1 いつもは自分の興味で聞いている
人と距離を縮めるには聞くことが大切ですが、普段人と話しているとき、実は私たちは相手の話をほとんど聞いていません。一度、会話を録音してみると、自分が相手の話から、自分の興味のある部分だけを切り取って話していることに気づき、驚くはずです。相手が言いたいことではなく、自分が聞きたい部分を切り取り、自分の都合で解釈しているのです。
例えば、友人から「福岡に異動になったんだ」と言われた例を見てみましょう。
友人はこう続けます。「単身赴任だよ。子どもも中学生になるし、妻も都内で仕事をしてる。家のローンも残っててさ。住宅手当は出るけど、月数万円は自腹になりそうだ。ただ、福岡支社の支社長は面識もあっていい人だから、そこはよかったよ。今の上司とは相性が悪くて、前に具合が悪くなったこともあるからね」
友人は頭をかきながら、ちらりと視線をこちらに向けます。少し早口で、声のトーンは何となく明るい気がしました。
こんな友人に対して、あなたは何と声をかけるでしょうか? 最初の部分を抜き取って「単身赴任か、大変だな」と答えるでしょうか。もしくは、「福岡か。しばらく会えそうにないな」「お子さん、受験するのか?」と聞くこともできます。
つまり、聞いた内容のうち、どこを深掘りするか決めるのは聞き手なのです。自分の興味がある質問をするのは簡単ですが、もし、友人の視線や声の明るさに気づいたなら、あなたは彼が何を聞いてほしいのか察して、こうたずねるでしょう。
「転勤は慣れるまで大変そうだけれど、福岡に異動したらその支社長の直属で働けるのか?」
すると、友人は「ああ、実は副支社長に昇進したんだ」と答えるはずです。
このように、相手が聞いてほしい質問をするには、「話し手はなぜ、この話を私に聞かせているのだろう?」と自問する習慣をつけるのが大切です。相手の声のトーン、視線などに注目していると、少しずつ相手が隠している思いや、他人には伝わらないと思っているこだわりに気づけるようになります。
すると、話し手が思いもよらない話をしてくれることが増え、いつもよりも互いの距離がぐっと縮まった感覚になるはずです。
2 テクニックよりも大切なのは「聞く姿勢」
聞く力を伸ばすには、カウンセリングをする心理療法士やインタビューをするアナウンサーなど、聞く専門家と呼ばれる人々しか知らない特別なテクニックが必要なのでしょうか? もちろんそれに越したことはありませんが、もっと基本的な姿勢、態度に注意するだけで、相手の反応はまったく違います。
よく、人の話を聞くときは「否定しない」「受け止める」「穏やかに接する」ようにといわれますが、実はこの基本的な姿勢が整っているだけでも十分よい聞き方だといえるのです。
なぜ、聞く姿勢がそれほど大切なのでしょうか? その理由は、就職や仕事で面接をしたことを思い返すと分かるはずです。面接官が自分のあら探しをしていると感じたら、本音を隠して話そうとするでしょう。何を聞かれても当たり障りのない建前の話だけ語り、本音は見せません。否定的な態度で向き合うと、相手はそれを敏感に察知して、自分を隠してしまいます。
そして、日常会話の中でこうした「否定的な態度」になりやすいのは、私たちが悩みや愚痴、自分と違った意見などを聞くときです。「アドバイスしよう」「話し手が言っているのは事実か」「自分の意見を擁護しよう」など、知らず知らずのうちに上から目線になったり、相手を疑ったりします。特に、自分と反対の意見の人がいると、イライラして相手の主張の半分も聞けなくなるでしょう。
3 穏やかな気持ちで話を聞く方法
1)基本は「今の相手の話」に集中すること
「考えながら聞かないと、相手にアドバイスも質問もできない」と心配になるかもしれませんが、それは「次に何を言おう」と思いながら聞いているからです。言い換えれば、相手ではなく自分が、今ではなく未来について考えている状態です。
今の相手の話以外に注意がいくと何が問題なのでしょうか? 例えば、研修などで「相手から聞いた話をまとめて、最後に発表してください」と指示された場合を想像してみてください。発表のことが気になって、しゃべっている人の「後で発表しやすい部分」に注意がいってしまうのです。
「アドバイスしよう」などと考えるのも同じです。相手の気持ちやよいところではなく改善できる点、つまり悪い点に目がいきます。「今の相手の話」に集中するのは、こうしたバイアスを避けるためなのです。
2)「自分の雑念」と見分けるポイント
「今の相手の話」に集中すると言っても、最初はピンとこないかもしれません。なぜなら、普段の私たちは自分の思考にあまり注意しておらず、浮かんできたことをそのまま受け入れているからです。
では、どんな思考が「今の相手の話」で、何が「自分の雑念」なのでしょうか。見分けるときの基準は「自分の心が穏やか」であるかどうかです。緊張したり、怒りが湧いてきたりするのは、自分の雑念だと判断しましょう。
また、「この人は我慢強い人なんだな」と相手をプラスに評価することも、雑念の一種です。自分のこれまでの価値観で「我慢強い」と評価するのと、「わがまま」と感じるのは実は同じことだからです。
3)穏やかな気持ちになるためのプロセス
最初は自分の雑念の多さにショックを受けるかもしれません。しかし、私たちが話を聞きながら別のことを考えてしまうのは、相手の話に興味がないからではなく、話すスピードと考えるスピードの違いが主な原因です。
一般的に会話のスピードは1分で300文字前後ですが、わたしたちの脳はもっと速く情報を処理できます。余った処理能力で他のことを考えてしまうのは、むしろ当たり前のことなのです。
「またこの話か」「相手の髪がぼさぼさだな」など、「今の相手の話」以外の思いが浮かんだと気づいたら、その事実を受け入れ、落ち着いてその思考を一旦脇におきます。そして、もう一度相手の話に集中します。すると、次第に悩み相談や愚痴でも感情的にならず、穏やかな気持ちで聞けるようになってきます。
この練習を始めるときは、最初は5分間くらいの短い時間に区切ってやってみます。余裕があれば、一呼吸おいて、もう一度やってみましょう。聞き手が穏やかな気持ちでいると、話し手は自己正当化する必要がなくなり、素直な気持ちで話せるようになります。
聞き手は相手の話していることについて、無理に自分の意見を言う必要はありません。「あなたが言いたいことはこういうこと?」と、自分の解釈を確認するだけでも、話し手にしっかり話を聞いていると伝わります。
なお、話を聞きながら穏やかになるプロセスにもっと知りたい場合は、以下の書籍が参考になります。
【参考文献】
「やっぱり、それでいい。: 人の話を聞くストレスが自分の癒しに変わる方法」(細川貂々 (著)水島広子(著)、創元社、2018年11月)
以上(2023年8月)
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