ストックオプションの発行は、経営者と幹部の目標を一致させ、結束を固めるのに大きな効果を発揮します。ですがその一方で、大盤振る舞い(発行規模を間違えて付与)しすぎて、後になって「こんなはずではなかった!」と後悔するスタートアップも後を絶ちません。ストックオプションのメリットを知るとともに、事前に、何をしてはいけないのか、どこに気を付けておけばいいのか、知っておきましょう。
今回は、M&Aやストックオプションを始めとする企業の戦略的資本政策に関するコンサルティング業務を行っている株式会社プルータス・コンサルティングの専務取締役の岡田広さんにお話をお伺いしました。ストックオプション(以下「SO」)を発行するメリットと、SO発行で失敗しないための注意点などをお聞きしています。
1 ストックオプションのメリットと、スタートアップが失敗するパターン
1)SOを上手に活用すれば会社の成長を促す効果が得られる
後ほど詳しくご説明しますが、ストックオプション(以下「SO」)は、普通株や社債と同じ有価証券の1種である新株予約権を、役職員に報酬として付与するものを指します。厳密には無償で付与するものだけを指しますが、時価を払って付与するようなものや、役職員以外に渡すものも、広義のSOといえるでしょう。SOを付与された人は一定条件の下、付与当時の時価である権利行使価格にて権利行使することで新株を取得できます。ですから、株主と同じように、株価が値上がりするともうかります。このため、SOを付与された人は会社の業績を「自分ごと」と捉えやすく、企業価値を高めるためのインセンティブになります。広義のSOのメリットは、次のようなものがあります。
- オーナー経営者と目標を同じくする仲間を増やすことができる
- 会社を成長させるという目標に対する社員のモチベーションが高まり、社内が団結する
- 会社の成長に貢献した社員に経済面で報いることができる
- 現金を使わずに優秀な人材を集めるための手段として活用できる
- 業績条件等を設定することで自社の企業価値を高めることに貢献できた相手だけを株主とすることが可能となり、資本業務提携の手段としても活用できる
2)スタートアップのSO発行でありがちな失敗
ただ、正直に申し上げますと、私はアーリーステージでSOはあまり積極的には使わないほうがいいのではないかと思っています。また、先々のビジョンがないままの状況では、錬金術のように誤解されることになってしまう可能性もあり、あらためて積極的には発行するべきではないと考えております。
IPOをした会社にありがちな話として、権利行使価格の低いSOの付与を受けたものの会社の成長に貢献できなかった役職員ほど、上場して株価が急上昇したときに、付与されていたSOを権利行使しメリットを享受してから会社を去るというケースがあります。残された役職員の中には、とても頑張って会社の価値向上に貢献したにもかかわらず、SOを発行できる枠がなくなってしまっているため付与を受けられない、あるいは権利行使価格の高いインセンティブ効果の低いSO付与のみといった人が出てきます。こうなると、上場後の社内の雰囲気が悪くなるといったことが起きてしまいます。
本来、上場はゴールではなく第二創業のような位置付けでもあるべきですから、改めて社内で「もう一度上を目指して頑張ろう」と、一丸となるべきときです。ところが、SOによって「富の不公平な分配」が行われたせいで、社内のモチベーションがマイナスの状態になってしまうことが発生します。私は、上場後の経営者の方が、「こんなつもりじゃなかった。うまくいかなかった」と涙を流す場面も目にしたことがあります。
