書いてあること
- 主な読者:業績は上がらないし、社員は生き生きと働いていない。会社の経営指針を根本的に見直したいと考えている経営者
- 課題:社員の幸福や会社の社会的意義も大事だが、業績が悪ければそれどころではない
- 解決策:会社に関係する全ての人の幸福を最優先する「人を大切にする経営」を実践する。まず、社員は家族であり、コスト・原材料ではないという基本的な考え方を持つ
1 業績は最大の目的ではなく、社員はコスト・原材料ではない
前回は、「人を大切にする経営」をしている会社がどれだけすごいのか、その実力をご紹介しました。人を大切にする経営を進める中で成長サイクルが生まれ、業績が上がるとともに、少子化対策などの社会課題解決にも貢献するということをご理解いただいたと思います。
第2回からは、あなたの会社で人を大切にする経営を実践することを想定した話になります。今回は、まず人を大切にする経営を進めていく上で必要となる、基本的な考え方をご説明します。大きなポイントは次の3点です。
- 業績は会社の最大の目的ではなく、人を幸せにするための手段もしくは結果である
- 社員はコスト・原材料ではなく、家族のように考えるべき
- 「ヒト・モノ・カネ」は並列ではない
2 業績を最大の目的にする会社ほど業績が低迷する現実
好不況やコロナウイルス感染拡大など有事にもかかわらず、業績を拡大させている会社とそうではない会社との決定的な違いは、経営そのものに対する考え方にあります。
業績が低迷する多くの会社では、会社経営の最大の目的・使命は、業績を上げることです。ライバル会社との勝ち負けを競うことが目的になってしまっています。業績は重要ですが、
業績や勝ち負け自体は会社経営の目的ではなく、本来の目的を実現するための手段もしくは結果にすぎない
のです。
本来は手段や結果であるはずの業績や勝ち負けを目的とした経営を実践すると、必ず誰かを不幸にします。その不幸になる人こそ、働く社員その人たちなのです。業績や勝ち負けを競うことを追求する経営においては、最も大切な「人」をコスト・原材料としか見ることができなくなり、大きな間違いを繰り返すのです。
これに対して、業績が拡大している会社の会社経営の目的は、関わる全ての人を大切に、幸せにすることです。ですから、たとえ有事であったとしても、関係する人たちが「自分たちは会社から大切にされている」と実感できるような経営にブレずに取り組み続けています。
3 業績だけを求めるのは「経営者の虚栄心」の表れだ!
ここで、実際に人を大切にする経営者が、どのような考え方で社員に接しているのか、「生の声」を紹介しましょう。
長野県にある、寒天を製造販売する会社のトップは、社員をコストとみる考え方について、次のように話しています。
- 従業員を解雇することはこれまでなかったし、これからもありません。どんなに苦しくとも、経営者の責任として一度採用した以上はその人の幸せを考え、雇用し続けるのが当然です。
- 突発的事項によって、一時的に景気が低迷したからといって「社員を切る」などということは絶対にあり得ません。そのためにずっと取り組んできたし、売り上げが半分になっても社員を2~3年雇用するくらいの力はあるつもりです。
- 企業の目的は、経営者の虚栄心を満たすことではなく、いい会社にして皆で幸せになることです。
また、京都府にある、各種モーターを製造する会社のトップも、次のように話しています。
- 創業以来、雇用を維持することを常に重視してきました。社会への貢献は雇用の維持と思ってきたからです。
- 創業後の苦しい時期には、一流大学出というわけではない人たちばかりでしたが、(今があるのは)皆が一生懸命働いて会社を伸ばしてくれたからです。だから私は、財産をなげうってでも雇用は守ると言ってきました。それが日本企業の強さだと思ったからです。
4 社員を家族と考えれば、組織が競争から協働の関係になる
どんなに「人が大切」と言っても、経営者はどうしても業績を上げ、組織を成長、発展させることが最高かつ最大の目的・目標になってしまいがちです。そこで参考にしていただきたいのが、発展を続ける会社に共通しているのは、
経営者と社員がまるで大家族のような関係で経営を進めている
ということです。ここでいう大家族的経営とは、会社をまさに家族・家庭と位置付けた経営のことです。
