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米国や中国に比べてユニコーンの数が圧倒的に少なく、小粒のスタートアップしか育たないと言われて久しい日本。その中で、京都大学発のEV(電気自動車)メーカーの「GLM」の取締役CFO時代に、サウジアラビアの政府系ファンドや世界十指に入る香港の大富豪からの資金調達を実現させ、同社をユニコーンに育てた実績を持っているのが、長野草太さんです。
現在はベンチャーキャピタル「Abies Ventures」のパートナーとして、国内外のディープテック領域の有望ベンチャーを支援しており、活躍の場を広げられています。

世界経済を動かす大物たちと対等にビジネスの話ができる、「日本の宝」ともいうべき長野さんに、お話をお聞きしました。前編となる今回は、世界規模のユニコーンを作るために必要な視点についてです。
長野さん、貴重な学びのシェア、愛りがとうございます!(愛+ありがとう)

1 京大発EVベンチャーを時価総額1500億円規模のユニコーンに育てる

GLMは、2010年に設立された日本発祥のEV開発会社です。発端となったのは、テスラがEVを販売開始する2年前の2006年、京都大学の提唱で日本電産やGSMユアサなどの地元企業も参加してスタートした「京都電気自動車プロジェクト」。このプロジェクトを継承する形で設立されたのがGLMで、2014年に国内初のEVスポーツカーの出荷を開始しました。
長野さんが同社に正式に入社したのは、2013年のことでした。それ以来、海外事業の責任者として、2015年に世界最高峰のモータースポーツイベントであるイギリスの「Goodwood Festival of Speed 2015」に、2016年にパリモーターショーに参加もしました。

CFOとしての長野さんの最も重要な仕事は、スタートアップの生命線ともいえる資金調達でした。当初は資金調達やパートナー探しは日本国内が中心で、上場も日本で行うことを想定していたそうですが、資金需要が増すにつれて国内よりもドイツなど海外勢との交渉が多くなり、海外担当だった長野さんは1年間に300日程度は海外を飛び回ることになりました。
長野さんは、米国の経済誌が公表した2013年の長者番付で世界8位にランクインしたこともある香港の大富豪が運営するファンドや、インドネシアの有力財閥、サウジアラビアの政府系ファンドなどから大規模な調達に成功します。こうしてGLMは、グループ全体で時価総額1500億円規模の企業に成長しました。

2 海外からの資金調達を成功させる秘訣は、戦略、足、そして笑顔

海外での大規模な資金調達を成功させた秘訣について、長野さんは3つのポイントを指摘します。

1つ目は、戦略を立てることです。ゲームチェンジャーとなるような新しい事業に対して、ほとんどの人は理解してくれないものです。ですが、世界のどこかに理解してくれる人が必ずいるものです。しかも、そういった人たちは、周囲より優れたビジョンを持っていたり、資産を持っている人だったりすることが多かったりします。そのような人たちに出会うためには、まず戦略を立てなければなりません。仮説をなるべくたくさん立てるとともに、仮説を研ぎ澄ませていくことが必要です。

2つ目は、足を使うことです。仮説を立てたら、理解してくれるかもしれない人たちに向かって、足を使って攻め込んでいく。それで駄目なら別の人たちに会いに行く。これを繰り返すことで、理解してくれる人に会える可能性が高まります。
GLMへの出資者を探していた際に、長野さんは中東のサウジアラビアに目をつけました。ところが、日本の人たちからは、「水より石油の値段のほうが安い国に住む人たちが、どうして電気自動車の開発会社に投資すると思うの?」と呆れられたそうです。しかし、長野さんは1つの仮説を立てていました。それは、「中東にも、自国だけでなくアメリカなど海外のトレンドに敏感な人がいる。そして、政府の意向として、自国の石油を使い果たしてしまうと現金化の手段を失ってしまうので、自動車の電動化を早く進めたいという意向があるはず」というものでした。その仮説は見事に的中し、サウジアラビア政府系のファンドから投資を受けることに成功したのです。
そして、サウジアラビア政府系のファンドのような名声や多方面へのパイプのある投資家との関係ができると、一気にドアが開き、自分たちに風が向いてくる感覚を得られるといいます。

ちなみに、最後の3つ目は「笑顔」です。笑顔を絶やさない人の話を聞いてみたくなるのは、人類共通の思いなのでしょう。

3 ユニコーンを目指すために持っておくべき3つの視点

ディープテックの領域でユニコーンとなるには、3つの視点を持っておくべきです。ただし、その前提として、「まずはやってみよう」という意欲が強くなければ始まりません。常に順風満帆なスタートアップなど皆無であり、とてつもない規模の問題が生じるものです。そして、そのときに最も重要なことは、「Can you wake up to what you do?」ということです。つまり、どんなに厳しい状況の中で迎えた朝であっても、きちんと起きられるくらいに、自分がやろうとしている事業に対して「やりたい」「やるべきことだ」という情熱を持てているか、ということです。それを確認した上で、始めようとしている事業について、3つの視点で精査しましょう。

