勝負事は、強者が必ず弱者に勝つわけではありません。こうした例は枚挙にいとまがありませんが、ここで注目したいのがサッカーの関西1部リーグ(J5相当)に所属する「おこしやす京都AC」です。2021年の天皇杯(JFA 全日本サッカー選手権大会)の2回戦で、Jリーグ(日本プロサッカーリーグ)1部(J1)のサンフレッチェ広島を相手に、5対1で勝利したのです。

この「ジャイアント・キリング(大番狂わせ)」の立役者こそ、おこしやす京都ACで戦術兼分析官を務める龍岡歩(たつおかあゆむ)さんです。サッカー未経験にもかかわらず、サッカーの試合の戦術に関する鋭い観戦ブログが評価されて戦術兼分析官にスカウトされた異色の経歴を持つ龍岡さんに、弱者が強者に勝つための戦術をお聞きしました。
大企業を相手に競っている中小企業の経営者の方々にとって参考になるお話を、前編(今回)と
後編の2回にわたってご紹介します。

1 メンバーに「強者が相手でも勝てる」と思わせる

弱者が強者に勝つためにまず必要なことは、選手たちに、相手が強者であっても、「勝てる」と思わせることです。

1)最初の15分の実績で自信を持たせる

2021年の天皇杯でサンフレッチェ広島(以下「サンフレッチェ」)と対戦する際に最も重視したのは、最初の15分間の入り方です。口では「相手も同じ人間、同じ11人だ」と言っても、やはりサンフレッチェのユニフォームを来た選手たちを目の前にすると、やたらと上手に見えてしまうものです。心理的に、サンフレッチェ、J1チームという「名前」に負けてしまっている状態です。
実は2015年にJ3(3部、当時)の藤枝MYFCで分析官を担当していたときに、やはり天皇杯でJ1の清水エスパルスに4対2で勝利したのですが、最初の15分で2失点をした経験がありました。ですので、選手たちが最初の15分間はガチガチになることも想定していました。

龍岡さんの画像です

<>「いかにJ1チームでも、同じ人間だ」と思える状態に立ち返るためには、何といっても結果を出すことです。サッカーでいう結果とは、スコアボードを見ると「ゼロ対ゼロ」になっていることです。たとえ一方的に押される展開で、シュートを雨のように打たれても、得点が入っていなければ、形の上では「互角」の状態です。逆に、最初から1点、2点と失点が続くと、選手たちは自然と「やっぱりJ1は違う」と考えてしまいます。とにかく相手をゼロ点に抑えることで、選手を「やれるんじゃないか」というメンタル状態にすることが大事ではないかということを首脳陣と話し合っていました。

2)起こり得る事態を全て事前に伝えておく

そのために試合前、選手たちには、最初の15分で起こり得る事態を全て伝えておきました。多くの選手は、最初の15分の展開について、ほとんどイメージできていないか、楽観的にイメージしているものです。そして、いざ試合が始まってJ1の選手のスピードや技術を目の当たりにすると、「やっぱり勝てない」となってしまうわけです。
ですから、選手たちには、監督から「君たちがどう思っているか分からないけれども、最初の15分は一方的に押されるし、君たちが思っている以上に自分たちのプレーはできないよ」ということを伝えました。
ただし、マイナス思考にはならない伝え方をすることも重要です。「もともとの実力差を考えれば、最初の15分でゼロ対2で負けていても問題ない。だから、たとえシュートは20本打たれても、サンフレッチェ相手にゼロ対ゼロだったら、うちは勝っているくらいに思えばいい」という思考方法にマインドセットをする必要があります。もちろん、藤枝MYFCがかつて15分で2点取られた後に逆転した際の状況についても監督はじめ首脳陣で共有するようにしました。
さらに、「15分頑張ったら、相手は焦ってくる。ゼロ対ゼロの状況が長くなればなるほど、相手は焦って必ずバランスを崩す。前半の終盤や後半には、必ずうちにチャンスが来るから、15分を耐えたらワンチャンスあるから面白いよ」という想定も監督とは話し合っていました。
このような話は恐らく試合前に監督からも選手に伝わっていたはずです。そのため、実際に最初の15分をゼロ点にしのいだことで、選手も「いける」という気持ちになったのではないでしょうか。

