でも僕はね、音楽っていうのはそういうものだけじゃないんじゃないかと、ずっとそう思ってやってきたんです
小澤征爾(おざわせいじ)氏は、長年にわたり世界中の主要なオーケストラを指揮した、日本を代表する指揮者です。幼い頃からピアノを、やがて指揮を学び、1959年にフランスのブザンソン指揮者コンクールで第1位を獲得。1973年からは米国のボストン交響楽団で29年という長期にわたって音楽監督を務めた他、国内でも新日本フィルハーモニー交響楽団の創立に携わるなど、まさに世界を股に掛けて活躍しました。残念ながら2024年2月6日に88年の生涯を終えられましたが、「世界のオザワ」とたたえられたその姿は、多くの人の目に焼き付いています。
冒頭の言葉は、小澤氏が2010年ごろに作家の村上春樹(むらかみはるき)氏と対談した際、音楽の指導者としての方針を問われ、口にしたものです。小澤氏はまず、自分が若い頃に師事していた指揮者の先生を引き合いに出し、「自分の先生は、いつもはっきりしたメソッドを持って、音楽の指導に当たっていた。言うことが決まっていたし、できあがっていた」と述べました。その上で「でも、それが全てではない」として、冒頭の言葉を言ったのです。
小澤氏は、指導者としても指揮者としても、「こうあるべき」という型を用意せず、演奏者を見て、その都度対応を変えていたそうです。すでに形があるものの通りに演奏させるのではなく、演奏者と一緒に、その場に適した音楽の形を探っていく。文字通り「音を楽しむ」という音楽を長年にわたり、ずっと続けてきたのです。
一方で、相手によって言うことが違う指導者だけだと演奏者が混乱すると考え、自分の他にも、はっきりしたメソッドを持つ指導者を置いていたそうです。「相手によって言うことが違ってくる人」と「ぴしっと揺らがない哲学を持つ人」がいて、そういうコンビネーションできっと物事がうまく運んでいくのだと、小澤氏は言っています。
指揮者は、楽団の演奏を統率するのが役割ですが、一方で演奏者一人一人に、音楽における強み・弱みや、本人が大事にするこだわりがあります。どうすれば、演奏者一人一人の持つ力を最大限に引き出しつつ、楽団としての統率が取れた音楽にできるのか、小澤氏はそれをずっと探求し続けてきたのでしょう。
経営者も、リーダーとして会社を統率しつつ、社員一人一人の持つ力を最大限に引き出して、会社を未来につなげていかなければなりません。リーダーシップを発揮して「自分に付いて来い」と組織を引っ張るのも、社員一人一人に目線を合わせて個性を伸ばすのも、どちらも大切ですが、両方を同時に行うのは、簡単なことではありません。そこで大事になってくるのが、自分以外で指導者になれる人、つまり幹部社員や管理職です。自分とは違う形で社員を引っ張れる存在がいてこそ、会社は回っていくのです。
出典:「小澤征爾さんと、音楽について話をする」(小澤征爾(著)、村上春樹(著)、新潮社、2011年11月)
以上(2024年3月作成)
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