書いてあること

  • 主な読者:会社の再建を成功させたい経営者
  • 課題:資金も戦力もないところから、どのように立て直せばよいのか分からない
  • 解決策:社内で人材が不足している分野は、副業人材の新たな採用や社外との提携など、外部の力を積極的に活用する

この記事は、千葉ロッテマリーンズ(以下「千葉ロッテ」)の前球団社長・山室晋也氏へのインタビューの「特別編」です(本編は下記)。2019年末に千葉ロッテの社長から「フリーエージェント宣言」して退任し、2020年1月にJリーグの清水エスパルス(運営会社はエスパルス)の社長に就任した山室氏の、新天地での状況をお伺いしています。経営者の皆さまの会社再建、組織再建の参考になれば幸いです。

1 「降格」があるJリーグでは、チーム力と収益力を同時に強化する必要がある

2019年11月に千葉ロッテをフリーエージェント(以下「FA」)宣言して退任することを発表したときは、「FA」の文字通り、転身先が決まっていませんでした。FA宣言後、さまざまな会社からオファーをいただいた中で、一番自分を評価していただいたJリーグ(日本プロサッカーリーグ)所属の清水エスパルスに行くことを、ほぼ即決しました。

とはいえ、千葉ロッテより清水エスパルスの経営のほうが楽だと思ったわけではなく、むしろその逆です。千葉ロッテの社長に就任したときもそうですが、私は昔から「火中の栗を拾う」という性分なのだと思います。

1)清水エスパルスで利益を出すことは目指せない

プロ野球とJリーグの経営は、いずれもスポーツ・エンターテインメントビジネスですが、最も大きな、そして決定的な違いは、Jリーグにはシーズンの戦績によって下部リーグへの「降格」があることです。千葉ロッテでは、チーム力の強化の前に、まずは収益力という経営面の強化を優先して取り組むことができました。ですが、清水エスパルスでは、「下位でもいいや」ということが許されません。

降格してJ2になってしまうと、収入は大幅に減少することになり、前提となる経営環境が変わってしまいます。「収益力を上げることを優先して、J2(2部リーグ)、J3(3部リーグ)に降格しました」は、戦略としてあり得ません。チーム力と経営面の強化の両にらみで進めていかないといけないという制約があるわけです。これは正直、きついです。

ですから、Jリーグの場合、常に優勝争いをしているくらいでないと利益が出ない体質といえます。これは欧州のトップリーグでも同じだと思います。欧州のサッカーチームのオーナーがよく変わるのは、会社組織としては全然もうからず、「サッカーチームを保有している」という、オーナーの満足感でチームが維持されている側面があるからだと思います。一方、米国のメジャーリーグなどでは、球団自体にバリューが付いて転売したりもできています。

これはサッカー特有のビジネスモデルだと思いますので、私も清水エスパルスで利益を出そうとは思っていません。

2)目標はチームの強化とファン層の拡大

清水エスパルスでの目標は、チームを強くすることと、ファン層を拡大することです。

清水エスパルスというチームは、過去には天皇杯(天皇杯JFA全日本サッカー選手権大会)での優勝(2001年)や、Jリーグでのステージ優勝(1999年第2ステージ)の経験もあり、1993年のJリーグスタート時に参加した10チーム「オリジナル10(テン)」に入っている名門チームです。

ところが、2000年代に入ってからは下位に低迷することが増えていますので、ある程度の強さをしっかりと示さないといけないフェーズにあると思います。

チームを強くしないといけない最大の理由は、ファン層を拡大させるためです。清水エスパルスの一番の課題は、若年層のファンの獲得です。本来、チームが永続していくには、常に新たなファンを獲得していく必要があります。ところが、清水エスパルスではファンの平均年齢が毎年上がっています。

ファンの高齢化は野球チームでも同じような傾向があるのですが、特に清水エスパルスの場合は顕著に見られ、10代、20代の新規加入がものすごく少なくなっています。その理由としては、静岡という“地方”が本拠地であることと、オリジナル10としてものすごく輝いていた20~30年前のファン層が今でもメインになっているという、2つの要素があると思います。

清水エスパルスのファンは、従来は旧清水市、今は旧清水市を含む静岡市全体が中心となっていますが、マーケットとしては静岡県全域をカバーしたいと考えています。それくらいの商圏がないと、チームを運営するのはなかなか難しいと思います。静岡県内には他の人気チームもありますので簡単ではありませんが、ファンの獲得に取り組んでいかなければいけないと思っています。

