年間1000人以上の経営者と会い、人と人とのご縁をつなぐ代表世話人杉浦佳浩氏。ベンチャーやユニークな中小企業の目利きである杉浦氏が今回紹介するのは、浅谷 治希(あさたに はるき)さん(株式会社ARROWS代表取締役CEO)です。

「先生から、教育を変えていく。」を掲げる浅谷さんたちは、教育分野の中でも他社がやらない「学校教育の改革」に挑戦しており、徹底を極めた「先生ファースト」のビジネスモデルは他に類を見ません。
他の人が手を出さない領域にチャレンジし、試行錯誤を繰り返しながらとにかくゴリゴリやり切っていく。そんな浅谷さんが展開するサービス「SENSEI(せんせい)ノート」や「SENSEI よのなか学」に登録している先生は、なんと全国約9万人。しかも登録・利用は無料!
「人は生まれた瞬間は、親も地域も選べない。教育は、そのスタートラインの差異をカバーできるツールのはず。教育を変革することで、世の中の不平等をなくしたい」と浅谷さん。そこには目からウロコの教育ビジネスモデルがありました。日本中、そして世界にまでも広がっていきそうなサービス内容と、「逆張りするのがポリシー」な浅谷さんご自身の考え方などをご紹介します。企業が今後、子どもたちの教育に関わるヒントにもなるかと思います。

1 「先生から、教育を変えていく」ARROWSが目指すのは

浅谷さんたちARROWSが掲げるミッション・ビジョンは次の通りです。

ミッションの画像です

ビジョンの画像です

(出所:ARROWSのウェブサイト)

浅谷さんはこのミッション・ビジョンに込めた思いを次のように語ります。浅谷さんが、他社が手を付けない「学校教育」というフィールドを選んだ理由が見えてきます。

「『世界的課題に取り組む、知性の体現者であり続ける』というミッションの意味は、『今まで培ってきた知性は人が解決できないような困難な課題にぶつけよう。そういうのを解決していく事で世の中よくなっていくよね』ということです。なので、立ち上がる地面とか土台が他の人が無理だと言う領域しかやらないというやり方をしています。同じような会社は世界中に1社もありません」

「今、国内には、小学校・中学校・高校までで100万人くらいの先生がいます。その先生のもとに1200万人の子どもたちが通い、さらに1200万世帯の保護者がいます。学校は人口の3分の1以上をカバーしていて、それを支えているのが先生たちと考えると、先生とはとても大事な仕事だと思います。その方たちを応援しない手はないと感じています」

 この言葉通り、とにかく常に「先生のためになること」を考え実践している浅谷さんたちARROWS。まずはARROWSの主なサービスについて、浅谷さんのお話などを基にご紹介します。

1)先生限定の“オンライン職員室”「SENSEI ノート」

「SENSEI ノート」とは、ずばり、先生向けの

大きな“オンライン職員室”。しかも先生の登録・利用は無料

です。
先生たちの世界は、教室や学校の中で閉じてしまいがちで、同じ課題を抱えているのにもかかわらず情報共有がしにくい。そうした課題に着目した浅谷さんが発案した、全国各地の先生同士がつながるオンラインコミュニティです。「オンライン上に仮想のでっかい職員室を作って情報共有ができれば、自校内で解決できない問題でも、他校の先生からアドバイスをもらうことができるのでは」と考えたそうです。

せんせいノートの画像です

(出所:SENSEI ノートウェブサイト)

面識のない先生同士が質問・回答し合うこの「SENSEI ノート」、なんと、書き込まれた質問への回答率は驚きの100%! 課題や悩みを書き込むと、先生同士で、必ず熱心に回答してくれるサービスになっているとのこと。
考えてみると、先生になる人は、子どもの教育や未来、社会を良くすることに高い志を持っている人が多いイメージなので、お互いに共感しやすく、困っている先生を見たら力を貸したくなる、応援したくなる雰囲気が生まれやすいのかもしれません。