もとより、大家族的経営のもとでは、組織のトップは社長ではなく「父親・母親」となり、管理者は上司ではなく「兄・姉」となり、そして一般社員は部下ではなく「子供、弟・妹」という位置付けになります。どんなに「デキが悪い」子供であっても、家計の損得勘定を考えて家から追い出そうという家族は、常識的ではありません。むしろ、「デキが悪い」子供を、どのように育て、サポートすればよいかを考えることが通常だと思います。
そして、大家族的経営の視点では、業績や成長が目的・目標ではなく、家族である組織構成員一人ひとりの幸せや成長こそが目的・目標となります。つまり、
組織メンバーの関係は、競争関係・上下関係ではなく、共生関係・協働関係
になります。家族なのだから、
喜びも悲しみも苦しみも、共に分かち合う温もりや幸せこそを大切にする
という考えが強く根付いているのです。
会社全体を家族・家庭と見た大家族的経営への関心がますます高まっているように思います。これまでの行き過ぎた企業間競争や社員間競争などにより、社会も会社も疲弊しきっています。そのため、最近では、
- 競争ではなく共走
- 教育ではなく共育
という言葉も使われるようになってきました。
5 創造性の発揮による生産性向上と、コスト削減の「罠」
このところ、白書や統計などには、中小企業の生産性の低さが指摘され続けています。そのことが日本の経済の停滞の要因とされ、早急に中小企業の大規模化を図るべきだという主張をされる専門家もいます。
しかし、その指摘は、果たして正しいのでしょうか? マクロで見ると会社の規模と生産性には相関関係があるように見えますが、ミクロで見ると決してそうではないのです。日本の中小企業には、大企業よりも生産性が高い会社がたくさんあります。
生産性向上には、創造性を発揮して生産性向上を図る取り組みと、コスト削減や改善活動のような積み上げ型でコツコツと取り組んでいく活動に分けられます。大企業よりも生産性を高めている中小企業の多くは、前者の取り組みによるものです。
1)長野県の寒天製造販売会社が生産性を向上できている理由
例えば、先ほど紹介した長野県の寒天製造販売会社は、常に全社の1割の人財が研究開発の業務を行っています。寒天の新たな用途開発などさまざまな研究開発を続ける「研究開発型企業」として、常に新たな価値を創造する取り組みが行われています。
その結果、お湯に溶かしてから冷蔵庫で冷やすだけで、ゼリーなどさまざまなデザートが作れる粉末シリーズなどのヒット商品を生み出しています。そして、ヒット商品を開発するための根底にある理由は、やはり人を大切にする経営を行っていることです。なぜなら、
人間が高い成果を発揮するのは、モチベーションが高く、創造的業務に取り組むとき
だからです。
この成果の発揮プロセスは、「積み上げ型のコスト削減」や、「現場改善による生産性向上」とは全く違った取り組みとなります。
2)コスト削減だけでは社員のモチベーション低下に至ることも
一方で、大企業が中小企業と比べて生産性が高いのは、後者のコスト削減が中心であり、場合によっては、取引先である中小企業との取引条件の「改善」によって実現している部分もあるのではないでしょうか。
現場のコスト管理や改善活動は、学校の勉強に例えられるでしょう。テストで良い点を取るために勉強をすることは、必要で当たり前の作業です。経営活動におけるコスト管理や改善活動は、同様に経営を行う上で、必要で当たり前の取り組みです。しかし、その当たり前の取り組みが度を過ぎると、勉強をする目的がテストで点数を取ることになってしまい、学力を向上させるという本来の趣旨を忘れてしまうようになります。同様に、コスト管理や改善活動も、度を過ぎると、生産性の向上という本来の趣旨からそれることになりかねません。
市場の拡大が望めない日本においては、合理化の名目で、コスト削減を第一とする生産性向上が図られています。しかし、それは結果として社員のモチベーションを下げ、生産性向上において最も重要な、創造性を高めるという活動が行われない状況を作り出してしまいます。その結果、市場が望むような画期的な商品やサービスは生み出されなくなり、働く人の賃金は増えないという構図が出来上がっているのです。