3)勝てる根拠をデータを使って論理的に示す

データ重視の時代性というか、今の20代の若者たちには、根拠のない精神論だけで「大丈夫だ」と言ってもなかなか響きません。普段からどうすれば若い選手たちに刺さるような伝え方ができるのか考えているのですが、「大丈夫だ。なぜならば……」と、データとセットにして論理的に説明すると、納得してもらいやすい傾向があると思います。
サンフレッチェ戦の対策を練る会議の場で、私が「これ、10回のうち3回は勝てるチャンスのある試合だよ」と話をしたとき、最初は監督やコーチも「えー、またまた」みたいな反応をしていました。彼らもようやく30代半ばに差し掛かろうかという若いスタッフでしたから、選手と似たような反応をするんですよね。
ですが、私は事前にサンフレッチェの試合を徹底的に分析して、相手メンバーや試合展開を想定していましたので、具体的に「なぜ勝てるのか」という根拠を、論理的に説明できました。説明をするうちに、監督やコーチも「勝てるかもしれない」という気持ちになってくれたのではないでしょうか。実際には、サンフレッチェのスターティングメンバー11人のうち、9人しか事前想定が当たらず、分析官としてそこまで褒められた精度ではないのですが、彼らの自信にはつながったはずです。

4)どんなチームにも必ず弱点はある!

事前の分析でサンフレッチェに勝てると思った根拠は、サンフレッチェは、守りの要であるセンターバック(CB)というポジションに穴があったことです。サンフレッチェは中2日というタイトなスケジュールで試合に臨むため、ベストメンバーをそろえられないことが想定され、特にCBの駒が足りていないことも分かりました。守りの要であるポジションに、試合勘のない選手か、ディフェンスが本職ではない選手を配置するしかないわけです。
そもそも、「本当にスキがない」と思うチームは、世界を見渡しても本当にトップの5%程度しかないと思います。今まで対戦してきた相手で、10回戦っても1回も勝てないと思ったチームは1つもありません。もちろん、例えばJ1のリーグ戦のように、J1のチームが最も高い重要度で試合に臨んでくれば厳しいでしょうが、賞杯をかけたトーナメント戦などの試合で実力差のあるチームと戦う場合、J1のチームがリーグ戦と同じ重要度で戦うことはまずありません。そうしたギャップがある限り、J1チームであっても勝てるチャンスがあると思います。
分析官として当然のことですが、試合する相手に勝つための方法は、探せば必ず見つかると思って分析しています。もちろん強者に勝つ方法を見つけるのは簡単ではありませんが、実力差があると、「ここを突くしかない」という部分が限られるので、分析しやすいという側面もあります。逆に自分たちと同程度か実力の劣るチームが相手だと、「これもいけそうだし、これもいけそうだ」となって、戦い方がぼやけてしまうことがあります。

天皇杯の画像です

5)局地戦に持ち込めば弱者にも勝機あり

弱者が強者と戦うときに総力戦をしてしまうと、総合力がものを言ってしまうので、勝ち目はありません。いかに局地戦に持ち込むかが重要になります。
サッカーの場合、ボールは1個ですので、基本は局地戦の積み重ねともいえます。それぞれの局面で、ボールを持っている選手と守る選手との1対1ないし1対2の戦いになります。盤面上に相手チームと自分のチームの選手のポジションを落とし込んでいけば、両チームのどの選手がマッチアップするのか想定できます。そのマッチアップを並び替えていき、相手チームの一番弱いところに自分のチームのエースを配置することで、局地戦で勝てる要素が生まれます。
相手の弱いところに自分のチームのエースを配置するということは、自分たちの本来のスタイルとは異なる戦術を取ることでもあります。一見、不利なように思えますが、総力戦では勝ち目がないので、勝つ可能性を考えれば、相手に合わせてスタイルを変えざるを得ません。それに、局地戦に勝てる場所にエースを配置することで、チーム内に、「そこから勝負するんだ」という意識を明確に植え付けることができます。サンフレッチェ戦では、CBに照準を絞り、焦って前掛かりになった相手ディフェンスに対して、その裏のスペースを突いてカウンター攻撃をするという戦術が奏功して、5点も取ることができました。