例えば2020年3月ごろには「コロナ禍の卒業式」の問題が大きく取り沙汰されていました。当時は、文部科学省も自治体も「やるのかやらないのかは学校で決めてください」。一方、どういう基準でやるか決めるべきか、経験したことのない事態に困り果てる学校現場……。
そんな中、ある先生が「SENSEI ノート」に「皆さん、どうしますか」と書き込んだのをきっかけに、「うちはこういう基準で(卒業式を)やると決めました」「うちはこういう理由でやります」という書き込みがバーっと集まり、たくさんの先生がそれを見に来たそうです。これは、先生からすると、とても心強いサービスではないでしょうか。困ったら同じ立場にいる誰かに聞ける、一人じゃない。まさに“オンライン職員室”です。ウェブサイトのログイン前に公開されている質問を少しだけご紹介します。先生たちの真剣な悩み、志が伺えます。

●「SENSEI ノート」に寄せられる先生からの質問・悩み例

  • 二分の一成人式について取り入れている小学校は多いのでしょうか(小学校)
  • 席替えのしかたでいつも悩んでいます(小学校)
  • (公立中学の)部活動のシステムに疑問を感じています(中学校)
  • 生徒の提出物に対する評価基準について悩んでいます(中学校)
  • 数学をする(学ぶ)動機付けを生徒にどう伝えますか(高校)
  • 生徒のスマホについての規制と教育は、どうしていますか(高校)

(出所:SENSEI ノートウェブサイト公開資料)

こうした先生同士の助け合いや議論が繰り広げられているかと思うと、何か胸が熱くなります。この「SENSEI ノート」、いまでは4万人の先生(3万校近くの学校)が登録し(2022年7月時点)、教材やノウハウのシェアも行われています。高校の登録率(1校で1人以上、先生が登録している場合は「1校」とカウント)は実に98%に上ります(下記図)。

●「SENSEI ノート」のサイトはこちら

せんせいノート登録率の画像です

(出所:SENSEI よのなか学ウェブサイト)

2)先生向けに「企業コラボ教材」の無償提供「SENSEI よのなか学」

「SENSEI ノート」が大きくなり、これ以外にも先生たちをサポートできないかと目を向けたのが、授業のサポートでした。「SENSEI よのなか学」です。これは、

企業とコラボして教材を作り、先生に提供。先生は無料で完全オリジナルな授業ができる

というものです。

例えばGoogleとコラボした「ITリテラシーの授業」、サントリーとコラボした「熱中症対策」などその企業の知見やノウハウ、強み、いわばその道のプロが提供する情報がギュッと詰まった授業は、子どもたちに生きた社会、ビジネスを伝えることができます。
また、浅谷さんたちがこだわっているのは、「先生が教えやすい教材にする」こと。よくある「企業の中の人」が学校に来て先生の代わりに授業を行うのとは違って、

子どもたちに教えるのはあくまで先生。教材・題材を企業が作る完全オリジナル

なのが大きな特徴です。浅谷さんたちは徹底的に「先生を一番幸せにすること」にコミットしているので、「先生が教えやすいようにする」が大事です。実際に、先生から「めちゃめちゃ自分たちのことを分かってくれている教材が来た」と喜んでもらっているそうです。

●「SENSEI よのなか学」のサイトはこちら

よのなか学_先生の声の画像です

(出所:SENSEI よのなか学ウェブサイト)

「SENSEI ノート」「SENSEI よのなか学」などを合わせると、浅谷さんたちのサービスに登録している先生は、約9万人に上るそうです。

3)「SENSEI よのなか学」の事例

ここで、浅谷さんが教えてくれた「SENSEIよのなか学」の事例を一つご紹介します。
「SENSEI よのなか学」×集英社の事例です。下記の画像を見ただけで、もうワクワクします。

「SENSEI よのなか学」×集英社の画像です

(出所:SENSEI よのなか学ウェブサイト)

この集英社とのコラボは、浅谷さんたちが先生に調査して分かった「宿題に一つ一つコメント書くのが大変」「スタンプ、ハンコ系の備品を多くの先生たちが自腹購入している」課題感から生まれたものです。「ONE PIECE」のキャラクター&褒め言葉スタンプを1万セットつくり、先生に無料配布しました。「5日間で全国の小学校30%の6000校から申し込みがあり、大大大反響でした!」とにっこり笑顔の浅谷さん。これは素晴らしい取り組みですね!