1)グローバルマクロを意識する

1つ目は、グローバルマクロという視点です。世界規模のユニコーンとなるには、国内だけではなく、世界の潮流に敏感になることが大切です。自社が始めようとしている事業が世界的な課題の解決につながるのか、という視点を持ちましょう。自社が展開するディープテックで解決できる課題がグローバルスケールになると、TAM(Total Addressable Market、獲得できる可能性のある最大の市場規模)も大きくなります
例えば、脱炭素やサステナブル社会というのは、欧米や中国で、ここ10年ほどの大きなうねりになっています。

もう1つのトレンドとしては、消費の非物質化というものがあります。例えば、自動車は購入しなくても、シェアすることで同じ利便性を得られるようになりました。このように、技術の進歩によって、より少量の物質で豊かさを実現できるようになり、価値の源泉がAtom(モノ)からbit(デジタル)へと移りつつあります。

2)End in Mind(目指すゴールから逆算して道筋を立てる)

2つ目は、End in Mindという視点です。技術系のベンチャー企業は、持っている技術ありきで、その技術をどのようなサービスに活用していくかを考えてしまいがちです。それも大事なことなのですが、ゴールをどこに据え、ゴールに向かってどのように進むのか、という視点が必要です。
例えば、代替肉を開発しているスタートアップが目指すゴールは、「環境負荷の大幅な削減」という、分かりやすいゴールがあります。1キログラムの牛肉を作るために必要だった約1万5000リットルの水を、代替肉にすることで10リットル程度に減らすことができます。また、生分解性の電子機器を作るための素材となるDNA電線の生成技術を持ったスタートアップのゴールは、「電子廃棄物を減らして環境負荷を軽減すること」と、「開発途上国などで貧困層の子供たちが劣悪な環境でレアメタルを回収する状況を変える」というゴールがあります。

そうしたゴールを常に念頭に置き、そこから逆算して、今はどのような行動をすればいいのか、その行動は正しいのかを判断しながら事業を進めるという視点が大切です。

3)実現技術トレンドを押さえる

3つ目は、実現技術トレンドという視点です。スタートアップといえども、たった1つの秀でた技術だけで成功するケースは稀になってきており、複数の技術を織り混ぜながらイノベーションを起こしていく必要があります。
 例えば、新たな製品を製造する技術があったとしても、3Dプリンタの技術やAIによるマシンラーニングを使ったデジタル制御システムの技術を活用しなければ、スピード感をもって試行錯誤を繰り返すことができませんし、コスト面でも競合に劣ってしまいます。

自社が目指す事業を実現させるために、どのような技術トレンドが必要なのかを押さえておきましょう。

4)見落としがちな盲点

こうした3つの視点に加えて、特にこれから日本から誕生する技術系のスタートアップにとって忘れてはいけないのが、「Are you sure the solution is not out there?」です。つまり、自分たちがやろうとしていることは、既に自社以外のどこかで実現しているものではないことを、しっかり確認しておくということです。

日本に限らず非英語圏でありがちなのですが、「この製品を作ったらすごいことになる」という仮説を10年、20年かけて立ててみたものの、実は世界には仮説の1割ほどのコストや販売価格で、既にもっと良質な製品が存在した、というケースが少なくありません。ですから、事業に取り組む前に、競合の有無などの情報収集は徹底して行いましょう。
情報収集の方法は、インターネット検索の他、該当する産業界の会合などに参加することなどです。英語力に自信がなければ、ある程度のコストをかけてでも外部に調査を依頼するべきです。

4 ユニコーンを目指すための3つの戦略

次は、ユニコーンを目指して実際に事業を行う際に必要な、3つの戦略について説明します。

1)特殊性と多様性のあるチーム作り

むやみに人数を集めてチームを大きくするのではなく、各メンバーが特殊なスキルを持っていて、そのスキルが重複しないチーム作りが大事です。例えば技術に明るい、開発のノウハウがある、ファイナンス・資金調達のプロであるなど、キラリと光る能力を持った人たちといかに出会い、チームに巻き込んでいきます。こうしたキラリと光る能力のことを「Xファクター」と呼んでいますが、この中には技術や知識だけでなく、「他人と仲良くできる」「チャーミング」といった要素も含まれます。