6)チャレンジャーでいることの心理的な優位性を活かす

そもそも、弱者と強者が戦うときに心理的に有利なのは、チャレンジャーである弱者の側だと思います。失うものは何もありません。しかも、J1チームのようなネームバリューのあるチームとの対戦となれば、普段の試合では監督やコーチが頑張ってもなかなかモチベーションが上がらないような選手でも、「J1チームに一泡吹かせてやろう」と、勝手に盛り上がってくれます。
これに対して、挑まれる側の強者は、J1チームであればJ1のリーグで優勝することが目標であって、J1に所属しない弱者と戦うことへのモチベーションはありません。J1のリーグ戦を照準にしてスケジュールを組んでいますし、選手も監督もサポーターの方々も、勝って当たり前という見方をしています。それは選手にとって、プレッシャーになるか「おごり」になるかのどちらかにつながるわけですが、いずれにしても勝負にとってプラスにならない作用が働きます。
サンフレッチェ戦では、最初の15分で得点を入れられなかったことで、相手に「勝って当たり前」というプレッシャーがのしかかったことが有利に働きました。特にサッカーというスポーツは得点が入りにくいので、90分の一発勝負で実力差が反映されにくく、何が起こるか分からないという特徴があります。中でも天皇杯は、かみ合わないほどレベルが違うチームが対戦することもある、特殊な舞台だと思います。

2 強者の弱点の見つけ方

どんな強いチームにも、必ず弱点はあるものです。実は、強者の強みを分析することが、弱点を見つける際のヒントになることがあります。なぜなら、強みと弱点というのは、表裏一体の関係にあるといえるからです。

1)“世界最強”FCバルセロナの意外な弱点

2008年から2012年にかけて、ペップ・グラディオラ監督が率いたスペインのFCバルセロナ(バルサ)は、リオネル・メッシ選手を中心とした、“世界の1強”とも言われるほど圧倒的な強さを誇るチームでした。
メッシ選手は、2009年から2012年の4年連続を含む7回のバロンドール(年間最優秀選手)を受賞している、名実共に世界一の選手ですが、唯一といってもよい弱点は、身長が高くないということです。ここに目を付けたのが、アトレチコ・マドリードのディエゴ・シメオネ監督でした。アトレチコ・マドリードは、ゴールの両サイドの守りを捨てて、ゴール前だけを固める戦術を取りました。サイドから高いボールでゴール前にパスを蹴り込まれても、ヘディングで得点を許す可能性は低いと考えたのです。むしろ、バルサが得意としないサイドからの攻撃を繰り返させる“わな”に導き、相手の得点力を削ぐことに成功しました。
アトレチコの戦術は、メッシ選手だけでなく、バルサというチームを徹底的に分析したことによって導き出された戦術です。そもそもバルサというチームは、華麗なパス回しと個人の高いテクニックによってボールを支配し続けて、相手を圧倒するスタイルで知られています。そのため、スピードとテクニックの点で優れた選手を集め、育成しており、「一点突破型戦術」を強みとしています。強い側面だけを見ると確かに強いのですが、その裏側には、弱点があるものです。
当時のバルサは、海外から背の高いフォワード(得点を取る役割)の選手を獲得したこともあるのですが、チーム内でうまくかみ合わずに、結果的に1年で放出したケースもありました。シメオネ監督は、そうしたバルサの「同質性」を逆手に取ったのです。

