「成功するには具体的な手立て、方法論、計画が必要です。意外に思われるかもしれませんが、僕は感情論が嫌いです」

松岡修造氏は、元プロテニス選手であり、国際的なスポーツ大会などのキャスターとしても広く知られています。2025年の7月は松岡氏が現役時代、日本男子で62年ぶりにベスト8進出を果たしたウィンブルドン選手権から30年です。
冒頭の言葉は、松岡氏がテニス選手の育成について語ったものです。松岡氏は現役引退後、コーチとして多くのテニス選手を育成し、世に送り出しました。2015年に世界ランキング4位になった錦織圭選手もその一人です。松岡氏には「熱血」のイメージがありますが、言葉の通り、意外にも「感情論は嫌い」だそうです。

例えば、松岡氏はかつて、当時12歳の錦織選手が海外の選手に大敗を喫した際、「何のためにこの試合に出たんだ!」と怒鳴ったことがありました。その理由は、「負けたことではなく、彼が(体格や年齢などを言い訳にして)試合の途中で諦めたから」です。松岡氏らしいエピソードで、一見感情論のように思えますが、そうではありません。

外国人に体格で劣る日本人が試合に勝つには、緻密にゲームの戦略を立て、工夫を凝らさなければなりません。ですが、諦めてしまってはそのスタートラインにさえ立てない。松岡氏にとって「諦めないこと」は、勝つために理論上必要なことなのです。錦織選手が厳しく叱られながらも松岡氏に着いて行ったのは、彼が「勝つための指導」を徹底するコーチだったからでしょう。

また、松岡氏は、勝つために必要であれば、時に従来のテニス理論をも無視する柔軟性も持ち合わせていました。例えば、錦織選手のバックハンドグリップ(利き手の反対側にボールが来た際のラケットの握り方)に特徴的な癖があり、それを海外の有名トレーナーが矯正しようとした際は「彼なりのやり方でいい、回転の持って行き方に天性のものがある」と、セオリー通りの意見を跳ねのけました。松岡氏は錦織選手のプレーをよく理解し、「錦織選手が勝つための指導」を行っていたのです。

スポーツでの勝利は、会社に置き換えれば「ビジネスの成功」でしょうか。経営者の皆さんならご存じの通り、思いつきだけで成功することはほとんどなく、経営者なりの理論に基づいて行動しなければ勝ち筋は見えてきません。そして、その勝ち筋も、松岡氏が錦織選手のバックハンドをあえて直さなかったように、会社や社員の強みに合わせて、柔軟に探っていくことが大切です。いずれにせよ、まずは「勝つためにやる」という姿勢が最初のステップ。それをどう社員たちに見せるのかに、経営者の手腕が問われるのでしょう。

後に錦織選手は松岡氏に激怒されたことについて、「あの時初めて世界を本気で感じた」と語りました。本気で勝ち筋を考えた松岡氏の元で世界的スターが生まれたように、本気で勝ちに行く経営者の元には、本気で勝ちたいと願い、努力する社員たちが集まるのではないでしょうか。

出典:「松岡修造さんと考えてみた テニスへの本気」(坂井利彰著、東邦出版、2015年9月)

以上(2025年9月作成)

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