SOの発行によって「こんなはずではなかった!」とならないためには、何よりもSOの本質や、広義のSOのタイプごとの特徴を知ることが大事です。
2 SOってどんなもの? どんな意味があるの?
それでは本格的に、SOとは何かについてご説明します。SOについては、株主の方や事業会社の方にとっては分かりにくく、誤解されている部分もあります。
改めてSOを含む資本政策とは何かということを考えると、ほとんどの人は、「議決権コントロール」という点ばかりに目が行きがちです。ですが、単に増資をするのと違って、SOという複雑なスキームを使う理由は、最初にご説明したSOならではのメリットがあるからです。
そして、まず理解したほうがいいと思うのは、SOは決して錬金術ではないということです。
1)SOは株価が上がった場合に、株主以外ももうかる仕組み
SOは、普通株や社債と同じ有価証券の1つである新株予約権のうち、報酬として無償で渡すものを指します。
SOがない場合、株価が値上がりしたときにもうかるのは、株式を保有している株主だけです。ですが、SOを発行すると、株主以外も経済的なメリットを享受することができ、もうかることになります。
上の図表のように、①の発行時には、その時点の株式の時価が100円だとすると、同額の100円を権利行使価格としてSOを発行します。SOを受け取った人は、後になって株式の時価が200円に上がったとしても、権利行使価格である100円で株式を買うことができます。つまり、株価が上昇した100円分だけもうかるわけです。
2)「富の公平な分配」としてのSO
SOには、見方によって2つの意味があります。1つは、「富の公平な分配」という側面です。さまざまなリスクを取って会社に関わった人たちが、会社が成功したときに、そのリスクの度合いに応じて富が分配されるようにする手段、という観点です。
人生を懸けて会社を立ち上げ、心血を注いでいる経営者の方は、会社が成長した暁には、当然もらうべき対価を得て財産形成をします。また、投資家も、リスクマネーとして投資した対価として、リスクに見合ったリターンを受け取ります。それが富の公平な分配です。
SOも富の分配の手段になるわけですから、絶対に安易に配ってはいけないと考えます。
株価を上げる、つまり企業価値を高めるためには、株主だけでなく、その会社の役職員にも重要な役割があります。SOを発行して役職員に付与することによって、役職員も投資家と同じ目線になって企業価値向上のために努力する。そして、SOを権利行使することで、その成果を得られれば、皆がハッピーになるわけです。つまり、
役職員にも株価の上昇にコミットしてもらう、これが本来のSOのあるべき考え方です。
3)SOの経済効果は株主からの富のおすそわけ
その一方で、SOは、将来、株主が受け取るべき富の一部のおすそわけ(希薄化)です。
例えば、今1円で設立したある会社が将来100億円の企業価値に成長したとします。株式の発行による資金調達がなければ当該会社の100%株主であるオーナー経営者が100億円の富を全て受け取る形になります。ですが、約10%分のSOを発行し役職員に付与しているとすると、役職員が約10億円分を得ることになり、オーナー経営者は約90億円の財産形成となります。言い換えれば、SOを付与することによって、株主が身銭を切って役職員に「おすそ分け」して富を移転しているわけです。これがSOの経済効果です。
特にベンチャー企業は、当初は「ヒト・モノ・カネ」の、ヒトもカネもありません。ですから、株主が将来の株価の上昇時に得る「カネ」の一部を使ってヒトを採用し、会社を成長させていくための手段として活用するわけです。
SOは株主が受け取る富をおすそわけするものですから、発行規模に上限があるのは当たり前となります。SOの本質を理解されれば、発行済株式数の30%も50%も発行するのは、おかしいことがお分かりになると思います。
4)SOイコール株式の希薄化という誤解
SOに関する誤解なのですが、「SOイコール株式の希薄化」という先入観から、SOに対して悪いイメージを持たれている方がいます。既存株主にとって、SOを発行すると発行株式数が増えて、1株当たりの価値が低下(株式の希薄化、ダイリューション)してしまうという懸念があるからです。
確かにSOが権利行使されれば発行株式数が増えますが、権利行使に際して権利行使価格の払い込みがあるため、導入時の時価である株価=権利行使価格を下回る環境下では希薄化は発生しません。希薄化が発生するのは株価が100円を上回ったときだけです。
具体的には、権利行使価格は100円ですから、株価が100円を下回っていた場合、権利行使をすると損をしてしまいます。ですから普通に考えれば、株価が100円を下回っている場合は権利行使されず、希薄化も生じません。