この現状を打開するには、創造性の高い業務である新製品開発や新規事業開発に、社員が高いモチベーションで取り組むことが重要です。歴史を見ても、会社の生産性が飛躍的に向上するのは、付加価値の高い商品やサービスを生み出し、市場に受け入れられたときなのです。
6 「ヒト・モノ・カネ」は並列ではない
1)ヒトがいてこそモノが開発されカネになる
経営における三要素といわれるものに「ヒト・モノ・カネ」「人財・技術・情報」という言葉があります。確かに、この3つがなければ企業活動は回っていかないのですが、この3つは並列ではないと考えています。
この3つの中で、最も先に来るのは、とにもかくにも「ヒト」です。ヒトがいて、そのヒトがモノ・サービスを提供することで、その対価としてカネをいただくことができる。そして、そのカネでヒトが新たなモノ・サービスを開発していく。企業活動はこのサイクルを繰り返して成り立っているのです。
世の中が不況や予期せぬ災害に見舞われたりすると、真っ先に社員をリストラしたり、非正規社員の雇い止めをしたりする会社があります。こういった会社では、ヒトを単にコストや景気の調整弁としてしか見ていないのです。
仮に、あなたが経営者から、「今は会社が厳しいからリストラするしかないから理解してくれ。でも、また好況になったら、戻って来てほしい」と言われて納得するでしょうか? そんな会社に戻って仕事をしようと思うでしょうか? 戻るという選択をする人は少ないと思います。
経営者は、人が減った分を機械で補おうと考えるかもしれませんが、どんな優秀な機械であっても、性能以上の仕事はできません。人間だけが自ら考え、本来持ち得る能力以上の結果をもたらすことができる。人間だけが常に成長し続けられるのです。
2)経営者はCS(顧客満足度)よりもES(社員満足度)を優先せよ
会社にとって、お客さまは大切ですが、お客さまに提供する価値を創造するのは社員です。顧客満足度を高めることは会社にとって必須ですが、それは、お客さまに喜んでもらえる、お客さまを幸せにするための価値を提供できる社員がいて初めてできることです。
お客さまが喉から手が出るほど欲している新たな価値、リピーターになりたいと思う感動サービスの提供者は誰かを考えてみてください。これは鶏が先か卵が先かの議論ではなく、やはり社員が先です。
社員に幸せと感じてもらえて初めて、その社員が恩返しのような形で、お客さまに感動を与える
のです。これが本来あるべきサイクルだと思います。
それゆえ、トップはお客さまを幸せにするための価値を提供する社員のことを最優先に考えるべきです。そうすることで、物心両面で満たされた社員たちは、自然とその満たされた気持ちをお客さまに還元しようとするのです。
次回の第3回は、いよいよ本格的な実践編になります。まずは経営者の意識改革について、実践事例も交えながらより深く解説していきます。お楽しみにしてください。
以上(2022年5月)
(執筆 人を大切にする経営学会事務局次長 坂本洋介、水沼啓幸)
【著者紹介】
坂本洋介(さかもと ようすけ)
1977年静岡県生まれ。東京経済大学大学院経営学研究科修了。株式会社アタックス「強くて愛される会社研究所」所長、コンサルタント。人を大切にする経営学会事務局次長。
主な著書に「社員にもお客様にも価値ある会社」(かんき出版)、「小さな巨人企業を創りあげた 社長の『気づき』と『決断』」(かんき出版)「実践:ポストコロナを生き抜く術!強い会社の人を大切にする経営」(PHP研究所)他、連載、執筆多数。
水沼啓幸(みずぬま ひろゆき)
1977年栃木県生まれ。法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科修了(MBA)。株式会社サクシード代表取締役。人を大切にする経営学会事務局次長。作新学院大学客員教授。中小企業診断士。地域特化型M&Aプラットフォーム「ツグナラ」運営。
主な著書に「地域一番コンサルタントになる方法」(同文舘出版)、「キャリアを活かす!地域一番コンサルタントの成長戦略」(同文舘出版)、「実践:ポストコロナを生き抜く術!強い会社の人を大切にする経営」(PHP研究所)他、「近代セールス」等連載、執筆多数。
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