2)日本の強豪チームに多い「同質性」

バルサを例に出しましたが、チーム内に同じようなタイプの選手が集まる現象は、特に日本のチームに多く見られる特徴のように思います。しかも、強豪チームと呼ばれるチームほど、「同質性」に固まる傾向がみられます。現在のJ1リーグのチームも、強みのあるチームほど、穴も見つけやすいといえます。
結果を出しているチームほど、「今のスタイルが正しい」ことが実証されているため、少しタイプの違う「異分子」がチームに入ってきても評価されず、排除されやすくなってしまうのです。

3)勝ちパターンへの固執が戦術の幅を狭める

サッカー界の究極の命題として、自分たちのスタイルのサッカーをするのか、相手チームに合わせて、相手が嫌がるサッカーをするのか、というものがあります。どのチームも、完全に自分たちのスタイルでやることも、完全に相手に合わせることもなく、どの程度の比重にするのかを選択しています。
おこしやす京都ACのような実績のないチームであれば、メンバーも自分たちのスタイルへのこだわりがそれほど強くありませんので、対戦する相手次第で柔軟に戦術を変えることに抵抗がありません。ですが、結果を出しているチームのメンバーは、「どうしていつもと違うことをやるの? これまで勝ってきたのに」と考え、自分たちのスタイルに固執してしまいがちです。
自分たちのスタイルに固執することは、結果的に、戦術の幅を狭めることにつながります。勝負の世界では、プラスには働かない要素だといえます。ですから、目の前で勝利のサイクルが回っている裏で、衰退の要因も溜まってきているという見方もできます。
強者のスタイルは、その時代のサッカースタイルのトレンドになり、弱者もそのトレンドを追いかけてしまいがちです。ですが、弱者が強者と同じスタイルを追随したところで、資金力があって優秀な選手を獲得できる強者にはかないません。強者のスタイルに対して、「今ある戦力で、どのようなやり方をすれば勝てるのか」を追求することで、弱者に勝機が生まれます。その時代のサッカースタイルを打破する新たなスタイルは、必ず弱者の側から生まれるものです。

4)強者のスキになる「美学」

私は「戦略スポーツ」である将棋の観戦も好きなのですが、近年はAIがプロ棋士よりも強くなってしまいました。人間であるプロ棋士とAIの違いとして、プロ棋士が無意識に避けている戦術を、AIは躊躇(ちゅうちょ)なく取っていることがあります。人間には「美学」があって、「そんな勝ち方をしても」という無意識の思いが、戦術の幅を狭めてしまっている部分があるのです。
これはサッカーにも当てはまります。強いチームに所属する選手やスタッフは、戦術の幅があるだけに、無意識のうちに「美しく勝つ」ことを選んでいます。極端な例ですが、仮にスペインの強豪チームであるレアル・マドリードが、目先の勝利のために全員で時間稼ぎをしたら、サポーターからブーイングが起こるでしょうし、強豪チームに所属する一流の選手であれば、そんなことはやりたくないと思うはずです。
ビッグなチームになればなるほど、「外からどう見られているか」を気にするものです。戦術的に見ると、これは幅を狭めていることになります。人間に感情がある以上、必ず生まれるスキともいえ、弱者が突ける点です。
強者を相手にした弱者は、「泥臭くても勝てばいい」と考えますし、サポーターも「勝ちさえすればいい」と思って応援してくれます。美学を守って勝つのではなく、「勝つこと自体が美しい」と考えられるのが、弱者の強みです。ですから、実は弱者の戦術の中には、「あ、それやっちゃうの?」みたいなところから生まれるものもあります。

前編はここまでです。後編では、弱者には欠かせない、今いる人材を最大限に活かすチームづくりの方法についてお聞きしています。

【参考文献】
「サッカー店長の戦術入門「ポジショナル」VS.「ストーミング」の未来」(龍岡歩、光文社、2022年2月)

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2022年11月24日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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