スタンプの画像です

(出所:SENSEI よのなか学ウェブサイト)

このコラボがヒットしたのは時期的なものもあるだろうと浅谷さん。ちょうどコロナ禍が始まった2020年夏ごろに実施した企画で、「学校では喋らない」「黙食」などで子どもたちも元気がなくなっていたこのころ。言葉に出さなくても子どもたちを褒めることができる、子どもたちを喜ばせることができると、先生たちから大好評だったそうです。

2 浅谷さんの周りにあふれる「応援」と「逆張り」ポリシー

浅谷さんのプロフィールや考え方などを伺っていると、ひとつ、

「応援」というキーワード

が浮かび上がってきます。まず、「先生を一番幸せにしたい」と言い切るくらいの浅谷さんから先生への応援。そういうアツい思いを持って諦めずに進む浅谷さんへの、先生や周りからの応援。この両方の「応援」があるからこそ、事業が成り立っているように感じます。浅谷さんのプロフィールを振り返ってみました。

1)わずか3日間で「SENSEI ノート」のプロトタイプを作る

浅谷さんは大学卒業後、通信教育の大手企業に就職し1年半ほど勤務したのち、スタートアップへ転職。その後の2012年、浅谷さんはスタートアップハッカソン「Startup Weekend」に参加します。この3日間のハッカソンでできたのが「SENSEI ノート」の原型です。

「その3日間で『SENSEI ノート』のアイデアを持ちこんでプロトタイプを作ってみて、もっとやったほうがよいと思い、翌日に退職願を出しARROWSの前身、株式会社LOUPEを創業しました」と浅谷さん。ちなみに、Startup Weekendで浅谷さんの「SENSEI ノート」は入賞し、世界大会への出場も遂げています。

2)夜行バスで地方へ向かい先生の課題に耳を傾ける日々

わずか3日でプロトタイプを作り、入賞。独立を決めて翌日には退職と、一気に展開するかのように見えた「SENSEI ノート」ですが、その後の道のりは平坦ではありませんでした。まず、最大の顧客であり幸せにしたい「先生」の知り合いが、学生時代の友人1人しかいない状態。

ここから浅谷さんの、ある意味、野性味あふれるスタートアップ魂が燃え盛ります。

「当初は、そもそも先生がどんな課題に困っているのかが分かりませんでした。なので、まずは先生たちに会いに行こうと思いました。先生たちが週末に行っておられる勉強会にどうにかして参加して、懇親会で仲良くなった先生から課題を聞くといったことを、ずっとやっていました」
「先生たちに会うために、東京だけでなく、地方へも夜行バスで行っていました。先生たちのイベントに参加し懇親会が終わったら、また夜行バスで帰るという生活をしていました。当時は本当にお金がなかったので、夜行バスをよく使っていましたし、だいたい宿は、そのときに知り合った人の家に泊めてもらったりしていました」

この行動力と巻き込み力。浅谷さんのアツい思いと真っ直ぐな人柄があったからできることだと思います。そのときに知り合った先生はいまだに仲良しで、結婚式のスピーチに呼ばれたり、会社の移転祝いが贈られてきたりするそうです。すごすぎるコミュニケーション力です。

3)「応援」がつながりをつくる

先生たちを応援したい浅谷さん、逆に先生たちから応援されることも多いようです。

「先生たちは、周りから批判されること、たたかれることはあっても、(先生たちを)応援してくれる人は、なかなかいないのが実情。なので、僕に対しても『こんな若者が自分たちのことを応援しようと頑張っているぞ。自分たちも浅谷を応援しないと』と。先生たちから直筆のお手紙やお電話いただくこともあります」

先生たちからこれほど応援され、愛されている企業は日本中探しても他にないと思います。

「応援」に関しては、もう一つ、印象的なエピソードがあります。起業して間もない2014年~2016年ごろ、浅谷さんはなかなかうまくいかず苦労していました。一軒家を借りて仲間皆で住み込み、24時間仕事漬けの日々。振り返ると、当時の浅谷さんたちは「名もなきベンチャー」。浅谷さん自身も「よく大家さんが家を貸してくれたものだ」と思っていたら、大家さんの奥さんが実は先生で、「浅谷さんたちみたいなことをやっている会社は応援するしかない!」とサポートしてくれたのだそうです。応援のご縁に深く感謝している浅谷さんです。

