一時間の交響曲を書いたとしても、それはまだまだ、私には短すぎると思われるだろう
ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンは、「楽聖」とも呼ばれる伝説的な音楽家です。交響曲第5番《運命》、ピアノ・ソナタ第14番《月光》など、彼が作り出した名曲は、誰しも一度は耳にしたことがあるでしょう。特に交響曲第9番(以下「第九」)は「人類最高の芸術作品」ともいわれ、日本では毎年、12月になると各地で演奏会が行われるのが恒例となっています。そして今年2024年は、ベートーヴェンが第九を作り出してからちょうど200年という記念すべき年です。
冒頭の言葉はベートーヴェンが第九を完成させるずっと前、交響曲第3番《英雄》の初演の際、「曲が長すぎる」との観客からの苦情に対して返した言葉です。《英雄》は演奏時間が約50分にも及び、内容も複雑で型破り。しかしベートーヴェンは、この苦情に全く耳を貸しませんでした。この言葉から約20年後に発表される第九の演奏時間はなんと約63分。1時間以上にも及ぶ傑作の姿が、当時の彼にはもう見えていたのでしょう。
ベートーヴェンは「こだわりの人」であり、自らの生業に決してぶれない軸を持っていました。彼は大学でフリードリヒ・フォン・シラーの「歓喜(フロイデ)」という詩に出会ったとき、その詩に曲を付ける構想を練り始めました。この「歓喜」が、現在の第九の第4楽章、歓びの歌の歌詞に当たります。構想を練り始めてから初演までは、約30年以上。しかも、初演までの間に、ベートーヴェンは病気で聴力を失っています。ですが、音楽家として致命的なハンデを抱えながらも、彼の軸がぶれることはなく、理想とする音楽の実現に生涯をかけて挑み、「こだわり」を貫き通しました。自身のこだわりについて、彼は生涯頑固でした。
一方で彼には、新しい才能や良いと思うものをどんどん吸収する、素直で好奇心旺盛な一面もありました。死の床にあっても、当時新鋭であったシューベルトの楽譜を毎日、何時間も読んで楽しんでいたそうです。
「こだわり」を貫くことは会社経営に不可欠な要素です。例えば、「わが社は、社会のためにこんなことを成し遂げるんだ!」という経営者の思いは会社の方向性を決める軸であり、そこがぶれないからこそ、社員は経営者についていきます。とはいえ、「自分がこうしたい」と思うだけでは、ただの独りよがりになってしまいます。ベートーヴェンが若きシューベルトを尊敬していたように、良いと思うものを素直に受け入れる柔軟な姿勢があって初めて、自分の「こだわり」をどうやって社会の中で実現すべきかが見えてくるのです。
ベートーヴェンが彼の「こだわり」を追求し、何十年もかけて実現して完成させた第九は、ベルリンの壁崩壊時の演奏や欧州連合の歌としての採用など、世界における特別な曲になりました。ベートーヴェンが大切にした「こだわり」は、今も確かに人の心に響き続けています。
出典:「ベートーヴェンは怒っている! 闘う音楽家の言葉」(野口剛夫(著)、アルファベータブックス、2020年12月)
以上(2024年12月作成)
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