書いてあること

  • 主な読者:自身の健康リスクに備えたい経営者
  • 課題:ケガや病気で経営に携われなくなったときの備え方が分からない
  • 解決策:後事を託せる人物を確保するなど、事前策を講じておく

1 企業のリスクとして捉えたい経営者の健康

人は誰しも突発的な事態に直面する可能性があったり、加齢に伴って心身が衰えたりします。例えば、交通事故、急性疾患(脳梗塞、心筋梗塞など)、認知症の発症などが考えられます。

企業にはさまざまなリスクが存在しますが、経営者が「突然の死亡や高度障害」「判断力や認知力の低下」の事態に陥ることで任に堪えなくなることも想定しておかなければならないでしょう。

経営者の業務は激務であり、代わりとなる人物がいないため、体調を崩しても「忙しいから」「一時的な疲れでたいしたことはない」と判断して、通院や治療が先送りになりがちです。その結果、経営実務に携われないほど深刻な症状を招くこともあるのです。

改めて経営者の健康を、経営上のリスクという観点から考え、その対応を検討してみましょう。なお、以降では会社法に関する記述もあります。ここで紹介するのは原則論であり、例外となるケースが多いことにもご注意ください。

2 経営者の権限と責任

1)経営者の権限

経営者(代表取締役)は、会社の業務に関する包括的な代表権を有します(会社法第346条第4項)。そのため、取締役が1人のみで、経営者に万一の事態が生じた場合、資産の売却や多額の借り入れなどの重要な決定が下せなくなる恐れがあります。

経営者が株主総会の議決権の過半数を握る「オーナー(大株主)」でもある場合、事態は一層深刻になります。株主総会の成立や決議が、一定数の議決権を持つ株主の出席・投票を要件としているためです。株主総会における決議の方法は次の通りです。

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経営者に万一の事態が生じた場合、会社の定款や経営者の保有株数などによっては、取締役等の役員に欠員が生じた場合の新たな役員の選任(注1)、取締役等の役員や会計監査人の解任、その他重要事項についての株主総会の承認など、株主総会の決議が必要な事項について定足数を充足しない(注2)ために、決議を実施することが困難になる可能性があります。

(注1)利害関係人が申し立てることで、裁判所に「一時役員の職務を行うべき者(仮取締役等)」を選任してもらうことが可能です(会社法第346条第2項)。

(注2)身体に障害が生じているものの、判断力が正常な場合であれば、議決権の代理行使の委任状を取り付けることで、株主総会の定足数を充足させることができます(会社法第310条)。

2)経営者の責任

経営者に万一の事態が生じ、責任が果たせなくなった場合に生じる影響の例は、次の通りです。「あの経営者だから」という属人的な信用や能力でビジネスを成り立たせることはある意味で、かけがえのない経営者の能力です。しかし経営者に万一の事態が生じた場合、社内外に大きな影響を及ぼしかねないことも覚えておきましょう。

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3 対策

1)事前の対策を講じて混乱を最低限に

経営者に万一の事態が生じた場合、事前に対策を講じていなければ、企業経営に大きな影響を及ぼし、企業の存亡にすらかかわりかねません。そのため、経営者に万一の事態が生じないようにし、万一の事態が生じてもそのリスクを低減し得る事前の対策を講じておきましょう。

2)会社としての事前対策

1.後継者の指名や育成、または後事を託せる人物の確保

経営者、特にオーナー経営者であれば「生涯現役」でありたいと考え、「誰かに引き継ぐのはまだ先」と思っていることが少なくないでしょう。しかし、加齢による心身の衰えを避けることはできません。また、経営者が加齢による心身の衰えを心配する年齢でなくても、疾病にかかったり、事故に遭遇したりするリスクがあります。そして、経営者に万一の事態が生じた場合、経営に空白が生じる可能性があります。

任を果たせない場合でも経営に空白がないよう、後継者となる人物の指名や育成、いざというときに後事を託せる人物の確保を進めなくてはなりません。そして、情報共有を進め、経営者に万一の事態が生じた場合でも、スムーズに経営を引き継げるようにしましょう。

2.定款の見直し

会社法では、「定款に別段の定めがある場合を除き」とする規定が多くみられます(いわゆる定款自治)。逆にいえば、定款に定めがない場合、会社法の規定に従って会社組織を運営することになります。

そのため、会社法で許容されている範囲で定款を見直してみることも一案でしょう。主な定款見直し例は次の通りです。

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図表3から分かる通り、定款の見直しは、会社の機関設計や株主構成などによって効果が大きく異なります。そのため、弁護士など専門家と相談し、会社法の規定の範囲内で、定款の規定を万一の事態に備えられる内容に整備するようにしましょう。

なお、定款の変更には、株主総会における特別決議(会社法第309条第2項11号)が必要となるため、早めに対策をしておくとよいでしょう。

3)経営者個人としての事前対策

1.自分の健康に対する意識を高める

経営者の業務は、ただでさえ激務であり、心身に負担がかかりやすいものです。そのため、身体や心に不調を来してしまい、業務を続けるのが難しくなったり、判断が鈍ったりすることもあるでしょう。

また、加齢によって心身は衰えるものですが、自分が思っているより早く衰えがくることもあります。例えば、認知症といえば高齢者が発症するイメージを持っているかもしれませんが、若年性の場合は40~50歳代に発症することがあります。

疾病の場合、症状が進行した後では対応策を検討・実施するのは難しい場合があります。そのため、経営者は自身の健康に対する意識を高め、予防や早期発見に努めて、万一の事態に陥らないようにしておきましょう。

具体的な取り組みとしては、「食生活のバランスを取る」「可能な限り規則正しい生活を送る」「ウオーキングなど有酸素運動をする」などといった生活習慣病の予防、定期的な人間ドックの利用、心身の異常を感じたら速やかに専門医療機関で受診、などが挙げられます。また、自己診断して誤った対応をしないよう、正しい知識を身に付けておくのもよいでしょう。

2.サポート役を確保する

経営者は孤独なものです。そのため、心身に不調を来したとしても、ついついそのままにしがちです。

そこで考えたいのが、会社経営にあっては後継者や参謀役、家庭にあっては家族といった、サポート役の確保です。そして、万一の事態における判断の手助け、経営者の健康にかかわる助言や行動のサポートなどをしてもらい、健康状態の変化が会社経営に影響を与えることがないようにしておきましょう。

また、経営者が健康なうちに、後継者や顧問弁護士など、信用のおける人に任意後見人となってもらうのもよいでしょう(任意後見契約の公正証書の作成などが必要)。これにより、経営者の判断能力が認知症などにより低下した場合でも、財産管理に関する事務などを自身で選んだ信用のおける人に委任でき、後継者への株式の譲渡などの対応策を講じられるため、混乱を最低限に抑えることが期待できます。

3.「万一の事態」に備えるのは経営者に課せられた重要な役割

万一の事態は、どの経営者にも訪れる可能性があります。「自分は大丈夫」と過信せず、「自分に何かあったとき、経営にどのような影響が生じるのか」「自分の健康状態は良好なのか」などといったことに気を配るとともに、万一の事態への備えを万全にして、企業経営への影響を最小限にしたいものです。これも、経営者に課せられた重要な役割の1つといえます。

以上(2019年11月)
(監修 ベリーベスト法律事務所 弁護士 長野良彦)

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画像:pixabay

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