価値観の多様性がある状態を「メタ感性」と呼んでいるのですが、多様な社会に順応できるチームを作るには、メタ感性をそろえる必要があります。特にグローバルを意識したときに、日本人だけのチームだと、日本の社会や教育といった日本固有の土壌が染み付いていて、そこに囚われてしまいがちです。例えば、製品がどのように使われるかという感性は、いろいろなバックグラウンドを持ち、さまざまな価値観を持った人たちが集まることによって広がり、それによって製品開発の精度が上がっていきます。

前章でも触れましたが、自分たちが解決したい課題や目指すゴールを考える際に、メタ感性をそろえることは、世界的なトレンドに合致させるための確度を高めることにつながります。GLMが設立されたころ、日本で「これからEVの時代が来ます」と言っても、「日本でこれだけ自動車産業が発展している中で、君たちにできることがあるのか?」という程度にしか受け取られていませんでした。ですが、米国では2003年にテスラが設立され、すぐにイーロン・マスクさんも参加しています。世界の潮流を理解できる多様な感性の人たちがそろっていれば、当時の日本であってもEVの将来に対して懐疑的な見方にはならなかったと思います。これは、航空産業に関しても同じような状況だったのではないでしょうか。

世界の潮流が理解できる、メタ感性がそろったチームでなければ、常に海外の後追いになってしまいます。今の日本は、海外でできた成功事例を日本に持ってくる「タイムマシン経営」になってしまっているのが実情です。

2)自分たちの行う事業が目指すイノベーションのタイプを確認する(Where does your solution belong?)

イノベーションを起こすことには、大きく分けて次の3つのタイプがあります。自分たちの行う事業がどのタイプに当てはまるかを戦略的に意識することが必要です。

  • 既存のものを改良する
  • 今ある物事をつないで効率性を上げる
  • ゲームチェンジャー

1の「既存のものを改良する」のは、自動車などが該当します。自動車はおよそ100年前に開発されたものですが、エンジン効率を高めたり、顧客のニーズの変化に対応したり、コストを抑えたりといった変革が可能です。
2の「今ある物事をつないで効率性を上げる」ことの典型がDX(デジタルトランスフォーメーション)やAIの活用です。電子書面の導入や、センサー機能を使った省力化などが一例です。日本ではもっと進めていくべき領域です。
3の「ゲームチェンジャー」というのは、既存のプレーヤーを全く無視して、今までのルールをひっくり返すような新しいものを立ち上げて、全く別の勝負を始めるものです。EVを開発したテスラや、民間会社による宇宙開発も該当すると思います。
スタートアップに絞ると、2か3のいずれかを意識することになるでしょう。日本はまだ効率化が必要なので、2のチャンスはたくさんあります。ですが、本当に出てきてほしいのは3のゲームチャンジャーです。

ただし、2と3とでは、必要な資金が桁違いに異なります。2であれば2桁億円の前半で実現できますし、10億円から20億円あれば、それなりの事業ができると思います。これに対してゲームチャンジャーになるには、数千億円の話になります。
自分たちの事業がどのようなタイプのイノベーションを目指すのかは、資金調達にも関連することですので、きちんと確認しておきましょう。

3)インダストリートレンドを選択する

自分たちの事業構造をどのようなものにするかを決めることも大切です。これまでは「垂直統合」や「水平統合」といった戦略が中心で、自動車産業のような従来型の産業は、メーカーやサプライヤーを包含した系列を作っていく垂直統合型がメーンでした。一方で、台湾の鴻海科技集団などは、自らのブランドにはこだわらず、複数のメーカーを横断して取引先を広げていく水平統合型の戦略を取っています。
この2つとは異なる事業構造として新たに登場したのが、オープンソースです。例えば、マイクロソフトのOSは同社が作ったシステムだけで完結しているのに対して、Linuxは誰もが無料で使用でき、改変もできるオープンソースのOSです。

オープンソースは、オープン化によって改良のスピードが上がるとともにデファクトスタンダードになりやすく、早期にユーザーを囲い込むことができる戦略です。ただし、オープン化する中で、自社の勝つ領域、つまり儲かる部分をどこで作り出すかを考えておくことが重要です。
オープンソースの流れは、現在はソフトウエアの分野が中心ですが、今後はハードウエアの分野においても広がってくると思われます。既に中国の家電メーカーの小米(シャオミ)は、オープンソースを提唱しています。これからスタートアップを始める場合、オープンソースは絶対に意識しなければならない戦略だと思います。

今回お届けする「世界の大富豪たちから資金調達に成功した元ユニコーンCFOに聞く、世界規模のユニコーンを作るために必要な視点」の前編はここまでです。後編では、ユニコーン作りには欠かせない「資金調達の視点」や「モメンタム作りの視点」について解説していただく予定です。楽しみにお待ち下さい。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2021年9月29日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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