3)お金を掛けても結果が伴わないスポーツの難しさ

チーム力強化のために、2021年のシーズンが始まる前は、日本代表のゴールキーパーを1年間の期限付き移籍で獲得するなどして、メディアで随分と選手を補強したと言われました。ですが、なるべく移籍金の掛からない選手を獲得しており、実はそんなにお金を掛けていません。予算としては、前年よりも若干は増えていますが、そこまで大幅に増えたわけではないです。

実際には、メディア戦略によって大型補強に見せたという面があります。従来は選手を獲得した場合、一度に発表していたものを、日にちをずらして発表するようにしました。しかも、最初に臆測記事が流れるように仕向けて、正式に発表をして、記者会見を行うという、「一粒で3回おいしい」形にしました。1人の選手の加入につき3回の山を作ることで、ファンの期待感をあおることも狙ったのです。

2021年はACL(AFCチャンピオンズリーグ)の出場権が得られるような、Jリーグで3位以内(2020年は16位)とか、天皇杯のタイトルとかの争いに絡むことができると思っていました。もちろん私の立場としては、常に優勝を狙うことは言い続けなければいけないポジションではありますが。

実はシーズン開幕前の補強ではあまりお金を掛けませんでしたが、シーズン半ばの2021年夏には、本当にお金を掛けて補強しました。それにはお金が必要ですので、スポンサー企業からの支援のめどがついた段階で新たな選手を獲得しました。

最終節にJ1への残留が決まった2021年の結果(Jリーグ14位)については、やはりスポーツはお金を掛けて良い選手や監督を集めたから勝てるという簡単なものではないということですし、歯車がうまく回らなかったのだと思います。ここ数年の低迷から脱却すべく、強い決意のもと臨みましたが、皆様のご期待を大きく裏切る結果となってしまったことを、清水エスパルスを応援してくださる全ての皆さまに深くお詫び申し上げます。2022年も、J1の舞台で戦うことができます。クラブ創設30周年を迎えるシーズンだからこそ、クラブの歴史の重みを噛み締めつつ、もう一度原点に立ち返り、強い清水エスパルスの再建を目指していきます。

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2 組織再建のために外部の力を積極的に活用

1)グッズ販売店の閉鎖などで1億円以上のコストを削減

社長に就任した2020年は、チームのスローガンを「RE-FRAME」とし、ゼロベースから改革に取り組むことにしました。多くの社員が新たなチャレンジに期待してくれ、さまざまな要望を聞くことができました。

組織を再建するための基本的な考え方は千葉ロッテ時代と変えていませんが、清水エスパルスの場合、ここ20年間ほどいろいろなものが昔のままで見直されていなかったので、アップデートする必要がありました。

例えば、グッズ販売店を6店舗運営していたのですが、分析したところ全店舗が赤字でした。そこで、2020年9月に5店舗を閉鎖し、1店舗のみに集約しました。また、毎月発行していたオフィシャルマガジンを2021年3月号より、従来の紙媒体からデジタルブックに改めました。こうした取り組みによって年間1億円以上のコスト削減ができ、新たな投資に振り向けられるようになりました。ただし、経営課題としてコストの削減を優先していたわけではなく、これまでのやり方を見直し、無駄な部分をなくした結果、ということです。

2)グッズ改革のために外部とパートナーシップ契約

グッズ販売店の問題もありましたが、グッズの改革は、清水エスパルスにとって大きな課題でした。さらに、コロナ禍によって観客数が制限されたことで、チケット収入だけには頼れなくなり、改革の重要性はさらに高まりました。

そこで、2020年12月に、プロスポーツのグッズの企画製造販売を行っている米国のファナティクスの日本法人との間で10年間の戦略的マーチャンダイジングパートナーシップ契約を結びました。同社は米国のメジャーリーグやアメリカンフットボール(NFL)およびバスケットボール(NBA)といったリーグの他、欧州のマンチェスター・ユナイテッドFCやパリ・サンジェルマンFCといったクラブチームとも提携している企業です。日本では2019年以降に複数のプロ野球チームが契約していますが、Jリーグのチームでは初めてのパートナーシップ契約でした。

