新しい“宇宙”に飛び込む勇気を持てば、必ず新たな気の合う仲間や、面白くて夢中になれるものに出合える

野口聡一(のぐちそういち)氏は、日本人で初めて国際宇宙ステーション(ISS)での船外活動を行った宇宙飛行士です。コロナ禍の真っただ中にあった2020年11月から2021年5月にかけてもISSに長期滞在し、宇宙からのライブ配信などを通して、先の見えない状況にあった地球にまで、明るいニュースを届けてくれました。

冒頭の言葉は、野口氏が2022年に宇宙航空研究開発機構(JAXA)を退職した後のインタビューで、退職後のキャリアについて聞かれたときのものです。当時、野口氏は57歳。定年までJAXAで勤めれば、少なくとも収入面では安定した生活が見込めたでしょうが、彼は「自分の価値観やアイデンティティーを他人に委ねてはいけない」と考えたそうです。野口氏の言う「新しい“宇宙”」とは、未知の環境のこと。言葉の通り、新しい“宇宙”に出会うべく、民間の研究者へと転身しました。

野口氏が未知の環境に身を置くことの重要性に気が付いたのは、宇宙飛行士になる前でした。野口氏は大学院を卒業後、一般企業に就職し、5年後の1996年に、NASDA(現JAXA)で宇宙飛行士の公募が行われているのを知ります。しかし、当時はまだ終身雇用が当たり前の時代。幼少期からの夢である宇宙飛行士に憧れはあれど、「本当に会社を辞めていいのか」と葛藤したそうです。しかし、実際に宇宙飛行士養成コースに参加した野口氏は、米国で「キャリア形成のための転職は当たり前」という価値観に出合い、自らの選択に自信を持ち、新天地へ踏み出しました。

野口氏は、JAXA退職時に「宇宙飛行士室は心地良い空間だったが、心地良いまま終わるのではなく、民間の世界に出てもう一つ、新しい場面を作っていきたかった」と語っています。ビジネスでも、同じ環境に慣れすぎると、考え方が凝り固まってしまうケースが多々あります。だからこそ、積極的に違う環境へ身を置き、そこで得たものを持ち帰って仕事に活かす姿勢が大切です。

また、野口氏は「新たな価値観に身を置くことで、相対評価に左右されない自分を見つけられる」とも語っています。違う環境で新しい考え方に触れ、その上で「自分はこうしたい」という軸が生まれれば、難しい判断を迫られたときにも一歩を踏み出す勇気が湧いてきます。

違う環境に身を置くことを習慣にし、「柔軟な考え方」と「ぶれない軸」を身に付ける。経営者が率先垂範してそうした姿勢を社員に示していけば、会社は未来へ前進し続けることができるでしょう。

野口氏は現在、未来の宇宙飛行士や研究者となる人材の育成にも携わっているそうです。2025年にはアポロ計画の終了以来初めて、人類が月周回軌道上へと送り込まれる予定ですが、さらにその先の未来では、野口氏の背中を見てそのチャレンジ精神を受け継いだ後進たちが、宇宙の未知の領域を開拓してくれるかもしれません。

出典:「ダイヤモンド・セレクト 息子・娘を入れたい会社2023」(ダイヤモンド社、2022年12月)

以上(2025年1月作成)

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