4)これまで「逆張り」でやってきた

「応援」と同じく、浅谷さんを表すもう一つのキーワードは「逆張り」です。浅谷さんは「逆張りするのがポリシー」だそうで、その理由は「できないという諦めから始まる未来は嫌だから。それより、色々な方のお力もお借りしながら、こうやったらできるだろうと考えるほうがいいです」といいます。これが、ARROWSのミッションの説明「知性は困難を乗り越えるために存在する」にもつながっていくのだと思います。

3 ビジネスモデルの根本も「先生ファースト」

徹底して「先生ファースト」を貫くARROWSは、先生たちからすると「無償でこんなに応援してくれる会社」です。浅谷さんが学校へ行くと「私たち1円も払っていないのですが、皆さん大丈夫ですか? どうやって生活をされているのですか?」と心配されることもあるそうです。

いまのところARROWSの売上は、「SENSEI よのなか学」でコラボする企業からの費用で成り立っています。企業は、未来のお客さま、未来のファンを作れるということで、マーケティング予算をつけてやりたいと言ってくれるそうです。

この「SENSEI よのなか学」のブレイクスルーポイントになったのはGoogleとのコラボだという浅谷さん。まだ実績がない時点でコラボしてくれて、他社も「Googleが参加しているなら、うちも」と続くようになりました。

こうして「企業から対価をもらい、先生には無料で提供する」ビジネスモデルは、ARROWSにおけるビジネスの大事なポイントです。先生たちから1円でももらおうとなると、学校側で決済が発生してしまう。そうなると手続きが面倒だし、時間もかかる。そうではなく、先生からはお金をもらわない、先生が使いたいときに使いたい教材を無料で使えるようにすれば、より多くの子どもに伝えられます。浅谷さんは自分たちの歩みをこう振り返ります。

「そもそもなぜ学校教育で、物事が進んでいないのかと考えると、たぶんビジネスモデルの視点が違っている。行政か保護者からお金をもらうとかの二択しかなかったり。僕たちは、そもそもそのアプローチ自体が間違っているのではないかと考え、新しい道を切り開いていきました」

4 「今後の展開」そして「ビジネスで大事にしていること」

最後に、浅谷さんに今後の展望と、ビジネスにおいて大事にしていることを改めて聞いてみました。浅谷さんの言葉でご紹介します。

●浅谷さんが語る今後の展望

「海外へも展開していきたいですね。国内では、先生の人数は100万人ですが、世界でいうと5000万人から6000万人くらいいますから。そう考えると、現在のARROWSのユーザー数は、6000万人中の9万人ですから、まだまだだなと考えています」

●浅谷さんが語るビジネスで大事にしていること

「ARROWSではバリューのひとつに“先生ファースト”を掲げていますが、常にARROWSで話題になるのは“これって先生のためになるのかな?”とか“先生の課題って何だっけ?”です。これはとても大事にしていることですね。そうでないと、例えば企業からお金をもらうのが目的になっていくとか、もともとやろうとしていたことがだんだんねじ曲がってきてしまいます。われわれがやりたいのはそうではない。
そのようにミッション・ビジョン・バリューからブレず、乖離することなく、事業を進めていけているところは、メンバーにも共感してもらっていると思います」
「物事は“A or B”ではなく“A and B”だと、社内でもよく言っています。二者択一でなく、両方取りに行くのだと。コロナ禍やウクライナなど世界情勢なども含め、そういったピンチをいかにチャンスに変えるかだと。僕はそう思っています」

「先生ファースト」を、メンバー皆とブレずに徹底的に考え抜いていく。これは非常に重要なことだと思います。「われわれの顧客は誰か」「誰を喜ばせればいいか」「誰を一番幸せにしたいか」。こうしたことを、試行錯誤や創意工夫を繰り返しながら見事に実践・実現していると感じました。これを組織としてやり続けるのは、覚悟も胆力も必要で、ものすごいことをされていると思います。
「先生ファースト」のサービス、これはぜひ全世界6000万人の先生たちにも広がってほしい、そうして日本の、世界の学校教育がもっと良くなってほしいと心から思いました。浅谷さんたちなら実現できそうです! 有り難うございます。

以上(2022年11月作成)

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