スポーツチームのグッズ販売というのは、実はそんなにもうかっていないことが多いです。なぜかと言うと、表向きの利益は出ますが、最後に在庫管理の部分で大きなロスが出てしまうのです。特にサッカーの場合は毎年ユニホームが変わりますから、古くなると売れなくなってしまいます。在庫管理を上手に行わないと利益がほとんど残らなくなってしまうのですが、その辺りのオペレーションはものすごく難しいです。商品企画や品質管理も行わなければなりませんが、スポーツクラブには専門のプロもいませんし、販売促進をやるにもかなりのリソースが必要になります。そこで、そういったことに長けている外部と提携したほうがいいと考え、ファナティクスとの契約を締結しました。

2021年からファナティクスにグッズの企画製造とオンラインストアも含めた店舗運営を任せることで、新たな施策もできるようになりました。サッカーの試合で最も活躍した選手が「MAN OF THE MATCH」に選ばれるのですが、ホームゲームで勝利した後に、MAN OF THE MATCHに選ばれた選手のTシャツやフェイスタオルといったグッズを期間限定、数量限定で販売する企画を2021年3月から開始しました。勝利の熱気が冷めないうちにファンの購買意欲を満たす「ホットマーケット」を狙ったもので、ECサイトからの購入者には最速2日で届くようにしました。

3)IT活用の強化のためにデジタル人材を副業で雇用

コロナの影響もあり、プロスポーツビジネスの世界でもITの活用、DXが求められています。SNSを活用したファン層の拡大は、千葉ロッテでも取り組みました。清水エスパルスはかなり出遅れたというほどではありませんが、やはりキャッチアップしていく必要があると思います。

ITの活用は今後強化していく課題ですが、デジタルマーケティングやITの分野に詳しい人材が、社内には決定的に不足していました。エスパルスの正社員は三十数人の規模ですので、その中にITやグッズに詳しい人までそろえるのは難しいです。専門人材は外部に任せるということが必要になっています。

そこで、2020年12月に、副業という形でマーケティングとデータマネジメント業務の人材募集を行い、2021年4月にヤフージャパンのデータコラボレーション部の部長を副業人材として採用しました。デジタル関連の人材は首都圏に集中しており、採用までの時間と静岡までの距離をクリアするためには、副業という形で人材を募集したほうがよいと考えました。千葉ロッテでは内部人材の活用を重視しましたが、組織再建のための考え方を変えたわけではなく、コロナ禍や働き方改革といった時代の流れもありますので、そのときに最も適したやり方を選択した結果だと思っています。

3 ファンサービスとユーモアを大事にする“山室流”は変わらず

コロナ禍で思うようにはできていませんが、ファンサービスのための新しいアイデアは、清水エスパルスでも積極的に取り入れています。

2020年4月のエイプリルフールには、社員からの発案で、私が社長を退任し、用具担当(業務委託契約)として出直すことにしたというニュースリリースを発表しました。実際にボールを運んだりスパイクシューズを磨いたりする姿をSNS動画にも投稿しました。コロナ禍の厳しい時期で批判が寄せられることへの懸念はありましたが、社員には「とにかく話題になるようなことをSNSで発信しよう」と言っていたこともあり、快諾しました。

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この他にも、ホームゲームで、過去に清水エスパルスに在籍した47人のブラジル選手の顔を配置したTシャツをプレゼントした「ブラジルデー」や、地元の「清水港マグロまつり」と連動した「まぐろDAY」といったイベントを開催しました。コロナの影響で実現しなかった、ブラジルのサンバチームによるダンスやマグロの解体ショーなどは、2022年以降にできればよいと思っています。

【参考文献】
「経営の正解はすべて社員が知っている」(山室晋也、ポプラ社、2021年2月)

山室晋也(やまむろ しんや)
1960年1月25日、三重県生まれ。エスパルス代表取締役社長。
1982年に立教大学経済学部卒業後、大手銀行に入行。4店の支店長を経て、2011年4月から執行役員。2013年4月、銀行子会社の代表取締役社長に就任。
2013年11月に千葉ロッテマリーンズ顧問に就任し、2014年1月から取締役社長。2019年12月、退任。
2020年1月、清水エスパルスを運営するエスパルス代表取締役社長に就任し、現在に至る。
著書に「経営の正解はすべて社員が知っている」(ポプラ社、2021年2月)。

以上(2022年1月)

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画像:S-PULSE

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