「信長公は勇将なり、良将にあらず。剛の柔に克つことを知り給ひて、柔の剛を制することを知られず」(*)
出所:「名将名君に学ぶ 上司の心得」(PHP研究所)
冒頭の言葉は、
- 「部下から恐れられるような態度を取っていては、良いリーダーとはいえない。リーダーは、部下の心情、部下の視点に配慮することが求められる」
ということを表しています。
秀吉は織田信長に仕え、こまやかな心配りや機転の良さによって、頭角を現したことで知られ、こうした秀吉の特性は次のエピソードにも見られます。
ある日、秀吉は信長から、城の薪代がかさんでいるため、節約を図るように命じられて、薪奉行を任されます。それを受けて、秀吉は台所で使用する薪代や、暖房として必要な薪代などについて関係者に話を聞き、使用量を調べたところ適正量であり、薪代がかさんでいるのにはほかの原因が考えられました。
秀吉は次に薪の流通経路に着目しました。すると、薪の生産地から城に運び込まれる間に、多くの中間業者が存在し、マージンを受け取っていることが明らかになったのです。また、一説によると、秀吉の前任の薪奉行は中間業者から賄賂を受け取っていた可能性もあるようです。
そこで、秀吉は中間業者を通さない新たなルートで、薪を調達することを思い付きます。そうすれば、前任の薪奉行が不正を働いていたことは公になることはありません。秀吉は、領内の村を訪ねて回り、薪として使用できる古い木を無料で城まで運び、古い木と引き換えに苗木を渡すという交渉を取り付けました。この秀吉のやり方に信長は満足しました。また、「不正が明るみに出ないように」という秀吉の配慮に対して、前任の薪奉行も感謝したようです。
秀吉は「主である信長の命令にさえ応えられればよい」「自分さえ手柄を立てられればよい」という上下関係の視点だけではなく、前任の薪奉行、領内の村など多くの関係者が満足するようにうまく利害を調整しています。
秀吉の成功には、信長に取り立てられて力をつけていったという側面だけでなく、自ら周囲の人をうまく巻き込んで、もりたててもらったという見方ができるのではないでしょうか。
秀吉は低い身分から後に天下人にまで出世を果たしますが、こうした過程で秀吉は自分が臣下の立場で感じた、リーダーに対する思いを、自らがリーダーになった際に生かしています。
例えば、冒頭の言葉は主君であった信長の非情な性格について秀吉が言及したものの一部で、信長は恐れられこそすれ愛されることがなかったリーダーであり、こうした信長の性格が明智光秀の裏切りを招いたと、冷静に分析しています。
また、信長に仕える以前の主であった松下之綱の下を、将来性が無いと感じて去る際に、次のような言葉を残したとされています。
「およそ主人たる者、一年使ひ見て、役に立たぬ時は暇を遣はし、家来としては、三年勤めて悪ししと知らば、暇を取ること、法なり」(**)
秀吉は多くの臣下を抱える主となった後も、“臣下の心情”“臣下の視点”に配慮して接したことで、竹中半兵衛、黒田官兵衛など、多くの才能ある将を引き付けたのかもしれません。
リーダーはリーダーであり、部下とは同じ立場に立てるわけではありません。リーダーに求められるのは、組織を健全に保つため、律するべき部下を律し、引き上げるべき部下を引き上げるということです。リーダーはミスを犯した部下を叱責しますが、その目的はその部下に同じミスを犯さないように気付いてもらうためです。一方、良い仕事をした部下を引き上げますが、その目的は、その部下のやる気を高め、組織全体に良い影響を与えるためです。決して、リーダーの個人的な好き嫌いによって、部下への処遇や評価が変わるわけではありません。
こうしたリーダーの姿勢は、マネジメントの基本ですが、さらに部下への配慮や気遣いというエッセンスを加えることで、その効果を高めることができます。
部下は、リーダーと部下の置かれている立場が異なることを理解しています。だからこそ、リーダーの部下への配慮や気遣いを感じた部下は、そうしたリーダーの姿勢に応えたいと思い、一生懸命に仕事に取り組んでくれるでしょう。
部下への配慮や気遣いとは、部下のためだけではなく、リーダーを助け、結果的に組織の発展へとつながるものだといえるでしょう。
【本文脚注】
本稿は、注記の各種参考文献などを参考に作成しています。本稿で記載している内容は作成および更新時点で明らかになっている情報を基にしており、将来にわたって内容の不変性や妥当性を担保するものではありません。また、本文中では内容に即した肩書を使用しています。加えて、経歴についても、代表的と思われるもののみを記載し、全てを網羅したものではありません。
【経歴】
とよとみひでよし(1537〜1598)。尾張国(現愛知県)生まれ。織田信長の下に仕え、後に天下統一を実現。
【参考文献】
(*)「名将名君に学ぶ 上司の心得」(童門冬二、PHP研究所、2007年5月)
(**)「戦国武将のひとこと」(鳴瀬速夫、丸善、1993年6月)
「戦国武将のマネジメント術 乱世を生き抜く」(童門冬二、ダイヤモンド社、2011年3月)
以上(2019年12月)
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