イギリス南部)遠征を成功に導くなど、着々と責務を果たしました。しかし、クラウディウスの性格や生来のハンディなどから周囲から畏敬の念を抱かれることがなく、臣下や近親者の横暴を止めることができませんでした。最後は、4番目の妻である小アグリッピーナに毒殺されたといわれています。

実子ネロをクラウディウスの養子とさせていた小アグリッピーナの思惑通り、16歳のネロが新皇帝に就きました。暴君として有名なネロですが、当初は、哲学者のセネカや近衛軍団だったブッルスの補佐を受け、元老院からも市民からも支持される政治を推進していました。しかし、セネカが引退すると、キリスト教徒迫害の先鞭となった「ローマの大火」をはじめ、悪行に悪行を重ねていきます。このようなネロに対して、次々と暗殺や反乱が企てられました。そして、最後は、近衛軍団も反ネロに加わり、元老院もネロを「国家の敵」と宣告し、市民もネロを見限ります。皇帝としての正当性を失ったネロは自死しました。

ここまでで初代皇帝アウグストゥスの血統による皇帝は終わります。この後も混乱が続き、ガルバは7カ月で暗殺、オトーは3カ月で自死、ヴィテリウスは8カ月で処刑という危機的状況に陥りますが、常識的で責任感のあるヴェスパシアヌスが皇帝に就いたことで、一時的に秩序が回復されました。

皇帝という微妙なバランスの上に成り立つ最高権力者が次々と代わり、混乱が続きましたが、帝政ローマという形態は維持されました。これは帝政ローマという形態が機能したからこそ、皇帝にふさわしくない者が打倒され、次の担い手にバトンが渡されていった結果といえるかもしれません。

5 アナロジーとしての歴史

現代に生きる私たちにとって、帝国や帝政というと、邪悪なイメージがあります。映画などでも、民主主義、自由主義、平和主義の真逆にいる敵として、帝国や皇帝が描かれています。しかし、人類の歴史を振り返れば、過去2500年間、世界で最も一般的な国家機構は、帝国や帝政と呼ばれる形態でした。現代の国家観としてはいかなものかとは思いますが、先ほども申し上げた通り、現代の会社と、帝国や帝政を見比べてみると、興味深い気付きがあります。特に、帝政ローマについては、共和政から微妙なバランスの中で生まれたという背景もあり、民主主義を体現する現代国家の中にある会社と、符合する点が見られます。

歴史の中の人物や組織、出来事などは、現代の私たちの社会とは大きく異なる環境ならではという側面もありますが、やはり同じ人間として似たようなところがあります。これらをアナロジーとして捉え、現在の自分たちに置き換えてみることで、新たな発見があるように思うのです。

以上(2021年10月)
(執筆 辻大志)

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画像:unsplash

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