SOを発行すると常に希薄化するという悪いイメージを持たれている方がすごく多いのですが、実際に希薄化するのは、株価の上昇分だけです。
極端な例ですが、100億円の企業価値のある会社が20%分のSOを発行して、権利行使時の企業価値が例えば110億円だったとすると、これはまさに懸念すべき希薄化であり、株主にとってメリットがないということになります。しかしながら、この会社が、1000億円の企業価値を目指すために20%分のSOを発行する場合、会社のプラン通りに企業価値が高まれば、株主も希薄化はするもののそれ以上にもうかることになります。
ですから、SOの是非は、希薄化と、発行することに伴うプラスアルファの部分=企業価値の将来性を比較して議論されるべきものなのです。
3 SOで「こんなはずでは!」とならないための注意点
1)慌てて発行する必要はない
SOは、創業間もないころから慌てて発行する必要はありません。大雑把な目安ですが、種類株ベースで企業価値が10億円から50億円、資金調達を数億円から10億円程度実施した段階でいいのではと考えています。
理想としては、投資家から認められ、期待されて、おカネをしっかり調達できるようになり、企業価値の将来性、エクイティストーリーが描ける状態になったころで発行することで、そのころには、付与される側もSOの重みが伝わりやすくなっていると思います。
乱暴な言い方になりますが、1兆円の企業価値を目指している会社であれば、時価総額が1000億円になってからSOを発行しても、十分SOのメリットを受け取ることが可能です。逆に言えば、10億円でエグジットすることを目指している会社がSOを発行しても、わずかしかメリットはありませんので、効果は薄いでしょう。
2)見通しなき大盤振る舞いは避ける
よくある話なのですが、私どものところに資本政策表を持って相談に来られたときには、「もう発行枠がないですよね」としかお答えできないことがあります。
役職員にSOをどれくらい付与すればいいかということに正解はないのですが、私がお伝えしたいのは、まずは発行株式の「何%」という規模での会話は避けてくださいということです。最終的には検討の結果、何株分のSO=何%分ということになるのですが、企業価値が1000億円まで成長した会社の1%は10億円になります。当初は「たった1%」だと思っていても、10億円になることもあるということを意識しておく必要があります。
SOを付与される側も、特に若い役職員は、1%の重みが分かっていないことが多いですし、どのように企業価値の向上に貢献できるのか分からないまま受け取ってしまうことも少なくありません。SOを付与するときには、今のことだけを考えず、将来の業績や採用計画も見据えておくべきでしょう。
VCなどから見ると、SOの発行枠は、一般的には発行済み株式の10%程度が上限とされています。その上限があるSOの発行枠の中で、例えば、1人当たり1.5%を3人に付与するだけで4.5%になってしまいます。その後にいろいろなCxO(チーフオフィサー)が必要となった場合に、発行できなくなりかねません。
もし、「何も分からないけれども、どうしてもSOを付与したい」ということであれば、1回の発行規模を合計で1%程度もしくはそれ以下に抑えるべきです。5人に付与するのであれば、1人0.2%程度になります。合計で1%であれば、将来ファイナンスをしない場合でも全部で10回発行することができますし、不測の事態にも対応できると思います。
付与する対象者の裾野を広げることも避けるべきです。SOは企業価値向上のインセンティブとすべきものですので、あくまで企業価値の向上にコミットさせられる人に限って付与すべきです。
3)SOを受け取る側もその重みを理解しなければ意味がない
会社の役職員の方にも、SOの本質が伝わっていない場合がほとんどです。会社の役職員の方にとって、SOは「上場するともうかるもの」といった、宝くじのように感じる方が多いようです。
SOを発行した会社によくあるのですが、発行した後2、3週間、受け取った人たちが盛り上がります。ところが、3週間から1カ月過ぎると、何事もなかったかのようになります。
先ほどもご説明したように、SOは株主が身銭を切って役職員に「富をおすそ分け」する、とても貴重なものです。本来、オーナー経営者はその貴重さを役職員に伝えるべきですが、オーナー経営者自身が伝えると、恩着せがましくなる部分もあります。こうした話は、外部の人の力で説明や啓蒙をしてもらったほうがいいかもしれません。
4)権利行使価格と未来予想図を伝えて目標を一致させる
オーナー経営者の方は、SOを付与する役職員に対して、絶対に権利行使価格および将来の株価についての話をするべきです。権利行使価格はそのときの時価ですから、「現時点の会社は投資家からこのように評価されている」と社内に説明するための、良い機会になります。